光芒-⑨
意を決して、一歩前に踏み出そうとした時、突然背後から声をかけられた。
「おうネムス、どこいくんだ」
驚いて振り返ると、鎧を着込んだ父が家の影からするっと現れた。
しまった、まだ警備には向かっていなかったのか、と内心焦るが、平常心を装ってネムスは答える。
「お産があるというので、向かうところです」
見咎められた時のために用意していた言い訳である。
「そうか、送っていこう」
「いえ、バートンさんと教会で合流しますから、大丈夫です。それより父さん、遅れますよ」
「じゃあせめて教会まで送っていこう」
「わかりました、お願いします」
父と共に教会まで歩きながら、自然と今日の会議の話になった。
「父さんも会議に出ていましたね」
「まあな、一応、警備責任者ではあるからな。だが俺もお前が生まれてくる少し前に来たばかりの外様だから、正直発言権なんてない」
「そうなんですか」
「どう考えても、赤ちゃん1人で試しの儀をやらせるというのは、無謀な話だ。死んでくれれば厄介ごとが減るって見え透いた考えだな。あの祭壇は、村のほど近くだから、強力な魔物は寄ってこないが、それでも赤ちゃんだけで過ごせるもんじゃない」
「クララさんが行ってくれて良かったですね」
心配している内心はおくびにも出さずネムスは言うが、父は厳しげな表情を崩さない。
「まあ、大丈夫だとは思うが……」
「どういうことですか」
「俺は若い頃、獣人の冒険者と一緒に旅したことがあるんだが」
「そうなんですか」
今まで一度も聞いたことはなかった事実である。
「その人が言ってたんだ。獣人は魔物を寄せるんだ、と」
「寄せる……」
「確かに、その人といるときは魔物の襲撃が多かった。若い自分はそれで随分鍛えられたものだが」
「……」
「まあ心配するな、こういうことは大人に任せておけばいい」
頭をわしゃわしゃと撫でられたが、ネムスの心配は募るばかりだった。
礼拝堂の前で父と別れ、その背中が見えなくなったところで、ネムスは礼拝堂から村の外れに向けて歩き始めた。
村を囲うように柵が建てられているのであるが、一箇所、子供が通れる程度の柵の隙間がある箇所がある。お転婆のルルナに連れられ、一度そこから村の外に出たことがあった。幸いにもそのときは魔物に襲われることもなく、祭壇についたところでルルナの冒険心が満たされたため、すぐ村まで戻った。
おそらく、試しの儀の祭壇はそこだろうと当たりを付けていた。
ネムスは隙間をすり抜けると、夜の森に踏み込んだ。
夜の森は、静けさの中で、風が吹いて木の葉が揺れる音がザワザワと響く。自分の息づかいと、土を踏み締める音がやけに大きく聞こえる。ところどころ積もった雪に滑らないように気をつけ、気配を消しながら、ランタンの明かりを頼りに進んでいく。吐く息は白く凍り付き、手袋をしているが指先はかじかんで冷たい。前来たときは、もっと近くにあった気がしたのだが、夜の森では慎重に進まざるを得ず、思ったより時間がかかってしまった。
心細さを感じながら歩いてると、前方に明かりが見え、ようやく祭壇についた、と胸を撫で下ろしたのも束の間、風に乗って血生臭い匂いがして身構える。
ランタンを吹き消して、祭壇の後方から息を殺してゆっくりと近づく。こういう時には小さい体は役に立ち、音を立てずに祭壇の間際まで接近することができた。
茂みから祭壇前の様子を伺うと、獣人の子がわんわん泣いており、それを狙ってジリジリと近づく三匹の狼のような魔獣の姿、そして獣人の子を守るようにその間に立ちはだかっているクララの姿が見えた。すでに倒した獣が何体か転がっており、それが血生臭さの原因であったようだ。クララは傷こそ負っていないものの、獣と相対して精一杯、といった様子で、額には玉の汗を浮かべていた。