竜と石
久しぶりの投稿になります。まだまだ投稿していく予定なのでお見捨てにならないでくださいませ。
ゆっくりと竜は青い瞳を開いた。洞窟に差し込む光が昼特有のまっさらなものから、深い橙色を帯びている。夕方だ。いつの間にか眠っていたようだ。
竜の棲み処は渓谷にある洞窟だった。かつてこの地には一つの人間たちの国があった。人々が長い時間をかけて石を積み土を耕して整えた国を、大地を抉りすべてを焼き払ったのが竜だった。竜の眠る土は掘り起こせば人間の骨がたくさん出てくるだろう。
ここのところ、竜は渓谷の洞窟で眠るだけの生活を送っている。
仲間の竜たちは、彼が美しい白い鱗を日の下で煌めかせることをすっかり忘れてしまったのを気にかけて、外の遊びへと誘ってくれるが、竜はそこから動くつもりはなかった。
それまで竜にはずっと大切にしているものがあった。
いつも胸にかかえるように抱いている石だ。
竜がただの石に何年もかけて少しずつ己の力を溜めていた。
渓谷の洞窟を棲み処とするまで、竜がくらしていたのは奥深い森の中だった。ある日、喉を潤すため湖に出掛けた竜がもどってくると、石は忽然と姿を消していた。
竜が己の力をにおいを辿って森を出ると、そこで待っていたのは人間の王の使者たちだった。
竜は人間の形に姿を変えた。別に本来の姿のままでもよかったのだが、小さな人間を相手にするには竜の形は不便だったのだ。
森から出てきたのは、長いローブをひきずった男であった。
使者たちにはその男が竜の化身だとすぐにわかったようであった。
腰よりも長い白髪に、光彩の縦に伸びた青い瞳、人間のものより先の尖った耳をみれば、それがいくら人の形に近くとも、ただの人間ではないと子どもでも気が付くだろう。
使者たちが口を開く前に竜は動いていた。
爪の長い指が石に近付く寸前、強烈な火花が散った。竜の右手は黒く変色していた。
竜は手を引っ込めた。炭化した己の腕を見つめる。
こんなもの、竜のもつ驚異的な治癒能力ですぐに再生する。問題は――――
『貴方は我々に指一本触れることはできません』
使者たちの中でもとくに偉ぶった者が前に進み出た。それから、竜の化身を見て驚いたように軽く目を見開いた。
『ほお、竜である貴方にそれほどの顔をさせるとは。いったいあれは』
使者が最後まで言い切ることはなかった。首が地面に落ちらからだ。まるで鞠か何かのように、使者の首は景気よく弾んで転がった。
逃げようとする他に人間たちを竜の化身である男はその爪にかけた。
石はどこにもなかった。
においがしたのは、奪った石を僅かに粉にして使者が懐に忍ばせていたからであった。
竜はその日からひたすら石を探し続けた。
やっと見付けた石の手がかりは、竜が滅ばした人間の王の娘であった。