第49話 二人だけの時間と思い出の海鮮丼
バレンが服を着替えてきた時。僕は本当にいなくなるんだと、少し寂しい気持ちになる。
彼の意思の強さにはもう誰もついていけない。それほど彼は、自分が正しいと思っているようだった。
「バレン、似合ってるよ」
「ありがとな……。優人。俺のワガママに付き合わせてしまって」
「大丈夫。それでも、行かないって選択は……」
「もちろんないさ。俺が自分で決めたんだからよ」
身体を動かし始めるバレン。大きく伸びたり、ジャンプしたり。腕を大きく動かしたりして、着心地チェックをしているようだ。
僕はそのあとを追って出る。お互いにお腹が鳴ったので、昼食をとることになった。向かったのは、鮨屋二丁目三番地。
スマホのマップを見ながら来たけど、もうすでに満席で、1時間待ちとなっていた。それでも口が海鮮丼の口で、待つことを決める。
とある家族の子供が『パフェが食べたい』と騒いでいる。その子供の親は『お金がないから諦めて』と言っている。
僕は、バレンの顔を見たあと財布から現金数千円を取り出し、その家族に渡した。最初は驚いていた子供の親だったけど受け取ってくれる。
しばらく前の僕だったら、こんなことはしなかっただろう。だけど、今はお金がたくさんあって、逆に使い道に困っていた。
「優人。本当によかったのか?」
「うん。なんか、可哀想だったし」
「ほんと、オマエ名前の通りだよな。優しすぎるわ!」
バレンが大声で笑う。その声は店内に響き渡りそうだったので、僕は背伸びしてその口を塞いだ。
もごもごを言うバレン。それがあまりにも滑稽すぎて、僕の顔が熱くなる。同時にバレンの顔も真っ赤に染まっていた。
待ち時間が終わり、店の奥へ案内されると、バレンが亜空間を開く。そこから出てきたのは、大量のウニだった。
「店員さん! これ頼む!」
「はいはーい。今行きま……。なんですかこれは!?」
バレンが素手でウニを持っていたので、店員は余計に驚いたのだろう。厨房へ行くと、大きなタライを持ってきた。
「これでウニ丼二杯頼む」
「かしこまりました! 付き添いの方は何にいたしましょうか?」
「じゃ、じゃあ、僕はウニ丼で。あとマグロのたたき丼が気になるのでそれも」
店員はウニの入ったタライをテーブルに置くと、手帳型端末をポチポチ操作する。それをポケットに入れると、にっこり笑った。
「提供していただいたウニのウニ丼二つと、いくら丼。マグロのたたき丼が一つずつですね。かしこまりました。どうぞごゆっくり」
僕は他に何があるのかを、タブレットを操作して眺める。金銭感覚がおかしくなっている。この前新しく通帳を作ったので尚更。
第一部隊では貢献度を元に、毎週お金が通帳に振り込まれる。僕の場合は、魔生物信教での一件の活躍で、20万振り込まれた。
最初はその額がどれくらいの大きさなのかわからなかった。だけど、今タブレットを見るに、提供されている料理のほとんどが四桁。
20万を使い切るには時間がかかりそうだ。加えて、毎週ということなので、減る気配すら感じられない。
「そういえば、バレンも最近ネット小説読んでるよね?」
「まあな。けど、娯楽じゃないぞ? 基本読んでるのはエッセイ集だ」
「エッセイ?」
バレンはスマホを操作して、最近読んでるという作品を見せてくる。それは、『アルヴェリア伝説』というものだった。
作者名にはアレストロ王と書いてある。これではもうバレバレだ。バレンはどうやら、自分で書いた作品を読んで自画自賛しているだけらしい。
そんなところへ、店員が料理を持ってきた。最初に持ってきたのは、ウニ丼(一つ目)とマグロのたたき丼だった。
「お客様。もう一つのウニ丼はいつ頃お持ちしましょうか?」
「今でも問題なしで……。優人はいくら丼いつ持ってきて欲しいんだ?」
「じゃあ、僕のも持ってきてください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員は小走りで戻って行った。バレンが小皿を二つ取る。一つは僕に渡してくれたので、わさび少しを醤油でといた。
バレンは、わさびの袋を二つも使って、ほぼわさびな醤油をウニ丼にかける。どうやら今日の彼は刺激を味わいたいみたいだった。
「優人、俺の食うか?」
「いや……いいよ……。だってわさび……」
「そうか。わさびたっぷりの方が美味いんだけどな……」
バレンはそう言いつつ、大きな口で頬張る。少し無理しているように見えるが、顔は満足そうだった。
「いただきます」
僕は初めて食べるたたき丼から、たたきだけをへずって食べる。油っぽいようで油っぽくない。それでいて、口の中に甘く溶けていく。
今度は、醤油のかかってるところを食べてみる。それはまた違って、醤油の塩味がよりとろける感覚を際立たせた。
「優人。ちょっと味わいすぎじゃないか?」
「別にいいでしょ! 僕とバレンは違うんだから」
「それもそうか」
お互いに食べ終わった時、タイミング良くウニ丼(二つ目)といくら丼が届いた。
口の中が甘々になっていた僕は、バレンに手助けをしてもらいながら、お茶を用意する。
飲むとものすごく熱くて、舌がヒリヒリしたが、とても美味しいお茶だった。対してバレンは余裕の表情で飲んでる。一体なにが違うのだろうか……。
いくら丼を改めて見ると、一粒一粒が宝石と錯覚してしまう。ふと怜音と夢乃さんと僕で食べに行った時のことを思い出す。
あの時僕は、お金がなくどれも高級品のように見えていた。そのせいか、自分で料理を選ぶことすらできなかった。
その時、怜音が頼んでくれたのが、このいくら丼だった。初めて食べた時は味に戸惑い、素直に捉えることができなかった印象。
だけど、今日は時間に余裕がある。あの時以上にゆっくり食べられる。僕はこれにもわさび醤油をかけようと手を伸ばしたがやめた。
せっかくだから、素材の味をとことん楽しもう。そんな考えが浮かんだ。箸を器の底目掛けて差し込み、一気に持ち上げる。
ポトポトと零れていく紅玉の数々。口に運ぶ時器の外へはみ出した。そんなことも気にせず放り込むと、口の中が弾け始める。
まるでパーティー会場のようになった感覚は、再発見をもたらした。あの時もこれくらいゆっくりじっくり楽しめばよかったと……。
対して、バレンの箸は全く進んでない。食べ方にかなり悩んでるのかもしれなかったので、問いかけることにした。
「バレン、食べないの?」
「いや……。わさび大量に使ったから、控えめにしようか。なにもかけないで置くか……」
「なーんだ。そんなことで悩んでたんだ。なら、僕みたいに食べればいいんじゃない?」
「それもそうだな」
そこで、バレンは箸を取り食べ始める。彼が少しだけウニ丼をくれた。これも久しぶりに食べるけど、前回は味を気にしなかった。
そもそも、ほとんどをバレンが食べたので、はっきり覚えていない。僕は貰ったウニ丼を食べる。
この独特な味。新鮮なウニだからか、味が非常に濃かった。まだ僕が食べた料理が少ないからか、比較対象がないけど……。
だけど、この唯一無二な味は一生残るだろうと、大事に食べる。そうしていると、あっという間に消えていた。
「じゃ、会計行くか」
「だね」
僕たちは席を立ち、レジへ向かった。ウニを提供したこともあり、ウニ丼分は割安で、約5000円ほどで済む。
店を出ると、ちょっと食休みを兼ねて歩くことになった。行く先考えず、好きなところをブラブラ歩く、二人でいる時間が過ぎていく。
「なあ、優人。最近俺のこと、バレンとしか呼んでないよな?」
「そうだね」
「なら久しぶりに呼んでくれよ。オマエが俺につけてくれた名前でさ」
「え?」
この言葉に僕は気づく。バレンは僕が付けた名前をものすごく気に入ってくれていたことに。
「というか。バレンって名前は古いからよ。正直今後も俺のこと……」
「わかった。蓮」
「おう!」
しばらくして、僕たちは麗華さんにお願いして、第一部隊本部へ帰宅した。
次回で完結です!!!




