The CIRCLE③
礼拝所は、村の中央広場に設置されており、信仰の場となるとともに、村の医療機関としての機能を果たしている。これは、このマーロン帝国において最も人々の信仰を集めている神が、医療をつかさどる女神クローヌであることに起因している。ただ、医療機関といっても、小さな村であり、簡易なクリニック程度のものであった。
修道院の扉をあけて、聖堂を通り抜け、右手の扉を開けたところに、数個のベッドと机があり、ここを診療所として医療が行われていた。
診療所の扉をあけると、その音で気が付いたルルナの父がすごい勢いで迫ってきて、ぐっと抱きしめられる。
「ぐっ、苦しい......。」
「うおおおお!ありがとうなあ、ネムス君!先生から聞いたよ!君が娘を助けてくれたんだってなあ!ありがとよおお!ありがとよおお!」
「い、いえ、そんな......」
大号泣しながらありがとうを繰り返すルルナの父、ムズカの力強い抱擁を受け止めて目を白黒させていると、初老の男性が寄ってきて、ネムスに声をかける。
「おっ、君は!いやー、来てくれてうれしいよ」
「バートン先生、こんにちは」
この初老の男性は、バートンという名であり、この村で医師のような役割を果たしている。ネムスも何度か、熱を出したときにバートンに診てもらい、薬湯を煎じてもらったことがあった。
その後ろから、ひょこっと顔をだし、金髪をゆらして「わあ」と反応しているクララにも、「こんにちは、クララ様」と挨拶しておく。
「あの、これは、どういう......?」
「シーコールご夫妻、息子さんがですね......」
突然の歓迎にネムスの両親は状況をつかみかねているようだ。ネムスはここまでの道中、ルルナに対して人工呼吸をしたことを伝えていなかった。さらに言えば、ネムスの眠っていた記憶が目覚め、ネムスの中身が日本のおっさん医者になっていることも、両親たちはまったく知らないのである。
(まあこれは、墓場まで持っていく秘密だろうな......。自分たちの息子がおっさんだなんて、気持ち悪くて仕方ないだろうし)
などとネムスがいろいろ考えている間に、バートンとクララがいろいろと説明してくれたようで、父がネムスの頭をぐしゃぐしゃと乱暴になでる。
「よくやったな、ネムス!賢いとは思っていたが、そこまでか!」
「あはは......」
意外ともやもやとした気分で、ネムスはその賛辞を受け取る。前世の知識で褒められても、なんだかズルしているみたいで気が引けたのである。実際に前世で自分が勉強した内容なのだから、受け取ってもいい賛辞なのであろうが......。
(ネムスとして勉強したわけではないから、かな)
なんとなく、そんなことを思いながらネムスはバートンとクララに向き直る。
「それで、ルルナの状況はどうですか?」
「ネムスーーーー!」
と、1つのベッドの方から、元気な声が響いてくる。そちらを見やると、ルルナが手をぶんぶんと振って、笑顔でこちらをみている。
「もう元気だよーーーー!」
「こら!ルルナさん!安静にしてなさいって言ったでしょう!」
クララが飛んで行って、しかりつけるが、ルルナはどこ吹く風である。
「あんせい?にしてるよ!ベッドからは出るなっていわれて、守ってるもん!」
「ベッドから出なければ安静ってことではないんです!おとなしく横になってなさい!」
「へへーんだ!」
ルルナがベッドの上で跳ね回り出し、クララが何とか捕まえようとするが、なかなかうまくいかずに空振り続けている。そう、ルルナはとんだじゃじゃ馬、もといハネ馬、なのである。
ネムスはベッドのそばにいって、声をかける。
「元気そうで安心したよ、ルルナ。でも、先生たちのいうことは、しっかり聞くんだよ」
「えー」
「えーじゃない」
じゃじゃ馬をあやして再度ベッド寝かせたところで、じゃじゃ馬の胸に耳をあてる。
「え?ネムス?」
シー、と指をたてて黙らせると、服越しに呼吸の音を聞き取る。聴診器がないので仕方ない。
(すこし水っぽいけど……そこまでひどくはないな)
顔をあげると、なぜかルルナが真っ赤な顔をしている。
「ネムス、だいたん……」
「……なにいってんだ?熱があがって幻覚でもみてるのか?」
そのやり取りを聞いて、がはは、とバートンが大きく笑い声をあげ、おとなたちもクスクスと笑い出す。和気あいあいと会話しだしたそれぞれの両親と尻目に、ネムスは小声でバートンとクララに声をかける。
「バートン先生、クララ様」
「うむ、聞こう」
「少し胸の音は水っぽいですが、いまのところは顔色もよいし、大丈夫だと思います。でも、一応は油断しないほうがいいかもしれません。飲んだ水で肺を病むかもしれないし、おくれてまた水が肺の中に出てきて苦しくなるかもしれませんし……」
「なるほど……」
クララが目を見開いている。
「バートン先生、私たちの見立てとほぼ同じですね」
「うむ……これはすごいな。少年、君はどこでそんな知識を?」
「えっ……いや、あの……本とかで……」
当然、この質問が来ることは読めていたが、いい説明も思いつかなかったので、ネムスは仕方なくそう答えた。実際前世で本を読んで勉強したので嘘ではないのである。
追及されることを予想していながら、ネムスは自分の持つ情報を提供することを選択した。最優先はルルナの命だと考えたからである。
「ふむ、まあいいだろう」
それ以上の追及がなかったので、ネムスはほっと胸をなでおろす。
「さて、ムズカさん、今日はルルナさんには診療所でとまってもらおうかのう」
「えー!やだ!」
ルルナが駄々をこねたが、急変を考えればその方がよいだろう。溺れた後に、しばらくしてまた肺が水浸しになってしまって呼吸が苦しくなる、二次溺水という病態をおこす可能性や、川の水に含まれる菌で肺炎になる可能性もある。
しかし、とネムスは考える
ただこれは、この世界の人体が前の世界の人体と同じだと仮定した話であるが……。
そのあたりの知識は、ネムスになってからはまだ学んでいなかったので、よくわからなかった。何せ魔法がある世界なのだから……とそこまで考えて、ふと気づく。
家の魔導書には載っていなかったが、治癒魔法をプリーストは使えると聞いたことがある。じゃあそれを使えばいいじゃないか!
「クララ様」
「なーに、ネムス君」
「治癒魔法でパッと治せないんですか」
クララは、困った顔をしながら、「そんな便利なものじゃないのよねえー、そっか、それは知らないのかあ」と答える。ネムスが首をかしげていると、
「でも、そんなときにはこれ!聖水!」
と誇らしげに高々と薄い水色の液体の入った瓶を掲げる。
「聖水って……」
「む。何ですかその疑いの目は。聖なる水ですよー不敬ですよー超高価ですよー万病に効きますよー」
「怪しいです。詐欺っぽいです。というか詐欺です絶対」
「ははは。中身のわからないものに警戒するのは当然かもしれんな」
実際万病には効かないからな、とバートン。
「まあ賢い君に教えてあげよう、あれはある薬草を煎じたものだから、言ってみれば薬湯なんじゃよ。聖水なんて名前をつけて売ってはいるけどな」
「あっ!バートンさん教えちゃだめですよ!それ聖教の重大機密なんですから!バレたら消されますよ!」
うっかり大変な事実を教えられてしまった、とネムスは青ざめる。
「まあ良いじゃろ、クララさんもこんなところに飛ばされてきた人間なんだ、今更聖教に従順でも仕方あるまい」
「まあそうなんですけどねー」
「ただ、流行り病なんかにはたちどころに効く。効果はわしが保証しよう」
この二人の言葉以外に判断材料はないが、ネムスは、ある程度信頼に値するだろうと考える。流行り病に効くなら、抗菌効果がある可能性もある。しかし。
ムズカさんを見やりながらネムスは尋ねる。
「でも、お高いんでしょう?」
「そこでじゃ」
バートンはにやり、とネムスに笑いかけて続ける。
「ネムス君、わしらとともに働く気はないかね?」
その夜、ネムスはムズカ、バートンとともに、ルルナの看病のため診療所に泊まった。
暖炉の明りに照らされて、静かに寝息を立てるルルナの横顔をみながら、ネムスは思い出していた。
日本で医者をしていた、その、最後の日の記憶を。
(僕は、本当に、また、命にかかわる仕事を、生業としたいのだろうか)
その答えは、出ないまま。
ネムスも、いつの間にか眠りに落ちていた。




