光芒-⑪
今までの緊張感から、命の危機を脱した安堵感で腰砕けになってしまったネムスは、震え声でクリンスマンにお礼を言う。クリンスマンは剣の血を布で拭い、鞘に剣をしまう。と、クララが駆けてきて、抱きしめられる。
「よかった、ネムス君……」
「クララさん……」
腕の中に目を落とす。ネムスが守った赤子は、まだわんわん泣いていたが、それだけ元気な証拠だな、とホッとする。
「ネムス君、まずはありがとう、と言っておくわね」
クララを見上げると、クララが泣きそうな、しかし同時に怒りをはらんだ顔をしている。ネムスは、はたと自分のおかれた状況を振り返る。自分のヒロイックな行動にすこし酔っていたが、冷静に考えると幼児がやっていい行動ではないのである。
「でも!」
ほっぺたをむんず、と手で挟まれ、顔を近づけて、厳しい口調で諭される。
「なんでこんな夜遅くに一人で来たの!それだけでも危ないのに、獣の前に飛び出したりして!ほんとうに、あなたに何かあったら……!」
ぎゅっと抱き寄せられ、その柔らかさにドギマギしながら、すこし反省する。ネムスとしては、赤子を守ることに自分の命を投げ出すことにはまったくためらいはなかったのだが、はたから見れば、自分も庇護対象であるのだという考えが抜けていた。とはいえ、あの時は、勝手に体が動いていたので仕方ないのだが。
「クリンスマンさんも、本当に、本当にありがとうございます!」
「は、は、はいっ!」
クララは続いてクリンスマンにも抱きつく。クリンスマンは突然のことに硬直し、まっかな顔で手を空中の中途半端な位置で固定している。あまりに露骨なので思わず吹き出す。このまま放っておいてぶっ倒れられても困るので、場の空気を切り替えがてら気になっていたことを聞いてみる。
「クリンスマンさんはどうしてここに?」
「そ、それは、君のお父さんに頼まれたからだよ」
「父に?」
クリンスマンの話によると、もともと夜までの当番で、村の入口の警備に当たっていたらしい。交代勤務でやってきたカミックから、状況を聞かされたという。クララさんが一人で赤ちゃんを守っていて、そこにどうやら自分の息子も向かっていそうだ。自分が駆けつけたいところだが、立場もあり、今日の夜の門番もあり、どうしようか。というところで、ちょうど交代だったクリンスマンがこの役を買って出た、ということだった。
「良かったんですか、クリンスマンさん。昼間はお仕事だったんでしょう?」
クララが尋ねると、クリンスマンは顔をそむけながらボソボソと答える。
「いえ、まあ、明日は非番だから、大丈夫」
まあそりゃ、意中の相手と一晩過ごせる機会なら、次の日仕事でもくるだろうよ、とネムスは赤ちゃんに温めたミルクを与えながら思う。とはいえ、二人きりではなく、獣人の赤ちゃんとネムスという二つのコブ付きではあるが。なんかいい雰囲気になったらそれとなく邪魔してやろう、とネムスはむなしい企みを育てる。
「ほ、ほんとにネムス君がいるとはね。間に合って良かったよ」
「こちらこそ助かりました。でも出来れば、どうか父と母には御内密に……」
「いやあ、してあげたいけど、きっと無理だろうなあ。お父さんは確信してたよ、あいつは絶対に行ってるって」
「ぐう」
帰ったあと待っているお説教を想像して少し憂鬱な気分になっているネムスに、クララはにこやかにフォローを入れてくれる。
「最初は怒られるかもだけど、でもきっと、褒めてくれるわよ。なんたって大活躍だったんだし!」
「そうですよね!クララさん!……あれ?僕大活躍したっけ?」
冷静に考えると、無謀にもかっこよく出てきてみたが、結局腰抜かしてただけだったなあ、とネムスは少し自虐的な気分になる。
(こういう時は焚火を眺めて心を慰めよう……)
ゆらゆら揺れる火をボーっと眺める。そんなネムスに構わず、クララとクリンスマンは談笑を続けている。ネムスはふと、あれ?そういえば、と二人に尋ねてみる。
「そういえば、赤ちゃんとクララさんは、試しの儀をやるって言ってここに来たわけじゃないですか。クリンスマンさんが手伝ったとなると、この試しの儀にいちゃもんをつけられないですか?」
クララさんも顎に手をあてて、ふむ、と考え込む。
「そうね、ネムス君はまだ子供だからいいけど、クリンスマンさんまで手伝ったってなると、面倒なことを言われかねないかもしれないわね」
「あ、あのう、それなら」
クリンスマンさんがおずおず、と口を開く。
「だ、大丈夫だと思います」
「どうしてですか?」
ネムスが尋ねると、クリンスマンはそのいかつい角ばった顔と、筋骨隆々とした体をすこし縮こまらせて、こうつづけた。
「自分、まだ成人してないので、試しの儀はやってないんです。だから、立場的には、ネムス君と同じというか……」
クララが口をあんぐり開け、「うそ、年下……?」と固まっている。ネムスも、その風貌からてっきり成人した青年だと思い込んでいたので、驚きを隠せない。しかし確かに、クリンスマンの言っていることには一理ある。クララの同行が許されたなら、同じ理屈でクリンスマンの同行も許されなきゃおかしいはずである。
「……、クララさん」
「ええ、クリンスマン君」
急に君呼びになってる、というのはさておき。二人がきりっとした顔で木立の方向へ向き直る。ネムスはまったく気づかなかったが、祭壇の入口に、またあの狼のような獣が姿を現していた。
「え、援護をお願いします」
「任せて!ネムス君はその子を頼むわね!」
「はい!」
クリンスマンが抜刀し、獣へと立ちはだかる。クララがその後ろで手をすっと構える。獣の遠吠えを皮切りに、クリンスマンがとびかかり、再び戦闘が始まった。




