第50話 エピローグ(第1部最終話)
それからしばらく経った。この時にはもうバレンは――蓮は姿を消していた。忘れ物なのか、僕の部屋にはアビスレクイヴァントがある。
これは『オマエが使え』ということなのだろうか。最終的には、バレンの本心を知らないままの別れになってしまった。
僕の中にずっといてくれた時。まるで親のように感じていた。いつの間にか自分の前に人として存在していて、協力して戦った。
だけど、もうそんなことはできない。彼は彼の道を行く。僕は僕の道を行く。きっと交わることはない。そう思っていた時。
僕のところへ一本の電話がきた。そういえば、僕は蓮と連絡先を交換していなかった。かかってきた電話に出ると、懐かしい声が響く。
――『優人! 元気してるか?』
その声のトーンと呼び方で蓮であることがすぐにわかった。どこで僕の電話番号を知ったのかはわからない。
もしかしたら蓮は景斗総司令から教えて貰ったのかもしれない。この第一部隊では、最初に総司令と連絡先を交換するから。
「蓮。そっちはどんな感じ?」
――『んー。まあまあだな。魔生物は前回の氾濫事件でかなり減ってる。けどよ、これが元々信者と考えると、崇拝される側の神になった俺でも、どうも倒しがたい。これが、異界から出てきた敵なら喜んで殺すんだけどな』
「そうだよね……。あと、蓮。忘れ物……」
僕は蓮にアビスレクイヴァントのことを話した。彼は『エクスキャリオンを手に入れるまでは、扱えない』と答えた。
――『それは俺が戻るまでオマエが使え。ハデスには既にその旨を伝えてある。アイツ、オマエのこと相当気に入ってるみたいだしな』
「ハデスが僕を?」
――『おん。オマエは伸び代がありすぎる。ってよ。むしろ、俺の伸び代がわからないらしい』
「伸び代がわからない?」
たしかに蓮は強い。つい先日の訓練でも、蓮は隼と戦っていた。そこで、初めて勝利した。なのに彼の表情は暗く重かった。
どこが気に入らないのか。それは明かされることはなく、彼はエクスキャリオンを入手するため、ダンジョンに潜っている。
「ねぇ、蓮」
――『なんだ?』
「この前、隼さんに勝ったでしょ? その時……」
本題を聞きたくても、聞くのを躊躇ってしまう。それでも彼は、僕の意図を汲み取ってくれる。
――『あんま嬉しくなかったな。あくまであれは初勝利。何度も何度も負けたが、勝ち取ったものは嬉しくないんだ。なんか、気分が悪くなる』
「それはまたどうして?」
――『わからない。俺は昔からこうなんだ。〝勝利〟とか、〝敗北〟だとか、争い事が嫌いでさ。俺は小さい時から兄貴に虐待されていた。それでも、兄貴に勝ちたいとは全くもって思わなかったな』
「蓮は蓮なんだね。僕は負けてきた人だから、自分の強さを追求することそこまで重要視はしてないけど……。それでも、勝敗とかかなり気にすると思う」
蓮は僕の言葉に『そうか』とため息を含ませて呟いた。その吐息の音は、スマホの画面越しでも聞こえるくらい大きい。
彼がこんな僕に呆れているのは、そこから感じることができた。きっと、僕が毎日訓練を受けているか、心配しているのかもしれない。
あれ以降。僕は安定して魔法剣を生成できるように、毎日訓練をしている。最近は30から40センチくらいの長さまで伸ばすことができるようになった。
ただ、問題は耐久値と維持時間が低いということ。もっと、自分の魔力構造が知りたいとまで思っている。
「そういえば、蓮はどこまで進んだ?」
――『ん? 今は10か20くらいだな。階層記録取ればいいんだろうが、完全に忘れていた。このダンジョン。道が整備されてて移動しやすいが……。死角がどこにもないのが大変だな……。隠れるところがどこにもないから、寝ることすらできん……』
「じゃ、じゃあ。蓮寝てないの?」
――『まあな。けど、俺が魔生物になった経験がしっかり生きてるぞ? おかげで一週間動きっぱなしでも、疲れを感じにくい。あくまでも、〝にくい〟ってだけで、疲労はそれなりに溜まっているけどよ』
蓮の痩せ我慢に似た言葉。かなり心配になったことで、僕は蓮に似てしまったのだなと思ってしまう。心配性な自分に対して心で苦笑した。
「僕はそろそろ訓練の時間だから電話切るね。いつか、アビスレクイヴァントを届けにいくから」
――『ああ。けど、このダンジョンの魔生物は外に出て弱体化したヤツらと比べて、かなり強いから気をつけろよ。俺でも苦戦中だからな』
「わかった。じゃあ、また近況報告聞かせて」
――『おうよ! お互い頑張ろうな!』
僕は電話を切った。ふとアビスレクイヴァントを見る。なんだか寂しそうに立てかけられた剣は、その大きさから長剣というよりも大剣だ。
それを置いたまま部屋を出る。訓練場に向かうと、最上位クラスを含めたメンバーが揃っていた。
「遅くなりました!」
僕は大声で叫ぶ。それに、みんなは微笑んで引き入れる。ここに来てから、筋肉量に関してよく隼から褒められていた。
食べる量も増えてきている。最近はご飯を大盛りにしてもらっているくらいだ。おかげで、今は三升炊いているのだとか。
麗華さんが、米の消費量が多すぎると嬉し涙を流していたところを見たことがある。あの笑顔は僕の目に強く残っている。
「優人くん。まだ朝ごはん食べてないよね?」
青い髪に白メッシュを入れた怜音が、僕に問いかけた。僕は『まだですね』と答える。正直お腹がかなり減っていて、今にも倒れそうだった。
しかし、赤髪の星咲先輩が空腹の方が集中できるし、食事への褒美が豪華に感じるからと、僕は一回目の朝食を抜いている。
「優人。顔つき。いい。引き締まってる」
七色髪の隼が、僕を簡単に評価する。そういえば、最近体重が増えたんだっけ。黒髪の瑠華さんからも、僕の体格変化に気づいてくれている。
「見世瀬。それにしても、かなり太ったんじゃない?」
そんな瑠華さんが話しかけてくる。僕は、『たしかに、前よりは3キロほど増えたかもです』と、返した。
「それにしても、優人があそこまで大食いに変貌するとは思わなかったよ! 私の倍以上は食べているんじゃない?」
「ちょっと梨央……。それ、僕がデブ化してるって意味になりかねないからね」
「それでも、優人は身体に変化出にくいじゃん。元々痩せ型体質なのかも」
桃色髪の梨央が僕にとって余計なことを話してくる。僕はデブ化しないと、自分でも思っているくらい体格維持を気にしているけど。
女の偏見ってこんなものなのだろうか。これは瑠華さんにも当てはまってしまう。どっちもどっちなビジュアル偏見だと、かなり傷ついた。
「春日井さん。見世瀬さんが困っているみたいですよ」
この場にいる中で最高身長の銀髪女性、麗華隊長が僕のフォローに入る。そこまでしなくてもいいのに、彼女は非常に面倒見のいい人だった。
料理は基本彼女の手作り。訓練中は各隊員の記録をとっていて、戦闘訓練には参加しないけど、ものすごく強い。
「あの……。そろそろ訓練始めません?」
僕は思い切って提案してみる。その言葉に、全員が頷いた。もちろん僕は今日も剣を作る訓練だ。
隼が僕のところにくる。右腕を差し出して、体調と保有魔力量を計算してもらう。今日も、第一部隊での暮らしが続いている。
僕をこんな場所に導いてくれた人たち。僕を新しい世界に踏み込ませてくれた人たち。みんなに感謝したくてもしきれない思い出。
「隼さん。今日はどの属性の訓練ですか?」
「好きなのでいい。優人。属性。安定してる。その調子」
「じゃ、じゃあ、今日は苦手な雷属性でいきます!」
僕の訓練は毎日続く。休みなんてものは、月に数回しかない。そんな中で、僕は蓮の隣に立てるよう戦い続けると決めたから――。
読んでいただきありがとうございます。
この話で、第1部は完結となります。
これから第2部の準備に入りますが、しばらくの間、完結設定とさせていただきます。
連載再開は2026年3月を予定しているので、よろしくお願いします。




