明日また陽が昇るなら⑤
「大変だったな」
ネムスが夕食の準備を手伝っていると、背後から声をかけられた。振り返ると父が戸口に立っていた。
「父さん、お帰りなさい。見てください、名誉の負傷です」
親指でピッと包帯のまかれた頭を指さす。
「おう、よくやった。話はミルトンのとこの旦那に聞いたよ」
何でも、『オレの命の恩人になんてことしやがる!』と怒り心頭で村中駆け回って下手人を探していたらしい。なんというか、あそこは夫婦揃って極端だ。
「まったく、よくやったじゃないわよ、こんな怪我するなんて……」
「いや、俺は誇らしいぞ」
やーやー言い争いする両親を眺め、ネムスは包帯越しに傷を触る。
結局、バートンにもネムスの傷は治せなかった。レインの名誉は保たれたが、傷をどうするかという問題は残った。
バートンが傷を縫おう、と言った時、レインは反対しなかった。それどころか、見学したいと言いだしたのだ。実際、血が苦手なのが治ったわけでは無いので、遠目に見ているだけだったが。
処置が終わり、礼を言って診療所を立ち去ろうとしたところで、レインが振り絞るように、「傷の経過の診かたを知りたいから、これからまた診療所に来てください」とバートンとミルトンに頭を下げた。かくして、診療所への出禁は解除されたのである。
さて、これから忙しくなるぞ。治癒魔術という強大な手段に対して、現代医学の優位性を、あるいは少なくとも非劣性を示さないといけない。どういう風な切り口で示すべきか……速効性では確実に劣るが……。
そこでネムスは、ふと思う。そもそも最上級は自分の生命力を全て相手に受け渡すものだった。では果たして初級や中級、上級治癒魔術はどうなのか。もし、その魔術的構造が同じなら?クローヌは生命力を、その人に与えられた時間と定義していた。どの治癒魔術も、己の時間を他者に与えるものなら。最上級のように使った瞬間命を落とす訳ではないから気づかれていないだけで、使い続けることで、少しずつ自分の命の蝋燭が短くなっていくのだとしたら?
「おい、ネムス」
思考に沈んでいたネムスは、自分の名前が呼ばれている事に気づく。考え事をしているうちにいつの間にか夕食を食べていた。過集中である。
「は、はい、父さん」
「全く、さっきから何度も話しかけているのにぼーっとしてやがって」
ははは、と笑って誤魔化す。
「何でしょう」
「なあ、お前はこの村で幸せか?」
なんだ?その問いは。
「また随分観念的なことを聞きますね。父さんにしては珍しい、どこか打ちましたか?」
少し茶化すように言ってみて父の顔色を伺う。しかしその瞳の色はいっさいの揺れを見せなかった。
「そうですね……」
ネムスは少し考えて、慎重に言葉を選ぶ。
「僕は、今はこの村でやることがあります。というか、治癒魔術に頼らない治療なんて、多分大きい町では捕まりかねないし、この村でしかできないでしょうから。だから、幸せというかはわからないけど、出来ればこの村で、実績を積み重ねたい、そうは思います」
「……まったく、お前は誰に似たんだ、ほんとに」
「わたしに決まってるでしょ」
母よ、得意げなところ申し訳ないが、これは前世からの引継ぎなんです。
「ただ、いつかは、より大きな規模でやっていきたいと思いますが」
今はまだ物品なども足りていないし、もっといろいろな技術を開発したい。魔道具なんかも、以前一度見たことがあるだけだが、あれは大きな可能性を秘めている。その研究をするなら、帝都だろうか。バートンの教え子が魔道具の研究をしているとも聞いた。紹介してもらえるかもしれないし。
「そうだな。俺も、母さんも、この村からは動けない」
「そうなんですか?」
確かに立場はあるのだろうが、父の実力なら大きな町でも衛兵などで働けそうだが、とネムスは思う。しかし、父はかぶりを振る。
「まあ、いろいろ理由があるんだ。いつか教えてやる……」
言葉尻を濁したあと、父は続ける。
「俺も、母さん、お前も、今はこの村から動けない。もちろんエバンもだ。まあ、悪い村じゃない。冬がちょっと寒いのを除けばな」
雪ですべての交通網が遮断されるのは『ちょっと寒い』で済むのだろうか?
「だがな、フィーアにとってはどうだろう?」
ネムスはハッとする。そうだ、今日あったことを考えれば。
「で、でも父さん、この村でもましな方なんじゃ」
獣人への排斥意識は強くある。しかし、それを唱えているのはクローヌ教である。そして、この村の住民は、帝都など大きい町に比べればクローヌ教への従順さが低い、と聞いた。というか、ネムス自身が肌で感じている。治癒魔術でない『怪しげな民間療法』を受け入れているのは、この村が辺境で、教えが行き届いていないからなのである。
「そうだな、だが現に、それでもフィーアは石を投げられた。たまたま今回はネムスが近くにいたからよかったが、今後そういうときばかりではないだろう。いや、もしかすれば、もうすでに何度かああいうことがあったのかもしれない」
確かに、可能性はある。あの頑丈さだ。今までは気づいていなかっただけで、石を投げられたり、そういういじめを受けていたとしても、気づけていなかったのかもしれない。
ネムスはフィーアを見つめる。当のフィーアといえば、高速で夕食を平らげた後暖炉の前で丸くなってすやすや寝ていた。あどけない、安心しきった顔で。
「じゃあ、どうするっていうんですか」
思いのほか語気が強くなってしまう。だって、父の言いぐさではまるで、この世界に居場所がないみたいだ。
「まあ、落ち着けネムス」
父がコンコン、と己の頭を叩いて言う。
「お前ほどじゃないが、俺も頭は切れる方だ。すこし考えがあるんだ」
「頭が切れる?物理的な話かしら?」
「かあさん、しまらないからやめてくれ。とにかく、少し待っていてくれ。それまで俺も気を付けるがな、ネムス。お前がフィーアをしっかり守ってやれよ」
「言われなくても」
簡単な話だ。自分が守ってあげれば、居場所を作ってあげればいい。それが家族ってもんだろ。
そのためには……。
「あっ、そうだ父さん」
「なんだ?」
「そう言えば、僕どうやら治癒魔術が効かないみたいです」
「ん?どういうことだ?」
怪訝な顔の父に今日の診療所の一幕を説明する。
「なるほど……それは」
「向いてませんよね、剣士」
「まあ、そうだな」
この世界は治癒魔術を前提とした戦闘である。つまり、パーティー単位で考えた時、剣士に求められる役割はタンクである。回復不可能なタンクに何の意味があろうか。
ネムスはため息をつく。
せっかく剣も魔法もある世界にきたからにはと、最初は魔法使いを目指したが、残念ながら壊滅的に、もう魂レベルで魔法の才能がなかった。ならば、と肉体的に向いているかもしれない剣を習い始めたが、ここに来てそれにも暗雲が立ち込めている。
ネムスが己の行く末を案じていると、父が何やら難しい顔をしていた。
「いや、ちょっとまて。それ、今日初めて気づいたのか?」
「え?」
「つまり、治さなきゃいけない傷が、今日初めてついたのか?」
「そういえばそうですね」
「なんでだ?」
「今日は、フィーアを守るために避けられなかったから……あっ」
父はしたり顔で頷く。
「なるほど、鍛えるポイントが見えてきたな。もともとそうじゃないかとは思っていたんだが、お前、目と反射神経がいいよな」
「たしかにそうかもしれないですね」
「でも、タンク役にはなれないというか」
「別にパーティを組まなきゃいいだろ。というかそもそも、ネムス、お前は剣士として生きていくのか?てっきり医者をやるもんだと思ってたんだが」
「う、うーん、たしかに」
「なら護身術としての剣術だろう。おまえ、避けて避けて避けまくれ」
「なるほど、回避盾ですか……」
「なんだそれは」
「いや、なんでもないです」
ネムスは別に冒険者をやりたいわけではない。そもそもこの世界において生き抜いていくために戦闘力が必要だと考えていたから習っているのである。今後、薬の原料を集めるために、薬草狩りへ行くための護身だったり、あるいは薬の材料になるような魔法生物を倒すのには使うだろうが、剣で生計を立てようと思っているわけではない。
良かった、これでまたイチから弓矢の練習をしたりしなくて済むぞ、とネムスは胸をなでおろした。




