あの命この命①
「謹んで報告いたします!エド大帝、つい先刻クリスティーナ妃がご出産になられました!」
夏の夜更けに書類に万年筆を走らせる音と、判を押す音だけが響いていた執務室のドアを開け放ち、従者が高らかに宣言する。絢爛豪華な壁画に彩られた部屋の中央で重厚な椅子に腰掛け、執務に没頭していた壮年の男が、勢いよく立ち上がる。
「なんと!それは誠か!」
この男こそ、エド・バルガルド・ロザン。大陸にその版図を広げるロザン帝国の皇帝であった。長年子に恵まれなかったエド大帝であったが、第3夫人として迎え入れたクリスティーナの妊娠が判明して以来、今か今かと待ち侘びていた日がついにやってきたのである。その喜色満面の姿は、さきほどまでの執務室での威厳に満ちた姿とは打って変わっていた。
「おのこか、おのこじゃろう?」
「はい、そう伺っております。今は聖教医師団が処置にあたっております」
「でかしたクリスティーナ!直ぐに向かおう、直ぐにじゃ!」
「大帝、僭越ながら。少し落ち着いてはいかがでしょう。人の目もありますし」
進言したのは、大帝より少し若く見える男である。切れ長の鋭い目尻がその才気を感じさせる。
「ヴィンよ、これが落ち着いていられるか。お前も来い。お前がこの大帝の次に仕えるだろう存在だ」
「はっ、仰せのままに」
このヴィンと呼ばれた男は、ヴィンセント・モルガン。代々右大臣を務める家系に生まれ、その聡明さから幼少期よりエド大帝からの期待をうけて育った。今は家督を継ぎ、右大臣としてこのロザン帝国の政治の中枢でその辣腕を振るう、エド大帝の右腕である。
エド大帝とヴィンは従者を引き連れ長い廊下を突き進む。例年なら夜といえど暑さに汗ばむような時期であるが、今年は涼やかな風が通り抜けている。
クリスティーナ妃の居室へ曲がる角で、ちょうど処置を終えたのだろう聖教医師団とすれ違う。
「エド大帝、この度はおめでとうございます」
医師団の面々は平伏し、大帝へ恭順の意を示す。医師団のうち3人は治療で力尽きたようで、背負われて運ばれていた。
「うむ。もう部屋の中に入ってもよいか?」
「もちろんでございます。お妃様も、お子様も大帝を今か今かとお待ちでしょう」
「うむ」
そそくさと部屋に入っていく大帝。従者たちも従って部屋へと移動するが、ヴィンセントだけはその場にとどまり、医師団に話しかける。
「大変だったようだな」
「はい。最上級治癒魔法を3人使ってなんとかなりました」
「そうか」
背負われている3人を見やりながら、ヴィンセントは続ける。
「その者たちの氏名と、家族の情報をまた報告するように。褒美をとらせる」
「それはなんとも光栄な。冥利につきるでしょう」
再び頭を下げる医師団長の前をツカツカと通り過ぎ、クリスティーナ妃の居室へと向かうヴィンセント。もしその表情を見たものがいるのならば、さぞ驚いただろう。普段は冷静沈着で眉ひとつ動かさない彼の顔が、苦しげに歪んでいたことに。
部屋に入ると、天蓋付きのベッドに横たわったクリスティーナ妃と、そのベッドに腰掛け、待望の息子を抱いているエド大帝の姿があった。すでに鉄面皮に戻ったヴィンセントは、その微笑ましい皇帝一家の姿を見つめる。その胸の内を知るものは誰もいなかった。
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