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視界の微かなブレと一瞬の浮遊感が去れば、私は『導きの間』によく似た、だけど広さや天井絵などが異なる、まったく別の空間に立っていた。
元居た場所と、造りは似ているが狭い。足元にある鐘の絵も、王都の教会とは多少違う。部屋の隅の壁には、レイスが身を預けるようにして立っていて、転送術は二人とも無事に成功したのだと分かる。
「本年の精霊姫、スーリア=バレット様ですね。私は案内役を務めさせて頂きます、ミラと申します。お見知りおきを」
私を待ち構えていたのは、レイスと同じくらいの高身長に、白いローブを着て腕章をつけた、女性の使徒さんだった。灰色の瞳に、同色のショートカットの髪。顔立ちや所作が凛々しく隙が無い。出来る女性、って感じでカッコいいわ。
ミラさんは間をおかず、私に説明を開始してくれる。
「早速ですが、これから精霊姫様と騎士様には、聖鐘の森へと向かってもらいます。森はこの教会の裏手にあります。森の入り口までは、僭越ながら私がご案内を。その先は、精霊であるこの子に、女王の鐘のある場所まで誘導させます」
フワリと風が巻き起これば、瞬く間にミラさんの横に、白に近い灰色の毛を靡かせた狼が現れた。尻尾に渦巻く風を纏わせている、リック君と同じ風の精霊だ。
「フェイ、挨拶を」
ミラさんが頭を撫でながら促せば、フェイ君は「よろしくッス!」と鋭い牙を覗かせて尻尾を振る。こっちは軽いわね。
フェイ君が私の手にある宝剣を咥えると、「それでは参りましょうか」とミラさんが粛々と告げた。
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「聖鐘の森には、多くの精霊が住んでおります。皆、あなた方を歓迎してくれるでしょう。女王との謁見が終了し、お帰りになる際は、教会の支部の方へ立ち寄る必要はありません。儀式が終わり、力が万全になられた女王が直接、王都の本部へと送ってくださいます。どうぞ、我らが女王の穢れを見事に払い、大役を果たされますよう。お祈り申し上げます。――――それでは、私はここで」
森の入り口まで着くと、ミラさんは定型文なのだろう、淀みなくそれだけを言い終え、私達を森の中へと送り出した。
彼女は姿が見えなくなるまで、ずっと私達の進む方向に向かって頭を下げ続けており、その完璧な仕事ぶりに感嘆の息を漏らしてしまう。
そして「それじゃあ着いてきてくださいッス」と、剣を咥えながらガウガウと述べたフェイ君に続いて、私とレイスは並んで森の中を歩く。
聖鐘の森は、生い茂る木々の枝葉の隙間から、惜しみ無く太陽の光を地に取り入れ、何処までも澄んだ空気の漂う、美しい森だ。見たことのない可憐な花が咲き乱れ歌い、青々しい草が足元で踊る。
ミラさんの言葉通り、歩を進める度に、様々な精霊たちの姿も垣間見える。
先ほど、私の白く靡く服の裾を、ぽうっと眺めていたのは、背中の針が木の枝になっている、ハリネズミの姿の大地の精霊だった。針が枝なら、小枝ネズミかしら。
それから、木漏れ日の中を駆けていく、光る角を持った鹿も見つけた。たぶん、あれは光の精霊ね。
他にも諸々と、会ったことのない精霊たちがいっぱいで、私は立場も忘れて些か興奮しているのだが。
残念ながら、この気持ちを分かち合う存在がおらず、私は歩き慣れない靴で、黙々と乾いた土を踏んでいる。
ウォルは私を裏切ってフェイくんと仲良くなり(性格的に相性が良いようだ)、彼の背に乗って和気藹々と精霊同士、お喋りに興じているし。「スーのつくる木苺のパイは美味しんだよー」「良いっスね。ミラは料理がド下手くそッスよ」と笑い合っている。
いいわね、あそこは楽しそうで。
反して、私とその隣を歩くレイスは、ひたすら無言だ。精霊たちはあんなに仲良しなのに、人間同士の方はただただ気まずい。私たちの間には、まだ取り払えない明確な壁がある。
……精霊女王に、レイスは何かを願ったと、使徒長様は言っていた。
悪魔憑きである彼が持つ、望みはまだ不明だけど。
これからその女王に会いに行くのだし、彼の心中は表面の冷静さに反して、以外と落ち着かない状態であったりするのかしら。
そんなふうに考えて、コッソリとレイスの端正な面立ちを窺う。
大体コイツ、昔から表情に乏しいのよね……と、私が不愛想な子供時代のレイスを思い浮かべていたら、不意に「おい」と声を掛けられた。
油断していたので、思わず過剰に肩を跳ねさせてしまう。
「な、何よ」
「……俺の護衛騎士としての役目は、精霊姫であるお前を、女王の元に送り届けるまでだ。この任が終われば、すぐに別の仕事がある。俺は王都の本教会では無く、別の場所へと飛ばしてもらう。謁見が終わったら、お前は先に本教会へと送ってもらえ。それから褒賞を受け取り、さっさと自領へと帰れ。あとのことは、教会の者たちが手配してくれる」
「……別の仕事って何よ」
「お前には関係ない。……俺とお前が共に行動するのも、この森で最後だ」
私の方を見ようともせず、淡々と前を向いて述べるレイス。
別の仕事、というのは嘘だろう。
女王とした約束を果たす場に、私を居させたく無いから、私を先に帰して、自分一人で残るためにこんなことを言っているのだ。
彼の事情に片足を突っ込んでいなければ、その突き放すような態度に、私は頷くしか出来なくて、あっさりと騙されていたと思う。
せめてもの抵抗に、私は返事をせず、癖のように胸元を抑えているレイスを、小さく睨んでおいた。
「ここで別れたら……俺とお前が会うことは、もう二度と無いだろう」
ポツリと落とされた、感情の無いレイスの冷たい声が、葉の擦れる音に混じって響く。
縁を断ち切ろうとするような、私を拒絶する発言。
何も知らないままの私なら、私とレイスの間にあった『情』や『絆』と呼べるものは、もう一欠片も彼の中には無いのだと、そう悲観に暮れるところだったかもしれない。
そしてきっと、大好きだった幼馴染へのまだ僅かに燻る想いを、ここで完全に諦めていた。
だけど……不思議よね、レイス。
綺麗な顔は無表情で、そこに感情の色なんて微塵もないはずなのに。
どうしてかしら、私との決別を口にする貴方が――――私にはとても辛そうに、寂しそうに見えて仕方がないの。
「レイス、私は……」
気が付けば口が開いていた。
自分が何を言おうとしているのか、自分でも分からない。だけど何かを彼に言わなくちゃと思って、無意識に唇が震えていた。
しかし、それが明確な言葉として形になる前に、ウォルが「スー! スー! 見て見て!」とはしゃいだように私を呼んだ。
言葉を止めて慌てて視線をそちらに映せば、ウォルは水状の尻尾をちゃぽんっと揺らして、「あれがジョオウサマの鐘だよ!」と、進行方向にぼんやりと見えてきた、目的地を前足で指し示した。





