あの命この命②
あっという間に夏が過ぎ、秋を迎える。
実りの季節。例年ならば、収穫の終わりには、盛大に宴が催され、村人みんなで一晩中騒ぐお祭り騒ぎとなる。しかし、今年は違った。
実りは実に芳しくなかった。おそらくは暖冬、冷夏の影響であろう。収穫を終えた村人の顔は暗く、不安が隠し切れなった。誰もが、今年の冬の厳しさを憂えていた。
ネムスの家も例外ではなかった。今年の貯蓄は例年の6割程度であり、父も母も行商人が来るたび仕入れに出たが、この不作は全国規模なのか、少しの大麦を買ってくるのみである。今年こそは独立すると意気込んでいたトルクスの収穫も芳しくなく、やむなく今年もフィーアを預かり続けることになったのだが、大人一人くらいの量をぺろりと平らげるこの大食漢の食糧についても悩みの種であった。
であったから、その日の夕食も、例年に比べてかなり質素なもので、芋の入った雑穀がゆであった。粥を器によそっていると、それを傍で今か今かと待ちわびていたフィーアが、突然怪訝な顔をして鼻をひくつかせる。何だろう、と思っていると、昼の門番をしていた父が帰ってきた。と、その姿をみて母が悲鳴をあげる。
「うわっ!カミック、ど、どうしたの!」
「マイラ、大丈夫だ、ケガはしてない。返り血だよ、魔獣の」
「返り血って......。とにかく、着替えてきて!」
家の裏手に回るカミックを、鼻をひくつかせたフィーアが追いかける。どうしたんだろう、とネムスも様子を伺いにいくと、フィーアが興味津々にカミックが脱いだ服を嗅いでいる。普段はこんなことはしないので、返り血が気になったのだろう。カミックが姿を見せる前から気づいていたような節もあった。前々から感じていたがおそらく獣人は鼻が効くのだろう。
とりあえず水浴びしてきれいになったところで、皆で食卓を囲む。自然と話はカミックが血まみれであったのはなぜなのか語る流れになった。
「まあ簡単にいうと、獣の群れが襲ってきたんだ」
「村の門をですか?」
「ああ」
「獣が村を襲うってことは、よくあるんですか?」
「たまにな。たいてい、少し撃退すればすぐ逃げていくんだが」
エバンに芋粥を食べさせながら、マイラが首をかしげる。
「でも、あんな姿で帰ってきたのは初めてだわ」
カミックは腕組みしながら首をひねる。
「それが、今回は群れで襲ってきて、なかなか逃げなかったんだ」
「どんな魔獣だったんですか」
「それがなあ、猪型の魔獣が主だったんだが、不思議なことにグリズリー型の魔獣も混ざっていてな。種類の違う魔獣が徒党を組むなんてことはなかなかないからな。俺でも手こずったよ」
それでも無傷で帰ってきた父はさすがというところだが、やはりけが人は何人かでたそうだ。
「獣たちは痩せていて、必死だった。山でも実りが少ないって、採集にいったやつがこぼしていてな。もしかしたら、腹をすかして人里まで降りてきているのかもしれない」
ネムスは今年の気候を思い出す。暖冬、冷夏。たしかに、不作の原因はそろっている。栽培された作物の収穫が少ないことは分かっていたが、森の中のことまではあまり考えていなかった。
「日暮れ前になって引いていった。またいつくるかもわからん。今は、クリンスマンをリーダーに任せて一度戻ってきたが……」
「そうね、きょうは早めに休んで、もし何かあってもすぐ動けるように体調を整えましょう」
「そうだな」
粥を掻きこむ父に習い、ネムスも粥を胃に流し込む。けが人が何人かでたということだし、自分は診療所の手伝いに行こうかな、と思案していると、ふと、フィーアの手が止まっていることに気が付く。食事はあまり進んでいない。三角の耳をいろいろな方向に向けては、毛を逆立てている。
「フィーア、どうしたの?」
「ざわざわしてる……」
「ざわざわ?」
こどもの主訴は分かりにくいものであるが、これは輪をかけて分かりにくいぞ、とネムスが困り果てていると、遠くの方でかすかに遠吠えがあがる。そのあと、村の四方から、遠吠えが次々と聞こえる。
「くる!」
「まずい!マイラ、子供たちをつれて教会に避難しろ!ネムス、お前が守れ!」
フィーアが飛び上がるのと、カミックが立ち上がるのはほぼ同時であった。遅れて、ドドド、と地響きが四方八方から迫ってくるのが、ネムスの耳にも届いた。カミックは軽防具と剣をひっつかむと、ショートソードを一本ネムスに投げ渡し、自分はロングソードをつかんで家を飛び出していく。
ネムスも慌ててなめし革の防具を身に着けると、ショートソードを背負う。
心臓が早鐘のように打つ。父と訓練を積んできてはいたが、実戦は初めてであった。しかし、やるしかない。こういう時こそ、できる限り平静に落ち着いて対応しなければいけない。それは患者の急変を見るときと同じである。
扉の隙間から外を伺う。村のあちこちで悲鳴が上がり、あわただしく駆けまわる大人たちが闇夜に見える。鐘塔が鳴らされ、緊急事態であることが村全体に知らされている。
「フーッ、フーッ」
「ちょっと、フィーア、抑えて、抑えて」
今にも飛び出そうとするフィーアを抱きしめて留め、その頭を撫でて落ち着かせる。巨大な猪型の魔獣、暗くてよく見えないが縞模様があり、ヴィルガスースだろうか。鼻息荒く、眼を光らせた魔獣が通りを駆け抜けていくのを息を潜めてやり過ごす。村の遠くでは火の手が上がり始めた。
「母さん、行きますよ」
「え、ええ」
「フィーアも、しっかり落ち着いてついてくるんだよ」
「むー」
ネムスを先頭に4人は夜の闇の中に滑るように家をでる。あわただしく走らず、足音を殺し、魔獣に気付かれないようにわずかな星明りの中を忍び歩く。




