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X-①

ルルナが溺れた数日後、朝食を食べたネムスは、小鳥のさえずりの中、畑の中の小路を修道院へ向かっていた。バートンとクララに呼び出されたからである。

修道院の重い扉を全体重をかけてひらき、朝の礼拝をしている大人たちの後ろをそろりそろりと診療所へ向かう。途中、讃美歌を歌っているクララと目が合い、ほほえみと目くばせをもらってドギマギとする。


「……おはようございますー」

そういって診療所を見渡すと、奥の机から元気な声が響く。

「あっ、ネムス、おはよー!」

「おや、これはネムス君、おはよう」

ぶんぶんと元気に手を振っているルルナと、診察していたバートンがこちらをみて挨拶を返してくれる。ちょっと待ってて、とバートンはルルナの後ろに立っているムズカに向き直ると、「もう大丈夫でしょう」と伝え、ムズカは大きく何度もお辞儀している。

あの日、バートンとムズカとともに一晩診療所に泊まったが、ルルナは夜間幸いにも何もおこさず、元気に目覚めた。礼拝所まで縦横無尽に跳ね回り、燭台を倒してクララから大目玉をくらっていた。

ルルナの脅威的な回復は、あの聖水が効いたという可能性もあるが、おそらく、そこまで水を飲んでいなかったのだろう、とネムスは考える。

乾性溺水といって、冷たい水が気道に入った瞬間に声門のあたりがけいれんし、そのせいで呼吸ができなくなることもある。この場合、呼吸が十分できなくなるので、脳に酸素が届かなくなり意識を失ってしまうが、逆に肺には水が入りにくいのである。

もちろん、溺水した時に水を飲んでしまっていても、しばらくした後に再度肺に水が溜まってしまう状態、いわゆる二次溺水を必ず起こす、というわけでもない。ルルナはそもそも丈夫なタイプなので、取り越し苦労であったかな、とネムスは思う。


「ネムス、何しにきたの?」

ひょこひょこと寄ってきて無邪気に聞いてくる姿をみると、本当によかったなと、月並みながら思う。

「ちょっと呼び出されて……」

「えー、バートン先生に?」

「まあね」

「じゃあ今日あそべない?あそぼうよー!森の方に行きたいところがあるんだ!」

二人で遊んでいて溺れかけたというのに、まったく、喉元過ぎればなんとやらである。

「こらあ!ルルナ、お前はしばらく家から出さんぞ!」

「えー、おとうさん、けちー」

「まあまあ、ムズカさん、家の庭ならいいでしょう?ルルナ、また後で家に行くから、待ってて」

「うむ、目の届く範囲ならいいぞ!」

ムズカさんがうんうんと腕を組んで頷いてくれる。


元気に手を振って去っていく二人を見送ると、ちょうどクララが朝の礼拝を終えて、診療所の方に戻ってくる。クララを招き入れて、診療室には3人だけになる。

「ようこそ、ネムス君」

「今日は一人で来たの?」

二人から声をかけられる。

「はい。母が身重なので、父は家に残ってもらっています」

「そうか、そろそろ臨月だったか」

「びっくり!ほんとうに賢い子ね」

「ルルナ君の時は、ネムス君の素早い処置で大事に至らず、とても助かった」

ネムスはいえいえ……と謙遜しておく。そもそも見た目に不相応なおっさん精神なだけであって、そのギャップで褒められているだけなので、なんだかこそばゆいのである。


「そういえば、本を読んで知識を得たと言っていたが」

バートンが柔和に、けれど鋭さを持った声で問いかける。

「はい……」

「ふむ……たしかに、シーコールさんならなあ」

そう。確かに苦しい言い訳ではあったのだが、真に迫る部分もあった。ネムスの家には不釣り合いなほど大きな本棚があり、様々な分野の本が置いてあった。母の持ち物、とのことだったが、村の他の家にお邪魔したときにはそんな本がおいてあるところは見たことがなかった。普段来客があるときには布をかけて隠していたが、バートンは蔵書の存在を知っており、時々本を借りにくることがあったのだ。


「ルルナ君が入院した時にした約束、覚えているかの?」

「はい、ただ、本気ですか?」

ネムスは聖水と引き換えに、ここで一緒に働かないか、という提案を受けていた。


「だって僕、まだ子供ですし、知識も偏っていると思います。この間のことはたまたま知っていただけで……」

「たしかに、まだ子供だが、しかし、命を守るために動くことは、誰にでもできることじゃない。知識についてはこれから学んでいけばいいのだからな」

そういって、にやりと続ける。

「これは投資だよ、ネムス君。自分の時間を費やしてでも、君の才能を磨いてみたくなったんだ」

「私もよ」

クララも同調する。

「私は、一緒に働くっていうよりは、手伝ってもらう、くらいのつもりだけど。まだ子供なんだから、足りない知識は一緒に勉強していけばいいじゃない」

ニコっと笑うとこちらをじっと見つめてくる。ネムスは吸い込まれそうな瞳から慌てて目をそらし、しばし逡巡する。


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