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流星は蒼く輝く  作者: たぷたぷゴマダレ
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第9話【ただ、前を見て】

 外は暑く、夏が本格的に始まり出した。街の中はセミの合唱が響き渡る。街の外だと、子供達が夏はどこで遊ぶか、何をするかということをワイワイと騒いでいる。

 夏の暑さなんて気づいていないのか、それよりも頭が優先する事項があるのか。お嬢様学校で、本来は清楚な空間であるこの教室の中でさえ、蝉と子供の二重奏は続いていく。


「…………」


 しかし沙紀は、教室の中、一人であることを考えていた。人型の次元獣、サイネとセキチクの2人のことだ。

 あの時沙紀は、サイネに手も足も出せずに負けてしまった。スーツを着ていないという言い訳はできるが、それを持ち出していいのは勝った側か、練習の時のみ。あの時は二つとも真逆だった。

 あのまま戦っていたら、殺されていた。沙紀だけならいい。しかし、あの日には智代子もいた。

 ——自分は弱いな。

 智代子に言うと否定されるだろう。しかしこれは沙紀の中ではわかっている。少なくとも、私はもう最強ではない。

 人型の次元獣は、他にも4体いると聞いている。セキチクと他の4体の次元獣の戦闘力。誰かしら弱いと言う希望的な観測は捨てて、サイネと同程度。もしくは逆に、サイネが一番弱い場合を想定して動かなければ。


「緑川さま〜」

「……城ヶ崎さん。どうしましたか」

「用は特にありませんわ。ただ、悩んでるようでしたので……」


 智代子が声をかけてくる。困ったような笑顔を向ける彼女を見て、沙紀は、息をついた。

 彼女を守りたい。そう思ってしまうのは、間違っていることなのだろうか。

 恩返しとでも言うのだろうか。智代子が向ける気持ちに、沙紀の心は溶けていき、変わっていくのは、なんとなくわかっていた。

 ドクターからもトゲが減って丸くなったね。と言われた。過去に不良の真似事をしていたのが嘘のようだとか。

 沙紀は、彼女といるのが暖かくて、心地よかった。だから、彼女がそうであるように、沙紀も彼女との居場所を守りたかった。

 迷惑なのかも、しれないが。


「なんでもないです。今日も帰りましょうか」

「はい! ……ふふっ」

「……?」

「いえ、ただ……今日は帰ってくれるんだなぁって。思っただけですわ」


 なんのことを。と考えたが、その瞬間に、沙紀の顔は真っ赤に染まる。まるで顔に熱湯をかけられたかのように、熱さも増してくる。

 今まで、智代子の方から誘ってきていたのだ。自分から誘ったという事実に、沙紀はきっとこれは、夏の暑さのせいだと、責任を押し付ける。

 沙紀は乱暴に鞄を掴み、早足に教室を飛び出た。後ろから、楽しそうな、嬉しそうな智代子の声が聞こえてくる。

 もう私は、彼女と離れることを考えていないのかもしれない。そう思うと、確かに丸くなったのかもしれない。

 だが、それ以上に——


「お疲れ様、今から帰りかい?」

「…………」


 校門に出ると、佐藤が声をかけてきた。チラリと見ると、東雲はこちらを鋭く睨みつけていた。

 東雲はこちらにいい感情を抱いていない。それもそのはず、智代子が沙紀についてくると言うことはつまり、常に危険なところに行くと言うこと。智代子のことが大切な東雲にとっては、沙紀はいわば、愛娘にできた不良の知り合いというところか。

 そして、ヘラヘラ笑っている佐藤は、それはそれで不気味だ。もしかしたら、東雲以上にこちらに敵意を向けているのかもしれない。


「ま、今日も僕たちはお嬢を守るためにこっそりついていくからね」

「ええ、お願いします」

「……もしお嬢様に何かあった時は、わかってますよね。前回は、突然見失ってしまい、帰ってきたお嬢様が気にしないで欲しいと言っていたから私は見逃しましたが、本来は……」

「まーまー! 落ち着いて、ね? そろそろお嬢がくるからさ」


 ほら。そう指差す先には、智代子がパタパタと走ってくる姿があった。沙紀さまーと呼ぶ声が、こちらまで届く。

 肩で息をして、彼女はこちらにきた。慌ててきたのか、大粒の汗が額なら何粒も落ちていて、それを見かねた東雲が、水とタオルを取り出して彼女に渡す。

 智代子は感謝の言葉を述べながら水を飲んだ。喉元を過ぎる気持ち良い水の音が、こちらまで聞こえてくる。


「あら、東雲さま。汗をかいておりますわ!」

「……お見苦しいところを見せてしまいました。あとで拭っておきます」

「いえ! わたくしのをお使いくださいまし」


 智代子はそう言って、ピンクの可愛らしいハンカチを取り出して、東雲に渡した。東雲は困ったような顔を浮かべて、断ろうとしていだが、結局智代子に押し付けられる形でハンカチを東雲は受け取った。

 少しだけはにかんでる智代子を見ると、とても嬉しそうである。微笑ましい光景を見ていると、隣にいる佐藤が小声で話しかけてきた。


「いい子でしょ? お嬢は」


 佐藤の身長は高く、上から見下ろされる形になる。


「普通俺らみたいな下っ端に、あんなことしないさ。点数稼ぎって言われるかもしれないけど、俺らはお嬢が本心でやっていることを知ってる」

「……知ってます」

「だから、さ。俺もお嬢のこと大事なんだ。キミとお嬢が仲良くなるのは止めないけど、もし何かあったら……」


 そこまでいって、佐藤は沙紀の肩をポンっと叩く。

 服の上からわかる、ゴツゴツとした感覚の手のひら。それが佐藤の手だというのがわかるのに、少し時間がかかってしまう。

 なぜならば、その手は豆が何度もできて、何度もつぶれてできた完成されているからだ。彼の見た目からは、想像つかないため、理解が遅れた。

 ちらりと佐藤を見上げると、彼は小さく笑っている。


「……もう、あんな目に合わせません」

「頼んだよ。俺もキミのこと嫌いになりたくないからね」


 そろそろ帰ろう! 佐藤は声をあげて智代子たちに声をかけた。智代子は返事をして、走り寄ってきた。

 彼女はきっと、自分と関わるべきではない。だからこそ、もう、あんな目には合わせない。合わせてはいけない。

 沙紀は何度も頭の中でその言葉を唱えた。もし、もし何か危険なことに巻き込まれそうになったら、自分は全身全霊をかけて彼女を守ろう。

 それが、化け物である自分が、人間である彼女の横に立つ、最低条件。

 もしそれが守れなかったら。その時は——


「…………」


 沙紀は、足を強く踏みしめる。覚悟を決めるように。


「帰りましょう、緑川さま!」

「……ええ、行きましょう」

「……緑川さま?」


 智代子が不思議そうな顔で顔を覗き込んでくる。どうしたのかと、心配そうにいう彼女を見て、沙紀は気にしないでくれと言葉を返した。


 ◇


 次元獣対策組織。通称D•M•T。一般人にはあまり知られてない組織であるが、確実にこの世界に存在している。

 一説によるとそれを見つけるところから、試験は始まってるとも言われていた。体力テストを乗り越えれば、はれてD•M•Tの仲間入り。落ちた場合どうなるかは知らない。

 まさか昔の映画のように、記憶を消されるのだろうか。だったら一度それを経験してみるのもアリだったかもしれない。

 とにかく、入るのは難しいが、その分給料は高い。身に起こる危険を考えると、それでも安いのかもしれないが。

 街を歩く男性、綾部。彼もふと見つけたD•M•Tに興味を持ち、テストなどを乗り切り有月支部に来ることができた。


「あっつ……」


 彼は手にしているぬるくなったお茶を飲む。乾いている喉は、それでわずかに潤うが、そのすぐに体から水分が出ていく。

 今日は特に気温が高く。数メートル先の景色も砂漠のように霞んで見える。街行く人々の声も、今じゃ全て雑音だ。

 深いため息を吐く。夏の暑さは、元気もやる気も体から奪い取っていく。早く涼しくならないものか。


「……おや」


 その時、綾部の視線に少し濁った光が目に入る。

 すかさず彼は汗を拭い、口臭ケアの飴を舐め、消臭スプレーをバレないように体に吹き付けて、髪の毛を整えた。

 そして目の前にいる濁った光……いや、ひとりの女性に、声をかける。


「そこのお嬢さん、俺とお茶でもしませんか? もちろん俺の奢りで」


 声をかけられた女性は、びっくりしたように目を見開き「なんで私に?」とでも言うような視線を向けてきた。

 美しい女性だ。メガネをつけて、少し芋っぽいロングスカートを履いているが、それがいい。今は濁った光でも、磨けば必ず輝く光になるのは間違いない。


「えっとぉ……」

「こんな暑い中俺の目に入ってきたあなたは、まるでオアシスのようだ。乾いた体が一気に潤い、心があらわれた。どう? 少しだけでもいいからあそこのお店でお話を……」

「う、うひひ……わ、私はそういうのと違うのでー!」


 女性はパタパタと走って逃げていく。慌てる姿もそれはそれで美しい。

 綾部は女性が好きだ。可愛らしく、美しく、そして儚い彼女たちが好きだ。その気持ちに嘘偽りはない。

 自分がいる有月支部にも、紫がいる。ジャージを着ていてオシャレはしてないようだが、きっと磨けば光るダイヤの原石だろう。

 他にいたのは明らかに子供の沙紀と、性別不明のドクターだけ。いくら綾部でも、子供に手を出す気にはならない。(実の所紫よりその二人の方が年齢は上なのだが、そのことに綾部は気づくことはないだろう)


(千枝ちゃんは……)


 同期の千枝は、見た目は可愛らしい少女だった。だがしかし。だからこそ少し引っかかる。

 沙紀のような子供だって、強い覚悟を感じ、紫も話に聞くと足を失ってもまだ、この仕事を続けている。

 だが千枝は。

 見た目に合わないこの仕事をなぜ、続けているのだろう。少しだけ。ほんの少しだけ、近寄り難くて、綾部は彼女とそこまで話してはいない。

 どこかで話すタイミングを見つけないといけないのかもな。唯一の同期だ、険悪な空気は避けたいものだが……


(噂をすれば……)


 千枝がいた。青いドレスのようなワンピースを着て、ふわふわと歩いている。側から見たら、人間界に迷い込んできたファンタジー世界のキャラのようだった。

 声をかけまいか、どうか悩む。見るに彼女は、誰かを探すように当たりをキョロキョロと見渡しおり、綾部のことすら、視界の中に入ってないのだ。

 萎縮してるのかね。見知らぬ女性と見知った女性だと、緊張に差が生まれるのはなぜだろうか。

 何かきっかけがあれば、声をかけるのは容易いのだが……そう考えていた時。後ろから声が聞こえる。


「綾部さま〜!」

「ちょ、城ヶ崎さん!」


 人懐っこい少女の声に振り返ると、あの時いた少女が走り寄ってくる。後ろからげんなりした顔を浮かべてるのは、沙紀か。もう一人は、確かあの時一緒にいた女の子、名前は確か智代子だったか。

 セーラー服を着ているのなら、帰宅途中に、綾部を見つけたから声をかけてきたのだろうか。人懐っこい智代子を見ると、自然に笑みが溢れる。


「あそこに春川さまもいますわ!」


 智代子は、千枝を見つけて走り出した。まるで嵐のようだ。

 走り去る彼女と、追いかける沙紀。さぁ、どうしたものかと考える。一応子供2人(沙紀は心配ない可能性が高いが)下手に目を離すのはよろしくないか。


「春川さま〜! お久しぶりですわ!」

「んぃ!? あ、ああ! 智代子さん……それに皆さんも。お、お久しぶりですう」


 千枝は、そう言ってぎこちない笑顔を向ける。小さくペコリと頭を下げ、それに釣られるように智代子も頭を下げた。


(…………?)


 その時綾部は、千枝が何か紙のようなものをポケットの中に突っ込むのが見えた。雰囲気とは違う、乱雑な行動に、綾部は疑問を覚える。

 もしかしたら、何かを探していたのかもしれない。そしてそれを誰にもバレたくなかったのかも。

 ……考えすぎか。綾部は小さく咳をして、千枝に近づいた。なんにせよ、彼女を知るいい機会だ。


「千枝ちゃん、少し、お話しないかい?」

「え、えっとお……ち、千枝は用事が……」

「だったら、その後にでも……俺は、千枝ちゃんのことをもっと知りたいんだよね。同期なのだか、さ? 少しだけでも……」

「それはそのお……」

「わたくし皆さんのこと知りたいですわ!」

「智代子ちゃんもこう言ってるし、さあ、行こう!」

「……しつけーな」

「……え?」


 何かをボソリと呟いたような気がして、綾部は思わず聞き返す。しまった。と言う顔を浮かべている千枝を見ると、さっきの言葉は聞き間違いではなかったのかもしれない。

 深く聞こうか。そう思った時。何かが足元に落ちてるのに気づいた。

 ガラスの破片のような、透明なかけら。パラパラと散らばっているそれは、まるで星の風が吹いたかのように綺麗だった。


「っ、ふせてっ!」


 それを見た沙紀は綾部と千枝。そして智代子たちを抱き寄せて、その場に倒れ込む。


 その瞬間、世界が音を出して弾けた。


 ◇


 油断していた。


 こんな街中で次元のズレを発生させるなんて、予想外だ。沙紀は、起き上がりながら地面に落ちていた破片のようなものを拾う。

 あのガラスの破片のようなものは、次元にズレを生み出す。少しだけなら問題はないが、大量にあると、ズレを発生させてしまうのだろう。

 次元獣を増やす。ゼロワンが言っていたあの話は本気なのだ。そして人間を支配するのだろう。それとも、もっとすさまじいことをやろうとしているのかもしれない。

 沙紀は、辺りを注意深く見渡す。ゆっくりと制服を脱ぐと、下に着込んでいた戦闘スーツが姿を表す。

 どこかに人型の次元獣がいるのかもしれない。


「緑川さま、ここは……」


 状況を理解できていない綾部と千枝。しかし1人。智代子は心配そうな顔をこちらに向けて、ぽつりと呟いていた。

 沙紀はその顔を見て、ゆっくりと頷く。誤魔化せないし、誤魔化すつもりもない。

 綾部達にも簡単に今置かれてる状況を説明した。話終わり理解した瞬間に、2人は慌てて立ち上がる。

 D•M•Tの一員自覚はあるようで、少しだけホッとした。綾部と千枝。荷物が二つもあると流石に沙紀は動けない。せめて、自分の身は自分で守って欲しい。

 空気が張り詰める。次元獣が、どこかにいる。それともあの時のように人型の次元獣なのか。見えない恐怖は、身体中を鎖のように縛り付ける。


「ここは、俺に任せてくれないか」

「千枝も戦いますよ」


 後ろから声がした。戦闘服に身を包んでいる千枝と綾部が、こちらを見つめている。

 少しだけ地面が揺れた。その場から動かない2人を見ながら、ゼロツーは口を開ける。


「私1人で大丈夫です。2人は適当にしといてください」

「それはダメだ……沙紀ちゃんに俺たちがやれるということを見せないといけない」

「そ、そうですう! 千枝達だって、戦えます!」

「………………」


 正直、実力も何もわからない人間たちを戦力に数えたくない。もしまともに戦えないとどうなるか、想像に難くない。

 戦うより、一人で自分の身を守るのに全力を出してほしい。

 それなら全てを1人で解決するほうが楽だし早い。荷物があるのは構わないが、その荷物が歩き出したら、面倒だ。

 だがしかし。もし二人が次元獣に勝てるのならば、智代子を守ることに集中することもできる。それならば。


「……任せます。死なないでください」

「まぁ、見ててください。俺の強さを見せてあげますよ」

「千枝も頑張りますよお!」

「意気込みを語るのは自由ですが、ほら。死にますよ」


 ゼロツーの言葉と同時だった。

 横から凄まじい勢いで、何かが綾部を弾き飛ばす。空中を数回転したまま、綾部はそのまま地面に叩きつけられた。

 子供の落書きのような。車のようなものがエンジンのような音を蒸していた。しかし前面は、歪んで動き、そこはまるで人間の口のように見える。

 言わんこっちゃない。ゼロツーはため息を吐いた。綾部は立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かないようであり、その場から動けない。

 たちあがることができない綾部の方を千枝はチラリと見る。が、すぐに目の前の次元獣を睨みつけ、懐から刀を取り出した。


(見捨てた……いや、正しい判断です。ですが……)


 見捨てるのは、正しい判断だ。下手に倒れた仲間に走り寄ると、そのまま一網打尽にされる可能性は十分にある。見捨てれることができないのも、仕方ないことではある。特に、新人だと。

 だからこそ、あの大人しい見た目で、さらに新人の少女が、あんな正しい判断をするのは予想外だった。てっきり綾部に駆け寄るかと思っていたのだが。

 そうこうしてるうちに、次元獣が速度を上げて千枝に突っ込んでくる。千枝は横に転がり、その突進を避けた。

 馬鹿のように直線な攻撃。流石に当たらなき。倒れた姿勢のまま、千枝は手にした刀を次元獣に投げつける。

 パリン! という音はならず、鏡のような部分に刀がずぶりとつきささる。次元獣は声にならないような雄叫びをあげて、暴れ出した。

 千枝はその隙を逃さない。今度は銃を取り出して、何度も弾丸を撃ち込む。一発放つたびに、千枝は少しだけ後ろに下がる。

 次元獣の体に穴が開く。しかし、そんなものであれは止まらない。むしろ怒号をあげて、高速で突っ込んでいく。


「こんちくしょうが!」


 千枝は銃を乱射する。しかし、勢いは止まることがなく、徐々に距離を詰められる。


(あっ、これダメだ)


 横に飛ぶ。それに合わせて次元獣も向きを変える。

 しまったと言う顔。それが見えた瞬間、千枝は次元獣に弾かれた。この距離まで聞こえる、骨が折れるような音が聞こえ、沙紀は智代子の耳を押さえた。

 地面に叩きつけられた千枝。立ち上がろうとするが、次元獣はさらに追撃を重ねる。ぐしゃりと、踏み潰されたような音が聞こえ、千枝は口から血を吐いた。

 ピクピクと千枝は痙攣していた。轢かれた蛙のような姿に見える彼女は、立ち上がることすらできないようだった。


「ああ!?」

「…………」


 智代子は短い悲鳴をあげる。

 次元獣は勝利を確信し、大きく唸りながら突っ込もうと速度を溜めていた。智代子は口を手で押さえて叫ぶ。

 ちらりと、ゼロツーは倒れてる綾部に目を向けた。そこには倒れている彼の姿が——


「女の子に心配させちゃ、ダメだよな……!」


 綾部は起き上がっていた。痛むのか、混乱するのか、ふらふらとしているようだが、しかし彼は立ち上がった。そして、ホルダーから銃を抜き取り、何度も乱射する。

 ガンッ。いくつも地面が弾けて、次元獣にあたる。速度を溜めていた次元獣は、ちらりと綾部の方を向く。そして、体を回して、綾部の方に狙いを定める。


「綾部さま……」

「女の子を悲しませるわけには……行かないからね!」


 次元獣が溜めてた速度は、一度に噴射。ロケットのような速度で突っ込んでくる次元獣と、フラフラとした綾部。不利なのは、何も変わってない。もはや次元獣は勝利を確信しているだろう。

 手負の綾部。そして先程から戦おうとしないゼロツー。あと一つ。あと一つ詰めれば、次元獣は勝つ。

 だからこそ——


「足元注意……!」


 その時、次元獣は大きく上に弾かれた。えぐれた地面。それは先程、綾部が銃で開けた穴。

 あまりにも早い次元獣は、その穴に足を取られてしまい、大きく体制を崩す。その隙を最初から狙っていた綾部は、一気に走り出した、

 綾部が次元獣に刺さっている刀めがけて蹴りを入れる。浅く刺さっていた刀が深々と体に入りいき、次元獣は大きな声をあげて、大きく暴れ始める。


「くっ……!」


 次元獣の抵抗により、綾部は額に脂汗を浮かべる。これが最後だということは、この場の全ての生き物が理解していた。

 しかし、理解していても限界は来る。綾部は今、自分の力が全て抜けていく感覚に襲われていく。

 終わってしまうのか。そう思い、手から力が全て抜けると思った、その瞬間だった。


「生きて!!」


 智代子が叫んだ。生きろと、1人の少女の叫び声が、綾部の耳に入る。


「……は、もちろん!」


 綾部は、抜けていく力を無理やり引き戻した。体から力が抜けていき、自分の体じゃない気がするが、そんなこともうどうでもよかった。

 倒れた次元獣の体に深く刀を差し込んでいく。暴れていた次元獣は、やがて段々と動きが鈍くなっていく。

 動きが止まった時、綾部は、その場に倒れた。何度も何度も深く息を吐き、体を整える。

 生まれたての子鹿のように震えながら、あやべばゆっくりと千枝がいる方にあるいていった。

 倒れている彼女は、顔が青ざめて、額から大粒の汗を流してはいたが、どうやら息はまだあるようで、綾部は少しだけホッとする。


「大丈夫かい? ごめんね、本当は君を早く助けたかったけど……」

「う、うぐう……あう……」

「話してる暇はないか、早く帰ろう」


 そう言って千枝を担いだ時だった。


「綾部さま! 後ろですわ!!」


 智代子が叫んだ。その声とともに、後ろを振り向く綾部の視界の中に、迫り来る次元獣の姿が映り込む。もはや死にかけの次元獣だったが、それはまだ死んではないのだ。

 生命を振り絞り、先程まで戦っていたものだけでも殺そうとしている。突然のことで、綾部の体は固まって動かなくなり、目の前の景色をただ見つめることしかできなかった。


 その時。


「ヤるか、ヤられるか」


 2人を飛び越えて、影が——ゼロツーが次元獣に蹴りを入れた。バギィ。大きな音を立てて、次元獣は地面に倒れ伏せる。

 ばちばちと、彼女の体から弾けるように出る青い電撃は、美しい軌道を描いていており、綾部は思わずそれに見惚れていた。

 次元獣は、生命を振り絞り声を荒げる。邪魔者であるゼロツーに向けて、突撃しようとして——


「貴方たちはどっち?」


 ゼロツーは地面を軽く蹴って、空を飛んだ。青い流星の如く、次元獣に向かって急降下する。

 ただの飛び蹴り。剣や銃より威力が出るわけがない。

 が、それはただの人間の中の話だ。ゼロツーの場合、その話は全て消し飛ばされる。

 ぶつかり合う——いや、ぶつかり合うなどとはいえないような一方的な衝突。交通事故かのように、次元獣の体は、ゼロツーの蹴りにより押し潰される。

 血が飛び散り四散し、次元獣はバラバラになった。

 ゼロツーはちらりと綾部と千枝の方を見る。1人は呆然としており、もう1人は気絶している。はっきりいうと、彼らは何度かは死んでいたであろう。本来なら見捨てるべきであり、ゼロツーも、自分だけならそうしただろう。

 助けるという選択肢は、基本愚策である。しかし——


「緑川さま! 綾部さまに千枝さま! 大丈夫ですの!?」


 智代子がいる以上、見捨てることの方が、愚策であった。


「つ、強いんだね、沙紀ちゃん」

「ふふん! 緑川さまはとってもお強いんですわよ! わたくしも何度も助けられてきましたわ!」

「……なんで偉そうなんですか」


 ちらりと視線を動かして、笑っている智代子を見た。笑っている姿を見て、ゼロツーは少しだけホッとした。

 この顔を見られ、何か言われたらたまったものではない。ゼロツーは背中を向けながら、そそくさと立ち去る。


「……いたっ」


 その時、何かを踏んでしまったのか、足に小さな痛みが走る。靴を見ると、大きなガラスのような破片が深々と突き刺さっていた。


(——次元獣の巣を作る道具、か)


 ゼロツーはそれを拾い上げる。前回は拾えなかったが、今回は持ち帰って、ドクターに見てもらう方がいいかもしれない。

 ——しかし、これがあるということはどこかに人間型の次元獣がいるはずなのに、姿形が見えないのは、どこか奇妙で恐ろしかった。

 長居する理由もない、か。ゼロツーは帰りますよ。と、後ろに声をかけて歩き出した。

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