協力してよね。
手芸部部長、山崎からの謝罪の言葉を無視して愛佳は秀一の前に来た。
「秀ちゃん...」
額から血を流して北川を掴む秀一に愛佳は少し大きなハンカチを差し出した。
「すまんな」
掴んだままだった北川を謙一に放り投げると額の傷口にハンカチを押し当てた。
額の傷は深くは無いが場所が場所だけに出血が激しかった。
「秀ちゃん病院行こ」
「分かった、謙一、救急に行って来る。適当に頭を打った事にするから、糞の手首の骨を頼む」
「ああ、分かった、これを被れ」
秀一は愛佳の言葉に素直に従い謙一に後を託した。謙一は秀一に腰に巻いてきた赤い大きなバスタオルを渡した。
上半身がすっぽり隠れる特大サイズで謙一のオリジナルだ万が一に備えて持ってきた。
「ありがとう」
秀一は頭から被ると上半身に着いた血も全て隠れる、ズボンは紺色だから余り血の汚れは目立つ事はなかった。
秀一の腕を取り愛佳は手芸部の部室を後にする。
最後に愛佳は振り返り山崎部長をじっと見た。
その顔に部室内は凍りつく、にこやかな笑顔の愛佳ではなく、怒りと狂気を孕んだ顔だった。
「私に謝るんじゃなくて謝るのなら秀一君にでしょ、傷跡がもし残るようなら...あなたを許しません。その男もころ...」
「止めろ愛佳!」
愛佳の言葉を秀一は止めると2人は部室から消えて行った。
「やれやれ、秀一の奴...めっと!」
「ガア!」
「煩い!」
謙一の掛け声で北川の手首から音がした。
その瞬間北川が覚醒して大声を出したので謙一は鳩尾に軽く一撃を加えて失神させた。
「よし、上手くはまったな」
謙一は北川の手首を見てそう言った。
どうやら秀一は北川の骨を砕いたのではなく亜脱臼させた様だ。
「よいしょっと、俺はこいつを保健室に連れて行くが後でこいつの親が騒がないかな?」
謙一が北川をおぶりながら言った。
「大丈夫よ、こいつの親は今お父様と一緒に海外出張中だから...」
山崎は静かに告げた。
「なら安心だ、保健室ではこいつが勝手に転んで気を失った事にするか」
そう言いながら謙一は北川をおぶったまま部室を去って行った。
「私達も行きましょうか、文化祭の対策を練らなくっちゃね」
「はい」
「ちょっと待って!」
立ち去ろうとする清水部長と川井先輩に手芸部部長山崎小百合が止めた。
「お願い手伝わせて...」
「お断りします」
「1度は受けた仕事です。変更すれば何かと文化祭の議事録に不都合が起きますよ」
「でもミシンが....」
「大丈夫です、私に考えがありますから」
山崎の言葉に川井先輩が答えた。
「それより手芸部は手芸部の事を考えて下さい。
膿を出すチャンスですよ、悪しき伝統と腐った奴を出すね」
そう言うと清水部長は川井先輩に続いて手芸部を出て行った。
後に残ったのは手芸部の部員達と演劇部部長の敷島香織である。
「あなた達、今日の事は他言無用よ!」
山崎は他の部員達に言った。
「小百合...」
「大丈夫、香織。私の不始末は私がけりをつけるわ、みんなも安心して」
敷島は毅然とした山崎の言葉に北川の洗脳が小百合から解けていくのを感じた。
「秀ちゃん大丈夫?」
「ああ、ありがとう」
救急病院の処置室から秀一は出てきた。
額に白い大きな絆創膏の様な物を貼られていた。
「跡は、跡は残らないよね...」
愛佳は秀一の絆創膏を見ながら涙を流していた。
「大丈夫だよ、縫われなかったし皮が少し抉れただけだ。髪の生え際だから殆ど見えなくなるよ」
秀一は優しく笑いながら愛佳の頭を撫でてあげた。
「良かった...私、秀ちゃんが生え際が後退して傷口が見えても気にしないからね」
『俺は将来禿げるのか?』
愛佳にそう言いたかったが秀一は心配かけた愛佳に優しい笑顔を向け続けた。
翌日の朝、秀一と愛佳は他の服飾部の部員達と本校舎の前にいた。
携帯のメールで呼び出されたのだ。
「おはよう!」
そこに清水部長が笑顔で現れた。
「秀一君、傷は大丈夫?」
「ええ、跡には殆ど残りません」
清水部長の質問に秀一は答える。先程からこのやり取りを他の部員達と10回以上していた。
「あれからどうなったんですか?」
「部長、文化祭はどうなるんです?」
秀一と愛佳は部長に詰め寄った。昨日の騒動の後服飾部は部員達と今後の話し合いが行われたとメールがあった。
今日改めて他の部員達に話し合いの内容を聞いたが『詳しくは部長に聞いて』としか言わないのだ。
「焦らない、焦らない。おっ来たな?」
清水部長は秀一と愛佳を宥めると校門を指さす。
「あれは....」
「え?」
2人が注目していると大きなワゴン型の自動車が2台やって来た。
自動車は部員達の手前でUターンをして校舎の玄関前に後ろを向けて止まった。
それぞれの車の助手席の扉が開くと中から、
「うっす」
「謙一?」
「おはよう!」
「川井先輩?」
謙一と川井先輩が降りてきた。
「こ、これは?」
呆然とする2人以外は皆笑顔で見ていた。
「秀一君、愛佳ちゃん、久し振り!」
大きな声に振り向くと筋骨隆々の2メートルはある大男、謙一に良く似た斎藤兄弟の父親が笑いながら見ていた。
「え?」
「話は涼子から聞いたぞ、おじさん達に任せろ」
続いて口に髭をたくわえた白髪混じりのダンディな長身の男性が立っていた。
「あなたは...」
「私は川井涼子の父だよ、娘がお世話になってるね」
「あの、これは....」
「話は後よ、荷物を運び出すわよ!」
「さあ、秀一君許可された時間は30分だ、余り時間がないぞ」
「愛佳ちゃん、急いで急いで」
秀一や愛佳の質問は殆ど答えず服飾部の全部員に加えて大人2人に斎藤謙一の大活躍で忽ち必要な荷物が車に積み込まれた。
その後2台の車に分乗して全部員は乗り込む。
謙一を含め総勢15人に加えて運転手の大人2人の計17人だ。
その後学校近くのレストランに車は向かった。
「2人にも簡単に説明するわね」
全員が座った事を確認すると清水部長が説明を始めた。
清水部長と川井先輩、そして斎藤謙一が話し合い、川井先輩と斎藤謙一のそれぞれの親に連絡して10日間のミシンの使用許可をお願いした。
もちろん仕事の邪魔はしないのが条件で。
「あの寮の外泊許可は?」
「私が昨日申請したよ」
「お前のも俺が申請しといたぜ」
愛佳の質問に川井先輩が答えて、謙一も秀一の方を見て言った。
川井先輩の父親の工場には川井先輩と清水部長、あと服飾部部員4人で宿泊先は川井先輩の自宅。
斎藤謙一の父親の工場で作業するのは秀一、愛佳、あと服飾部部員6人で宿泊先は秀一の自宅と愛佳の自宅、そして中山麻里の自宅である。
「え?」
「は?」
秀一の自宅と愛佳の自宅、最後に麻里の自宅と聞いた時秀一と愛佳は驚き絶句した。
「俺が知らしたんだ、真夏も麻里も作業を手伝うってよ」
謙一はニヤリと笑った
秀一は額の傷から冷たい物をを感じるのが止まらなかった。
愛佳は背中に悪寒が走り回っていた。
『傷を見たら真夏泣くだろうな』
秀一はそう考えていた。
『傷を見たら麻里、私に怒るだろうな』
愛佳はそう考えていた。




