The CIRCLE②
ネムスとルルナ、そしてそれをとりかこむ村の大人たちの一団の下へたどり着いたのは、修道着を着た金髪の女性であった。息を切らせながら周りの大人に尋ねる。
「ハァ、ハァ......。状況は?」
取り囲んだ大人の一人が答える。
「それがよ、クララ様。この坊ちゃんが、立派に息を吹き返させてくれたんだ」
ネムスは両脇に手を差し込まれてぐっと持ち上げられ、そして高々と掲げられてしまう。
「やめてください!おろして!おろして!」
手足をばたつかせて精一杯暴れ、またおろしてもらう。そんなふうに掲げられている暇はないのだ。病人の状態はまだ安定しているとは言い難いのだ。
「まあ、あなたが?」
クララ様と呼ばれた女性が緑色の目をこちらに合わせて、かがみこんで質問してくる。ネムスはルルナの様子を観察しながら、息も絶え絶えに後ろから追いかけてきていた初老の男性がたどり着いたところで情報を伝達する。
「はい。呼吸が弱かったので、息を吹き込んで呼吸のサポートをしました。5歳の女の子で、目の前の川で溺れました。溺れていた時間は数分もなかったと思います。今意識を取り戻して数分経ったところです。濡れていた服を脱がせました。なにか体を覆えるような乾いた布はありますか」
クララと初老の男性が目を丸くする。理路整然と話す五歳児を目の前にすれば当然の反応だが、そこは流石にプロフェッショナルであった。この少年は何なんだ、という疑問を横に置いて、初老の男性が小脇に抱えた荷物の中から乾いたタオルを渡してくれた。
乾いたタオルでルルナをくるんでいると、遠くから巨躯のシルエットが駆けてくるのが見えた。ルルナの父親だ。汚れた作業着の肩口から覗く、盛り上がった筋肉に大粒の汗をにじませている。走っている勢いのまま、ルルナの父親が筋骨隆々とした巨体でルルナに抱きつく。
「ルルナーっ!大丈夫かぁー!」
「ぷはっ、お父さん、苦しい......」
ルルナの父にクララと初老の男性が話しかける。
「おとうさん、ルルナちゃんは今意識を取り戻したばかりじゃから......」
「おっ、おう、そうか、すまん」
「とりあえず、ここでは何もできませんから。診療所に戻りましょうぞ。お父さん、ルルナちゃんを抱きかかえて運べますかな?」
「おう、もちろん!」
いうや否や、ルルナを抱きかかえて動き出す。その機敏な動きに一瞬ついていけなかったネムスは慌てて立ち上がりながら叫ぶ。
「あっ、ちょっと待ってください、僕も行きます!」
そう言って後を追おうとするが、呼び止められる。
「ネムス!」
振り返ると、長い前髪を斜めにおろした女性と、衛兵の出で立ちで帯剣した青年がこちらを心配そうに見つめている。女性の腹部はおおきく膨らんでおり、緩やかな衣服に身を包んでいて、妊娠中だろうとおもわれる。この日差しの中抱えて走ってきたのだろう、青年の額には汗がにじんでいる。
「父上、母上」とネムスは声をかける。
「子供たちが川で溺れたって聞いて飛んできたのよ!大丈夫?」
そういって抱きしめられる。そう、彼女たちが、この世界における自分の父と母であった。
「はい、僕はすぐ助け出されたので。でもルルナが......」
「まさか、まだおぼれてるのか!」
父が慌てて川に飛び込もうとするので、ネムスも急いで制止する。
「溺れちゃって、でも助け出されてもう意識は取り戻しました。ほら」
とルルナのいる方を向き返るが、すでにルルナは抱えられて運び去られ、はるか遠くにルルナの父が見えるのみであった。
「そうか......。それはよかった」
「あ、でもまだ油断はできないと思うので、ちょっと伝えて来なくちゃ!」
そうだ、はやく伝えなきゃ!と駆けだそうとするネムスの腕を捕まえて、母が言う。
「ネムス、それも大事だけど、あなた服がびしょびしょよ。そのままじゃ風邪をひいちゃうわ」
「えっ、あっ......」
そういわれて、ネムスはようやく、自分の体が冷え切っていることに気づく。気づくと急に、全身に寒気が襲ってきて......。
「ハッ、ハックション!」
「急いで家に行って、服を着替えて、それから急いで診療所に行きましょうね」
おだやかに笑う母に、ネムスはしぶしぶ同意した。