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(幕間)老師と小龍

爺キャラは好きですか?

ええ、大好きです。

 深山幽谷。

 遥か彼方まで人跡未踏の峰が連なり、切り立った谷には濃い雲海が覆いかぶさっている。

 あたかも一枚の水墨画のごとき光景の中に、谷へ突き出した枝の上に腰かけ、ぶらぶらと足を揺らしている者がいた。


 一見すればごく普通の、齢十三程度の少年のようにも見えるが、正面から相対してみれば明らかな間違いであることが一目で分かる。

 何故ならその少年の鼻の下からは、緩やかに巻かれた二本の髭が生えていたからだ。

 髭だけではない。短い袖口から覗く左右の腕には、蛇のそれによく似た鈍い光沢を放つ鱗すら確認できる。


「カイエンの奴は、今頃どうしてるのかなあ」


 少年が誰に言うでもなく呟くと、どこからともなくそれに答える声が響いた。


「おや、小龍がカイエンのことを心配しているとは珍しいのう」

「へ、へんっ。誰もあいつのことなんて心配してないやい! ただ、喧しい奴がいなくなって清々したなーって思ってただけだい!」


 周囲に少年以外の人影は見当たらないが、ゆったりと包み込むような穏やかさを帯びたその声に対し、小龍と呼ばれた少年は甲高い声を張り上げ、両手を振り回して否定する。

 ムキになればなるほど、少年の強がりといった雰囲気が増して逆効果なのだが、当の本人がそれに気付くことはない。


「そう言うファン老師の方こそ、カイエンに宿っている鬼霊のことについては、全部伝えてないから心配なんじゃないのかよ?」

「ああ、アレのことかい」


 懐かしむような響きが空気を震わせる。だが、すぐに静寂へと溶け込み、余韻すら残さない。


「一応、鬼封じの環は渡してあるからのう。そうそう呑み込まれることはなかろうて。それに本来、カイエンには鬼封じの環なんて小道具は不要なんじゃよ」

「どういうことだ?」


 興味を惹かれたのか、小龍は枝の上に立ち上がると、崖の方を振り返った。

 声の主がそこにいるからである。


「カイエンがこの山に迷い込んで来た時、すでに鬼は完全に目覚めておった。だというのに、カイエンの自我はこれっぽちも失われておらんかったのじゃ。儂が鬼を抑え込んだところで、本人の自我がすり潰されていたら、どうしようもないからのう」


 それはつまり、若干十歳になるかならないかといった幼子が、強力無比な幻想霊である鬼を制御していたということだ。

 いや、制御という表現は正しくないだろう。あの時、鬼はカイエン自身の怒りに呼応し、目覚め、破壊の限りを尽くしていた。つまりはカイエンの想いを代弁していたのだ。


 共感、あるいは共生とでも評するその在り様。

 その境地こそ、幻想霊と対等に並び立ち、第二階梯の先へ至るのに必要な資質に他ならない。


「だから儂は、カイエンがあの子自身と上手くやっていけるかどうかについては、これっぽっちだって心配しとらんのよ。むしろ、ここの暮らしに慣れてしまったせいで、外に出てから他人とうまくやっていけているかの方が、ずっと不安に思うとるくらいじゃ」

「あー、そうだな。あいつ、世間知らずだもんな」

「そう言う小龍も、その姿にばっかり化けておると、他のものに化けられなくなるんじゃないかのう? 狐狸だというのに、わざわざ小龍などと名乗ってからに」


 予想外の角度から放り込まれた変化球は見事に図星を突いたらしく、小龍は一瞬硬直する。

 ややあって、少年はぷうと頬を膨らませ、拗ねた様子でそっぽを向いた。


「ふんっ。俺はこの格好が気に入っているからいいんだい!」

「やれやれ、仕方のない小僧じゃのう」


 ファン老師の声音に苦笑の色が混じる。

 こみ上げてくるおかしさを堪え切れず、くつくつと肩を震わせると、それに合わせて周囲の梢がざわざわと揺らめき、山全体へと伝播していく。


 月にかかっていた雲が流れ、青白い光が笑い声の主の姿を照らし出した。

 金色に輝く無数の鱗。頭部から突き出た見事な枝ぶりを思わせる硬質な角。小龍のそれとよく似ているが、太さも長さも桁違いの髭。

 うねった胴体からは頑強そうな四肢が鋭い爪を備えて生えており、何よりもその巨体は、小龍のいる峰をぐるりと取り巻いてなお余裕がある。


 伝承にうたわれる黄龍――ファン老師は、千里の先すら見通す眼を細めると、遥か異郷の地に旅立って行った教え子に思いを馳せたのだった。

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