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「これ、似合うと思う? ウォル」
「うん。とっても綺麗だよ、スー!」
鏡の前でまじまじと自分の姿を眺めながら、傍で浮いているウォルに問い掛ければ、彼は前足を叩いて賛美をくれた。
一見すれば清楚な淑女が鏡面に映っているのだが、これがどうも自分だとは思えず、褒めてもらってもいまひとつ半信半疑だ。
――――聖鐘の森へと発つ当日の朝。
今の私は、精霊姫の正装に身を包んでいる。
白を基調とした、ところどころで肌が透ける仕様の、ふんわりとした軽めのドレス。前の裾は膝より少し下くらいで、後ろの裾の方が長い造りになっている。くるりと回ると、白い尾ひれが優雅に靡く。
差し色として、淡いピンクの飾り紐が腰に巻かれているが、これは教会に咲く桃色の花々がモチーフだそうだ。耳飾りやネックレス等の装飾品も、この花や鐘を現すものが多い。それに、白い靴に、白いレースの手袋。
髪型だって、横髪を少し垂らしたくらいで、すべて結い上げられ、これまた何やら、ふわふわとしたアレンジに完璧にまとめられている。
動くと髪飾りがシャラリと音を立てるのは、剣舞に涼やかな音を添えるためだそうだ。
「女性の使徒さん達が総出で仕上げただけあって、化けたわよね」
うっすら化粧の施された顔を観察する。
化粧の仕方一つで、きつめのツリ目が緩和されるから凄いわ。慣れない格好はしんどいけど、これは少し嬉しい。
「いいなぁ、ボクもジョオウサマに会うのにおめかしをしたいよー」
「ウォルがおめかし?」
尻尾にリボンを巻くとか?
……水状だから巻けないわね。
そんな話をウォルと呑気にしていたら、時間が来たので部屋を出る。
向かう先は、最上階の奥。『導きの間』と使徒さんたちに呼ばれている、選ばれた数名の者しか足を踏み入れられない、特別な扉の向こうだ。
「お待ちしておりました、スーリア様。騎士様はもういらっしゃっておりますよ。どうぞこちらへ」
一番に迎えてくれたのはロア君だ。細い腰を折って礼をし、私を中へと案内してくれる。その際に小声で「と、とってもとってもお綺麗です!」とこっそり告げるロア君は、本当に将来有望だと思うの。
私に与えられた部屋よりも、僅かに広いくらいの室内。
しかしながら、『導きの間』は広さこそ無いものの、磨き抜かれた床に、美しい女性が手を差し伸べている天井絵など、清廉な空間が確と出来上がっている。天井絵の女性は、もしかして精霊女王かしら。
部屋の中央の床には、大きく鐘の形が描かれ、金の稲穂の絵が円になってその鐘を囲んでいる。
鐘の絵の傍には、ロア君以外の使徒さんが二名。どちらも腕章をつけた、上位の使徒さん達だ。ゆったりと立つ、使徒長さんの姿も見える。
そして。
「レイス……」
思わず名前が口からこぼれ出た。
レイスは再会したときと同じ、騎士団の純白の団服を纏っている。悠然とした立ち姿に澄まし顔からは、悪魔が中に居るなんて到底思えない。
……レイスは、私が悪魔憑きだと気付いて、真相を探っていることを知らないわけだし、精霊の宝箱の件もあって、なんというか一方的に気まずいわ。
レイスの方は、私の姿を見咎め、微かに驚いたように血色の瞳を見開いたが、すぐに忌々しそうに眉を顰めて顔を背けた。胸元を押さえる仕草も健在だ。
ちょっと前までなら「私の正装が見ていて不快ってことか、この野郎」と苛立ったり、鈍い悲しみに襲われたりしていただろうが。少しずつ色々と分かり始めた私には、そこに何か別の感情がある気がして、特に怒りも哀愁も無い。
むしろ、絶対に全部解明しきってやるからなと、気合いが入る。
ただ……まぁ、今の段階で気まずいものは気まずいので、私はレイスから少し離れたところに立った。
少しよ、少し。
「うむ。それでは始めようかの」
微妙な距離をあけて並ぶ、私とレイスを見比べ、使徒長様が合図を出す。
使徒さんが一人、ゆっくりと進み出てきて、恭しく私に女王の宝剣を差し出した。それを私が受け取っている間に、レイスは足を踏み出し、中央の鐘の絵のところに行く。
――――聖鐘の森への行き方は、霊力を駆使した『転送術』というものを使う。
ロア君も含めた使徒さんたち三人がかりで、私とレイスを一人ずつ、聖鐘の森の近くに構える、教会の支部へと飛ばすのだ。
そこからそのまま、聖鐘の森へと向かう手筈である。支部から森へは極近いが、向こうには一応、案内役の使徒さんと精霊もいるらしい。
ただ、森へと入れる『人間』は、女王の加護を受けている、精霊姫と騎士だけだ。
まずはレイスからということで、使徒さんたちが彼の回りに集まる。
ちなみに『転送術』は難しく、移動距離の限界が決まっていて、一定の条件下でしか行えないそうだ。……それを考えると、ベルが悪魔の力を使って、一瞬で人間を何処からでも拐っていっていたのは、やはり便利な力だったのだろうな、と思ってしまう。
悪魔は人に過ぎた力を与える。
でも、その代償はとても重い。
私は、昔の記憶よりも遥かに成長した、レイスの広い背中を見つめた。
やはり最も気になるのは、彼の悪魔との契約内容だ。
一体レイスは、どんな代償を強いられているのか。女王にお会いしたら真っ先に……そのことを訪ねてみよう。
「我らが女王の御名において、術式をはじめます」
ロア君が緊張しながらも、凛とした声でそう告げれば、他の二人が祈るように両手を組む。
すると、フワリと光の粒が何処からともなく生まれ、レイスを包み込んだ。あっという間に、彼の姿は消えていなくなる。
次は私の番だ。
「お主と……あやつが、二人で共に、無事に帰還することを祈っておるよ」
鐘の絵の場所に立つと、使徒長様がやんわりと私に声をかけてくれた。
その、何処か含みのある、憂いとも懸念とも取れる切々とした響きは引っ掛かったが、私は小さく頷きを返す。
そして私の身体も、白い光の中に溶けていった。





