⑧
アリスちゃんはそう言ってちゃぶ台の上に栞を挟んだ漫画本を置く。そしてちゃぶ台の上の本にピョンと飛び乗る。するとまるで本の上に見えない穴があるかのように、アリスちゃんが吸い込まれて消えた。
「じゃあ私も行きますね」
橘さんも慣れた感じでアリスちゃんに続く。
私も続いていいものかと少しの間二の足を踏んでいると、店長がアドバイスをくれた。
「今見た感じで飛び込んでくれればOKだ。頭から飛び込むと向こうに着いた時に悲惨なことになるから注意してくれ」
「飛び込むの足から・・・」
手順を確認する私に店長が続けて話す。
「ああ後、向こうに着くまでが長く感じるかもしれないが心配する必要はない」
「長くってどのくらいの時間ですか?」
「そいつは体感的なものだから伝えるのは難しいな。だけど実際の時間はほとんど経っていないから気にすることなないさ」
「はぁ・・・分かりました」
分からないものは仕方が無い。こればかりは飛び込まないと分からないものなのだろう。
そう覚悟を決めて本の前に立つ。ちゃぶ台の高さはおよそ30~40cm程度。だけどその高さはまるでプールの飛び込み台の高さのように感じた。
「じゃあ・・・いきます!」
目を瞑って飛び込む。
一瞬フワっとした浮遊感を感じたが、それ以外には風を切る音もなく静かなものだった。
しばらく目を瞑ったままでじっとしていたが、向こう側へと着く様子はなかったので、恐る恐る目を開いてみる。
そこには真っ暗な世界が広がっていて、周りにはここがどこか分かるようなもの目印は見当たらなかった。
(どれくらい時間経ったのかなぁ?どこまで落ちるんだろう・・・?)
上を見上げても自分が落ちてきた入り口は見えず、下を眺めても出口らしきものは何もなかったが、落ちているという感覚がほとんどなかった為か、不思議と恐怖感はなかった。
(ずいぶん長い間落ちているけど、無事に着地できるのかな?落ちた先に人がいたら怪我しないかな?)
ぼんやりとそんな心配をしていると、突然目の前に光が広がる。
次の瞬間、自分の体が宙に浮いているのが分かり、久しぶりの重力を体に感じた。
重力を感じるということは落ちるということで、私は慌てて着地の体勢を整えようとしたが、バランスを崩し、お尻から落下してしまう。
痛みに耐えながら何とか周りを見渡すと、真上には満点の星空と月明かりに照らされ幻想的で綺麗なビーチが広がっていた。
(この風景・・・本当に漫画の通りだ)
ここは間違いなくヒロインと練との告白未遂のシーン。まだ2人は来ていないみたいだけどあの堤防で2人良いムードになるはずだ。
「お疲れ様、お姉ちゃん。それで初めての感想はどうだった?」
先に着いていたアリスちゃんから労いの言葉と感想を聞かれる。
「不思議な感覚だったかな。長い時間落ちてた感じだったけど、どれくらい経ったのかな?」
「私たちがこっちに来てから2、3分ぐらいじゃないかな」
「え?そんな時間だったの!10分ぐらいだと思ったよ」
時計を確認すると確かにそのぐらいの時間しか経っていない。
店長が言った通りあそこでの時間と実際の時間にはズレがあるようだ。
そんな話をしているとさっき自分が降り立った場所に光が走る。よく見ると光の発生源であるものが地面に落ちているのが見えた。
(あれ、これって?)
光と共に店長が現れ、先程の私と違って見事な着地を決めていた。