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明日また陽が昇るなら⑥

フィーアを今後どうするかについては父に任せるとして、ネムスには確かめたい事があった。

急に魔術を使う人に重なって見えるようになった謎の光の流れについての探究である。


という訳で、診療の合間にバートンの協力を得る事にした。

「何だかわからんが、魔術を使えばいいのか?」

けげんな顔のバートンにネムスは頭を下げる。

「はい。まずは火の初級魔術からお願いします」

バートンが詠唱を始めると、バートンのお腹の辺りから、治癒魔術の時とは違う光の文様が広がる。それが手まで広がると、手のひらの上に炎が現れた。

「これでいいのか?」

「はい、ありがとうございます。あの、バートンさんって魔術を使う時に、自分の体に何か見えますか?」

「いや?見えた事はないが……」

「ちなみに、魔力って視認できるんですか?」

「見えはしない。高濃度になると、何となく皮膚で感じることはできるが……」

「なるほど」

「どうしたんじゃ?」

「それが……」


ネムスはバートンに、最近突然見えるようになった光の流れについて説明する。


「ふむ……それは興味深いのぅ」

「今の仮説としては、魔力の流れが見えてるんじゃないかって思うんですが」

「どんな模様なんじゃ?」

「えっと、ここがこうで、こんな風に曲がって」


ネムスは地面に木の枝で紋様を描く。幾何学的に入り組んだ模様であった。大体こんな感じかなぁと大雑把に書いていたのだが、途中からバートンの顔色が変わり、思案顔になった。ネムスが描き終わっても、しばらく顎髭を撫でながら考えているバートンにじれったくなり、ネムスは声をかける。

「あの、バートンさん?」

「……ああ、いや。これは驚いた」

「この模様に見覚えが?」

「うむ、これは魔法紋に良く似ている」

「魔法紋?」

「魔道具の話は一度した事があったな」

「ええ。バートンさんは大分お嫌いであったような」

「ああ、そうなんだがな」

苦虫を噛み潰すような顔でバートンは続ける。

「あれの原理はな、魔石から出る魔力を、魔力伝導の良い顔料で描かれた魔法紋という紋様に通す事で魔術が発動する仕組みなんじゃ」

「なるほど」

「今まで魔法紋は試行錯誤や失敗を重ねて、経験則として導き出されてきた。かつて下手な魔法紋を描いて城一つが吹き飛んだこともあるというが……」


地面の模様を見下ろしながらバートンはいう。


「これが本当なら大ごとだ。我々が魔術を使う時、詠唱という過程を必要とする。しかしそれがどのように発動に関与するのかは判明していなかった。だが、ネムス君、君が見ている世界が本当なら、詠唱することで、魔力が体の中で『ある道筋』をたどるのかもしれない。それが魔力が魔術へ変換されるメカニズムなのかもしれんのぅ」

ネムスも腑に落ちた。魔道具における魔法紋のように、魔術を使うときは詠唱することで、体の中に魔法紋が描かれる、ということだろう。言ってしまえば、回路に電力を流し、それによって電力をほかのエネルギーに変換する、そういった電子機器と根本原理はそう変わらない。

「ネムス君、ほかの魔術も見てもらえるか」

「もちろんです」


バートンが次々と詠唱する魔術をみて、ネムスはバートンの体に浮かんで見えた模様を地面に書き留めていく。並んだその模様をみると、一見それぞれ違っているが、それぞれに共通する部分があった。特に、火や水といった同系統の魔術には相似性が見られた。


「ふむ。これは大発見じゃぞ。惜しむらくは君にしかこの世界が見えないということだ。もともと見えていたのかい?」

「いえ、ついこの間気づいたんです」

「何かきっかけがあったのかい?」

ネムスは考える。どう思い返してもあれだろう。

「……いえ、あまり思い当たる節はありませんね」

だが、それをバートンに話すことはなかった。神とされている存在と直接話したかもしれない、なんてことを言うのは憚られる気がしたのだ。そもそもネムス自身もあれが本当にあったことなのかはよくわからないのである。

しかし、この能力を自分に与えることで、クローヌは何を期待しているのだろう?

なんとなく空を見上げて、ネムスはクローヌに問いかける。もちろん答えが返ってくることはなかった。仕方ないのでバートンに聞いてみる。

「バートンさん、この能力は魔術の練習に役立ちますかね?」

「それは君次第じゃ。しかし……魔術の解明には役立つ。魔術史に名が刻めるぞ!君にはいままで診療ばかり世話になっていたが、研究でも世話になる時がくるとは……」

ほくほくしているバートンに、一応釘をさしておく。

「もし論文にするなら共著者にはしてくださいね」

「ほほほ、謙虚じゃの。それだけでいいのか?」

「いえ、それで十分です」

かくして、師弟関係は研究同志と形を変えた。初夏の昼下がりの出来事であった。



それからひと月ほど経った頃であった。


その日は朝から日が照っていて、朝教会まで歩くだけでも汗が玉のように浮かんだ。教会の中は風通しもよいので多少はマシであったが、それでも診療のために駆け回っていれば汗が噴き出てくる。なんだか今日は魔獣がとりわけ殺気立っていたそうで、かすり傷や打撲程度であったが衛兵も何人か受診した。

日が暮れ、ネムスが診療所を出るころには暑さも和らいでいたが、ベトついた肌を早く水浴びで流したいとウズウズしていた。

そんな風に帰路を急いでいたネムスは、その存在に通り過ぎる瞬間まで気づかなかった。いや、それは彼の、気配を消す卓越した技術によるものだったのかもしれない。

なんとなしに通り過ぎた木陰に、異質な男が立っていた。


「……っ!」


ネムスはその姿を視認した瞬間、本能的に飛び退いた。

その男はフードを目深に被り、薄汚れた外套を身に纏っていた。長い髪の毛の隙間から見える鋭い目は獣を思わせた。外套には腰のあたりに膨らみがあり、恐らく帯剣しているのだろうと思われた。ただの旅の者かもしれないが、ネムスの直感はこの男が只者ではないことを告げていた。

ネムスは腰を落とし、いつでも逃げられるように備える。今は戦うにしても得物がない。

と、その男がゆらりと動く。じり、とネムスは後ずさるが、男は両手をあげて低い声で告げる。

「……まて、敵対の意志はない」

「……」

ネムスは少し構えを緩める。

「……カミックという男を知らないか、彼に呼ばれてきたんだが」

「……カミックは僕の父ですが」

「なんと」


本当に驚いたのだろう。目を見開いてその男は言う。

「確かに面影があるな。娘がいるとは手紙に書いてあったが、息子もいるとは」


あの父親、自分とエバンのことは伝えていないらしい。なんて野郎だ。

ネムスは警戒を緩める。驚いた顔を見る限り、この男は本当に父に呼ばれてきたらしいと思えた。


「やっぱり息子じゃなかったかもしれません」

「拗ねるな少年。娘のことは俺を呼んだ要件に関わるからな、それで書いたんだろう」

という事は、この男はフィーアに関係して呼ばれたのか。どういう事なのだろう。

「それで、君の家まで案内してくれるか」

「わかりました」

まあ、家に帰ってカミックを問い詰めてやろう。それが一番手っ取り早い。

ネムスはそう思って、その男の前を歩き始めた。

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