20
ロア君から様々な話を明かされた夜。
それから数日、私の周りは逆に不気味なくらいに平和だった。
マリーナさんとの特訓も「完璧です」と花丸を貰い、もうほぼ終了したと言っていい。空いた時間に補いたい部分だけを練習し、それ以外はほとんどやることが無い状況。外出も控えているので、暇を持て余しているくらいだ。
反して、教会内のバタつきは日に日に苛烈さを増している。
ロア君と密会? をした次の日に……ついに9人目の行方不明者が出てしまったのだ。
事件を解決すると宣言した舌の根の乾かぬうちに、次なる被害を起こしてしまったと、ロア君はますます犯人探しに躍起になっている。
しかも彼は、悪魔の儀式の生贄に必要な精霊使いの数は、ちょうど10人なのではないかと予想もしているらしく、それが余計にロア君を焦らせているようだ。
小さな身体でいつも書類を抱えて走り回っており、正直倒れないか心配である。
雑用でも何でも、私に手伝えることはないかとも申し出たのだが、ロア君には「精霊姫様にそんなことをさせるわけにはいきません!」と一刀両断されてしまった。
レイスとは……相変わらずだ。
必要最低限の会話や接触はすれど、それだけ。レイスは悪魔のことを知っているのかとか、事件のことをどう思っているのかとか、尋ねたいことは山ほどあるはずなのに、肝心な言葉はいつも出てこない。
それに歯痒さを覚えながらも、結局何も聞けずに終わる。
ただレイスは、ことあるごとに「夜は絶対に、勝手に外へは出るな」と口煩く私に言ってくる。私はそれに「わかっているわよ」と反射的に返すのみだ。
護衛体制は強化しているようだが、そのやり取りも何だか居心地が悪い。
――――そんなふうに、やきもきしたすっきりしない想いを抱えたまま。
事件は解決の糸口も掴めず、ロア君の危惧していた『満月の夜』……その『前日』があっという間に来てしまった。
「これ、『護身用に!』ってロア君に渡されたけど、置き場所に困るのよね……。使徒さんたちやレイスが交代で夜間の見回りもしているし、教会内、しかも部屋の中に居て、護身用の剣なんて必要あると思う? ウォル」
「スーには僕がいるから必要ないと思う! 何かあっても、僕がスーを守ってあげる!」
「それは頼もしいわ」
プカプカと小さな水泡を作って遊んでいるウォルの、存外男前な発言に、私は軽やかな笑い声を漏らす。
でも、水泡が弾けると若干水が飛ぶから、室内では止めてね、ウォル。
彼の尻尾の水状の部分は、水滴が跳ねても濡れないし問題はないが、彼の生み出す水は本物なので、普通に冷たいのだ。
ふぅと私は息をつく。
ベッドに腰掛ける私の膝元には今……絶妙な重さをもたらす、女王の宝剣がある。
「満月が近いですから!」と、ロア君に凄い勢いで廊下で渡され、「これ私が昼に片づけたやつ!」と意表を突かれながらも、こちらも勢いで受け取ってしまった。
宝剣、こんな扱いでいいの?
ロア君は忙し過ぎてテンパってしまっているのかもしれない。
銀に輝く刃は、対人用では無いので切れ味は無い。
だけど持ち手の部分の装飾は凝っていて、ロア君が説明してくれたように、レイスの首からも提げられている霊力水晶が、しっかりと埋め込まれている。豪奢だが、値段などはつけられないだろう。手に馴染んでしまった今でも、その宝剣の放つ神々しさに、私は瞳を細める。
でも、本当にどうしようかしら、これ。
宝剣をさすがに床には置けないし、壁に箒みたいに立て掛けとくのも気が引ける。
うーんと地味に私が頭を悩ませていると、ふと、コンコンと窓を叩く音がした。
ビクリ、と肩が震える。
ここは二階だ。なぜそんな音が窓からするのか。
十分に警戒しながら、私は剣を抱えたまま、窓の傍に息を殺して歩み寄る。
月明かりを遮るために閉めているカーテンを、ウォルに小声で注意を促してから、私は恐る恐る引いた。
すると――――
「……なんだ、あなた達なの」
――――窓の外に居たのは、いつぞやの光の精霊たちだった。
数えて五羽。小鳥の姿をした精霊たちが、黄色い光を翼に纏わせ、私の目の高さくらいの位置で飛んでいる。
強い月明かりの影響か、翼の光は前に見たときより弱々しいが、それでも近くで視界に入ると眩しい。
軽い悪戯かしらとは思いつつ、窓を叩いた理由を聞こうとした私は、次いで彼らの口から出た言葉に目を見張った。
開口一番。
「助けて」と――――そう言ったのだ。
「助けて、『彼』を助けて! お願い!」
「たまたま僕が見つけたの! 彼は『あの子』のために、良くないことをしようとしている! でも、僕らじゃ止められない! 彼に僕らの声は届かない! 近寄ることも出来ないの!」
「きっと君なら助けられる! このままじゃ彼も危ない! 僕らは彼を助けたい!」
「待って、その前に『彼女』を助けなきゃ! 彼女にも僕らの声が届いていない! あれ以上近寄れない! 急がなきゃ、急がなきゃ!」
「そうだ! まずは彼女を助けなきゃ!」
一斉にピーピーと話し出す彼らに、私は一気に混乱する。
彼? あの子? 彼女?
それが一体誰のことを指していて、何を彼らが訴えたいのかさっぱり分からない。とにかく落ち着くように語りかけようとしたら、一羽がスゥッと窓から少し離れたところで旋回し、「こっちを見て!」と私の視線を誘導した。
指し示しているであろう方向には、月明かりに照らされた花壇と、教会と外を隔てる高い鉄柵が見える。最初は何の変哲も無い、いつも窓から覗いている風景にも思えたが、すぐに鉄柵の向こうに、暗闇の中をふらふらと歩く人物を視認する。
私は夜目は効く方だ。覚束ない足取りで、その人物が何かを追い掛けているのも辛うじて判断出来た。
目を凝らしてよく見る。
闇に溶けてしまいそうな、だけど闇の中でもはっきりと存在感を表す、不思議な光沢のある黒い羽。
月光の中を羽ばたくのは、悪魔の遣いである……黒い蝶だ。
それだけでも私の喉はヒュッと鳴ったが、同時にその蝶を追いかけている人物が誰なのか、しっかりと確認して、それがよく見知った人間であったことに、私の心臓が早鐘を打つ。
月の光を受けて、煌めく滑らかなストロベリーブロンド。
――――マリーナさんだった。





