助けてあげてよ
夏休みに入り合宿が来週に迫った8月2日、服飾部の部員達は学校の掲示板に貼られたお知らせを見て呆然としていた。
「な、何これ....」
「まさかここまでするなんて...」
がっくりと膝を着く部員やしゃがみ込んで泣き出す部員の中で秀一は掲示板のお知らせを何度も読み返していた。
[お知らせ]
8月4日から8月31日まで保安上の理由をもちまして本校舎を閉鎖いたします。
クラブ活動の生徒達は2号校舎の空き教室に荷物の移動をお願いします。
[静嵐高校事務局]
「2号校舎って...ミシンも無いのに移動しても何もならないわ」
「ミシンの移動は出来ませんか?」
呆然とする清水部長に秀一は聞いた。
「駄目よ、例え明日までに移動しても工業用ミシンは全て動力の200V電源よ、家庭用の100V電源しかない2号校舎じゃミシンは動かないわ...」
「ここまでやるとはね...」
清水部長といつも強気の川井先輩もショックを隠しきれないようだ。
秀一は黙ってその場を離れた。
「秀ちゃん何処に行くの?」
「........」
愛佳の声に返事をせずに、ただ真っ直ぐ本校舎に向かって行く。
「止めて!秀ちゃん!」
「離してくれ...」
愛佳が必死で秀一を止めようとしたが軽く腕を振るうだけで愛佳の体は秀一から離れてしまった。
「愛佳ちゃん!」
「大丈夫?」
振りほどかれ転がる愛佳を見て清水部長と川井先輩が駆け寄るが愛佳は何処もぶつける事なくへたりこみ呆然としていた。
「謙一さんを呼ばなきゃ...」
「斎藤君?」
「今の秀ちゃんを止めれるのは謙一さんだけです...」
呆然と呟く愛佳に川井先輩が立ち上がる。
「よし私が呼んで来る」
「川井さん大丈夫?」
「部長、私は女子寮の副寮長ですよ、男子寮に行けますから」
急いで川井先輩は男子寮に駈けていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
突然手芸部の扉が開いた。
手芸部の面々は驚いた顔で扉を見ると秀一が立っていた。
「北川は?」
全くの無表情の秀一だ。いつも表情に乏しいので分かりにくいが完全に無表情、秀一はキレていた。
「き、北川くんなら部長室にいます」
少し怯えながらも秀一に見とれてしまう手芸部の部員に軽く会釈をし、秀一は部室奥の部長室の扉をノックもせずにドアノブに手をかけた。
「あの部長室には鍵が...」
女子部員が何かを言っている様だが秀一は構わずドアのノブを捻切る様に回した。
「開いた?」
驚きの声を上げる部員達だが秀一は何でも無いような態度で中に入った。
「...きっと来客予定があったから鍵をかけてなかったのよ」
「そうよ、きっとそうよね」
余りの堂々とした秀一の態度に手芸部の面々は部外者の勝手な進入と気がつかない。
秀一が開けた扉の向こうにお目当ての人物がいた。
「あなたは?」
「てめえは服飾部の...」
驚く2人を無視して秀一は部長室の扉を閉めた。
「おいこら、何とか言えや?」
「もしかして服飾部の方ですか?」
奥のテーブルに足を置いたまま怒鳴り続ける北川を無視して、部室の脇に座っていた女子生徒に秀一は声をかける。
「...あなたは?」
「手芸部の部長、山崎小百合です」
秀一は無言で山崎の顔を見つめた、
(愛佳を退部に追い込んだ片割れはこの人か...)
そう考える秀一の集中力が北川から逸れてしまった。
「くたばれ!」
北川の叫びに声と共に背後から木刀が秀一を襲った。
「ん?」
秀一は咄嗟に避けようとしたが木刀の軌道の延長線上に山崎がいた。
(山崎を突き飛ばすか?)
(いや突き飛ばした先はガラスだ)
一瞬の内にそう考えた秀一は敢えて北川の木刀を額で軽く受けながら致命傷にならない様に体を流した。
「ふむ」
掠めた木刀が秀一の額を少し裂いた。
「ざまあみやがれ...」
「お前、ただで済むと?」
流れる血を手で拭いながら秀一は北川に言った。
「馬鹿かてめえは?俺にはこいつがいるんだよ、だから目撃者がいなけりゃ何が起きても俺は罪にならねえんだ」
ひきつった顔で笑う北川、秀一の出血を見て激しく動揺しているのが分かった。
「何が起きても誰も分からないんだな...」
秀一が北川に迫る、その顔は完全にキレていた。
「や、止めろ!小百合、何とかしろ!」
北川は山崎を呼ぶが流血する秀一に半ば気を失っていた。
「糞!」
北川もう一度木刀を振るった。
「........」
秀一は静かに踏み込み木刀を握る北川の手の付近まで近づくと右手で木刀を握り、空いた左手で北川の片方の手首の関節を極めた。
「ギャー」
鈍い音と共に北川は木刀を落とした。
「や、止めて...」
涙と鼻水を流しながら手首を抑えて蹲りながら泣く北川に秀一は何事も無いように近づく。
秀一は北川の胸ぐらを掴み立たせると無言のまま右手を首筋に突き出した
「秀一、止めろ!」
その時部長室に飛び込んで来た数人の人影、その中にいた1人...謙一だ。
北川は完全に気絶して下半身を濡らしていた。
謙一は秀一の手首を掴み力づくで抑えてこんだ。
「離せ」
「いや離さんぞ、落ち着くんだ。真夏達に会えなくなるぞ...」
謙一の言葉に秀一の表情が戻って来た。
「...すまん」
「良いって事よ」
全身から汗を滲ませた謙一の姿に大変な事をしたと秀一は思った。
「小百合...」
謙一と共に飛び込んで来た1人、愛佳に呼ばれて一緒に手芸部に来た演劇部部長敷島香織だ。
「...何故そこまで北川に従うの?」
「........」
何も言えず涙を溜める山崎。
「大方脅されているんだろ」
秀一の言葉に謙一達も頷いた。
「な、何故?」
「目を見りゃ分かる、お前の北川に対する目は脅されている奴の目だ。北川に弱みでも握られてるんだろ」
謙一の言葉に山崎と敷島が目を見合わせた。
「小百合...」
「香織、ごめん...」
「ううん、気づかずにごめんね...」
涙で抱き合う2人に清水部長が近づき山崎に言った。
「本校舎の使用許可をお願いします」
「ごめんなさい!理事会で決まった事を取り消すにはまた理事会を開かなくてはいけない、今私のお父様は海外に商談でいないからすぐには取り消せないの!」
「それじゃ文化祭の事はこの馬鹿の命令でやったと証言して下さい」
秀一は気を失っている北川を片手でブラブラ振り上げて山崎に迫った。
「..........」
山崎は何も言えず秀一を見ていた。
まだ北川の脅しの洗脳から抜け出せない山崎だ。
「香織さんに全てを相談して下さい!」
最後に部長室に入った人影、愛佳だった。
愛佳はまっすぐに山崎に近づき、耳元で囁きに近い声で言った。
「香織さんはあなたの幼馴染みで親友ですよね、香織さんは本当に山崎さんを心配してました。何を北川にされたか分かりませんが香織さんに相談して下さい」
「あなたは...」
愛佳の顔に見覚えのある山崎は考えていた。
「手芸部に2週間お世話になった者です...」
愛佳は立ち上がり普段の声で話した。
その言葉に手芸部の部長だけでなく部長室の外で様子を窺っていた手芸部部員達にも衝撃が走った。
「「「私達が追い出した女の子だ」」」
北川の命令もあったが元々数年前からあった悪しき手芸部の伝統を引き継いでいた愚かな自分達が愛佳に言い訳を言える訳もなかった。
「ごめんなさい....」
それでも山崎部長はようやく頭を下げて謝った、しかし黙っている愛佳だった。




