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ベチャ…ッ ザリ…ッ ベチャ…ッ ザリ…ッ ズルズル…ッ
真昼の、明るく穏やかな陽光が揺れる森に木霊する、その場違いで不穏な音を
頼りに、現在 自分達は遥か前方を歩いていく背中を尾行中です。
最初に、異変に気がついたのは 妹のカティでした。
鬼ごっこの後、休んでいた時は いつも通りだったらしいのですが…。
妹は、
「おねーちゃん ここにいないの こわいよぅ」
と、繰り返し言うです。
泣きじゃくっていたので、得られた情報はこれだけでした。
いまいち、よくわかりませんよね?
自分も 妹が何を伝えたいのか、読めずに首を傾げてしまいました。
実際に、この現場に居合わせていたんです。
けれど、妹が言うように姿が消えた訳でも 何かが変化した様子もなく、至って
普通だったと記憶しています。
しかし。
翌日には、自分にも 違和感がはっきりと感じられるようになりました。
表情が まるで違っていたんです。
あの方は、常時 にこにこ朗らかに笑っていて、周囲の人をどこか安心させる
雰囲気を持った人でした。
それが、現在は 顔は笑っていても、目が全く笑っていません。
まるで威嚇でもしているみたいに、瞳がギラギラと光っているのです。
立ち居振る舞いも、なんだか違いました。
言葉遣いだって荒っぽくなっています。
明らかに偽者が そっくりの容姿で、本人のフリをしているように思えました。
弟のヤンネは、この異常事態にひどく取り乱しまして、
『本人に直接きいてくる!!』
と、暴走しかけました。
その場に、自分と友人のオルヴォ君が居合わせて本当に良かった。
暴れる弟の身動きと声を封じ、なんとか説得に成功しました。
ところが、ですね。
ほんの少し前のこと、そんな自分達の目の前を” 殺したてほやほやのヒツジ
(4本足で角が3本生えたモフモフした草食動物です)”を引き摺った
疑惑の人が、通り過ぎて行ったんです。
何が楽しいのか鼻歌交じりに。
…好奇心は、魔物です。
怖い、危険だ と知りながらも、” 気になる ”という気持ちに勝てませんでした。
ーーまぁ そんなこんなで、自分とオルヴォ君とヤンネは 昨日から様子が
おかしい、異世界からやって来た不思議な女性、リツキさんの後ろを 気配を
殺して追いかけている訳です。
「…エルメル兄、なにブツブツ言ってんだよ…!?
みつかったら どーすんだよっ!」
「どうどう。お前の声の方が大きいです、ヤンネ。
見つかったら…逃げるしかありませんね。
一応、助けは呼びましたし 大丈夫です。きっと。」
我ながら、かなり無責任な発言ですよね。
…間に合えば、いいのですが。 大丈夫だと 信じたい…。
森をずっと進み続けると 石造りの建物が見えてきました。
大きさは、小さな家くらいの規模で 屋根が三角に尖って見たことが無い
変わった形をしています。
「あれは…、なんでしょう?」
思わず、疑問がこぼれました。
「神殿だよ。…女神さまの。」
問いに答えたのは、悲痛な表情のオルヴォ君でした。
何故、彼はあの建物が神殿だと知っているんでしょうか。
それを尋ねようとした時、体中に悪寒が走り 驚いて 跡を追いかけているリツキさん
(仮)の方を見ました。
その瞬間。 目が 合って、 心臓が止まるかと 思いました。
あの気味の悪いニヤニヤ笑いで、彼女は笑いながら自分達を睨んでいます。
これがいつも温かい笑顔で話をしているリツキさんとは、どうにも思えません。
顔が同じなのに、ここまで印象が違うなんて…。
「あなたは、いったい誰ですか?」
声が震えず、ちゃんと言葉になったのに感動しつつ、問いかけてみました。
後ろにヤンネをかばい、オルヴォ君の手を掴みます。
この中では、自分が一番年が上。
2人を絶対に守らなくては。
「あははは…っ、りつきじゃなければ、だれだっていうのニャ?」
ゾワリと背筋が震えます。
呪いの所為の語尾はいいとして、舌足らずで甘えたような話し方は、リツキさん
とは似ても似つきませんでした。
なんだか、村の小さい子の話し方を思い出させる話し方です。
「お、おまえ!何したか知らねーけど、リツキ姉ちゃんどこやったんだよ!?
姉ちゃんのフリして、何がしてえんだ!?」
ヤンネが自分の後ろから、怯えながら声を張り上げました。
慌てて弟の口を塞いでも、後の祭りです。
あぁ、どうして!どうして大人しくしていられないんですか…! おばかさん!
「なまいきな こどもは、だぁーいきらいニャ。
…おまえも、このヒツジみたいにしてやろうかニャァ?」
やなりというか、なんというか、ヤンネの発言が相当気に入らなかったらしい。
先ほどのまでの 気味の悪い笑みすらも消え、お面を思わせる無表情のリツキ
さん(仮)はヒツジを仕留めた時に使ったらしい、血みどろの斧を振りかぶって
いました。
とっさに、自分はヤンネとオルヴォ君の手を全力で引っ張って走り出します。
真後ろで『パリィン』と、素焼きの器が割れるような音と、ザクッと重い物が
土に刺さる音がきこえました。
「リツキさんにもらった『身代わり』…ぼくのは今使っちゃった。
だから、あとはヤンネの分の1回しかない。 どうする?」
どうやら、あの割れるような音は 身代わりの紙人形が失われた合図だった
ようです。
間の悪い事に、彼の言葉通り リツキさんに頂いた自分の『身代わり』は自室の
引き出しの中でここには無いのです。
仕方ありません。不慮の事故で使ってしまったら、と不安で仕舞ってしまった
んですよ。
肩越しに振り向けば、埋まった斧を引き抜いて追おうとしている人影が見えま
した。
女の人の足とはいえ、自分達 子どもを追いかけるくらい、そう時間はかから
ないでしょう。
状況は、絶望的としか言いようがありません。
自分の好奇心が原因で起こったことです。
自分はどうなってもいい、ヤンネとオルヴォくんだけは助けなくては。
頭の中で、どう自分を使えば 足止めが出来るかばかりを考え始めていました。
その時です。
『馬鹿者。余計なことを考える暇があったら、早く行きなさい。』
「ッ! ネストリ先生!」
声が聞こえた空中に目をやれば、風に舞う布切れのような薄らとした影。
夏なのに、風にはためく灰色のロングコートを着込んだその姿。
新雪を思わせる白く長い髪を、背中に流した男性。
幽霊なのに足がある、物知りで 優しくて 『救世の賢者』と呼ばれた、ネストリ
先生です。
先生は地面から少し上で浮遊しながら、自分達とリツキさん(仮)の間にふわり
と降り立ちました。
「せ、先生 なんか今日スケスケじゃね?昨日よりスケスケになってる気が」
「お前って子は…!ちょっと黙っていなさい!」
空気の読めないヤンネの口を再び塞ぎつつ、実は自分も同じことを思いました。
「(昨日から、お姿が見えないと思っていましたが…、なんだか色が薄くなった
ような?)」
先生は、自分達に背中を向けながら 何か大きな感情を押し込めるように、言いました。
『村へ帰りなさい。 ここは、私と彼等が引き受けよう。 』
*****
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「そろそろかなぁ。」
僕は崩れかけの隠れ家を出て、今にも逃走しようとしていた西の国の宰相の
捕縛を仲間に任せ、ぽつりと呟く。
準備は、全て整った。 知るべき事も、もう知ってしまった。後は…。
真っ黒な入道雲を睨みつけている僕を不思議そうにリクハルドは見ていた。
「何か待ってるんですか〜?」
「うん。ここからが最も重要なんだ。
……そういえば、そっちの準備は出来たかなぁ?
君の本当の父君と弟さん達は最後まで協力に渋ってたけど。」
そう問えば、リクハルドはウヘヘ…と笑いながら、気まずそうに言う。
「色々とフクザツなんで揉めましたけどー、まったく問題ないです!
警備も結界も、ウチで一番のをお願いしましたよっ!
それにっ!我輩もいますので、ご心配なく!」
「…なんか余計不安になってきた…。
頼むから、僕が戻るまで ”僕” を死なせないでね。」
ーーーさぁ。最終決戦を始めようか。
長く間が空いてしまって、すいません…!
書きたいことは決まってるのに、上手く書けなくて時間がかかりました。
とりあえず、そろそろラストバトルです! 頑張ります。
修正:2012/10/02
誤字脱字を直しました。




