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…なんだか、ひどく寒い。
まるで、自分の体が 自分のものではないような感覚。
ひどく違和感を感じて、そろりと自分の体に触れてみる。
私の脇腹と心臓に、包丁が生えていた。
あぁ、違う。そうじゃない。
…刺さっているんだ、これは。
でも、不思議と全然 痛くない。 血だって一滴も出てないし。
そういえば… この場所、どこだろう?
私は、自分の周りを観察しながら首を傾げた。
見渡しても、どこまでも続く黒い枯れ木の群れと、白い石畳しか見えない。
仕方なく、裸足のままでペタペタと歩き始めた。
歩いても、歩いても、同じ景色が続いているように見えた。
しばらく進むと、道端に ”私に似た人” たちが転がっている。
ギョっとして立ち止まって、恐る恐る様子を窺う。
しかし、どれもピクリとも動かなかった。死んでいるのかもしれない。
その時、
「 …っ!? 」
突然 誰かに目隠しされた時のように、目の前が暗くなる。
クスクス笑う声だけが 耳元で、冷たく響いていた。
・
・
・
<ご主人。ご気分でも優れませんか?
眉間にシワが寄っていらっしゃいますよ。>
赤いトカゲの姿をした使い魔 ルーちゃんの問いに、我にかえった。
私は、フルフルと首を振る。
ここ何日か 不気味な夢を繰り返し、見続けている所為で寝不足なだけだ。変に
心配させたくない。
何故、”見たことが無い場所で、体に刃物が刺さったまま歩き回る夢。”なんて
見るのだろうか。
うーん…。 私、疲れてるのかな?
答えの出ない疑問に、また眉間にシワが寄る。
すると、後ろから小さい何かに体当たりされて、前へと つんのめった。
「おねーちゃん! あーそぼっ!!」
アレクシスさんとメルヴィさんのところの長女で、おてんば娘のカティちゃん
(4歳)だ。
今日も、とっても元気で 大変可愛いらしい。
いつもならば、喜んで振り返ることが出来るのに…。
今は、可能な限り 声を出したくないが、返事をしなければ カティちゃんを傷付けてしまう。
「わかったニャ。 今行くから、ちょっと待っててなのニャ。」
3日前。
ラウちゃんと着せ替え大会をしている最中、急に睡魔に襲われた。
次に 目が覚めた時。
私は何故かメルヴィさん家のベッドの上に居て、どういう経緯で発生したのか
猫耳と尻尾が生え、語尾が『ニャ』になっていた。
(自前の耳もあるので、耳が4つという不気味なことになっている。)
村唯一の薬屋のおばあちゃんに聞いたところによれば、あの時 頭に載せられた
花冠が原因だろうと。
まさか…あの甘い匂いの花に、催眠効果があったとは…! 迂闊だった…!
この奇妙な姿を見て、パールナ村の皆さんは笑いをこらえながら、
『気の毒にねぇ』と口々に言ってくれた。
絶対に面白がってるだろう、皆…!! こっちは恥ずかしくて 爆発するかと思ったのに!!
ふざけてるよね…!? なんか知らないけど、呪いの一種みたいで全然 治らないんだよ これ!!
薬屋さんにも、アレクシスさんにも、頼りにしていた師匠にまでサジを投げられてしまった。
なんか複雑な構造の呪いらしくて、仕掛けた本人しか解けないんだって。
絶望的だ…。
しかも! 語尾の所為なのか、魔術が全く使えなくなってたんだよ!!
あと魔力を発生させようとすると、静電気みたいのがバチッとなってすごく
痛かった!!
…はー。興奮しても仕方がない。 落ち着いて、現在の状況確認だ。
・文句を言ってやろうにも 彼は既に、どこかへ出掛けた後。
・何故か連絡が取れない。アレクシスさんでも、足取りが掴めないそうな。
・妙ちくりんな呪いが掛けられているが、ラウちゃんしか解除できない。
・呪いの所為で、魔法が使えない!\(^o^)/ナンテコッタイ!
・直通ドアも、開かないように封印されている。
結論:やったね私! 無能になったよ!!
…いや、泣いてない。泣いてないぞ。
ちょっと八方塞がりなだけじゃないか…!グスン。
で。行き場の無い私は、
『まぁ、しばらくしたら帰ってくるだろう。泊まっていきなよ。』
と、温かく迎えてくれたメルヴィさんたち御一家の好意に甘えることにした。
特にヤンネ君、カティちゃん、エルメル君に大歓迎で喜ばれ
『いっぱい遊ぼうね!』
と言われて、何がなんだか分からなくて落ち込んでいた気持ちが、かなり和み
まくった。ありがとうね。
”のんびりしてなさいよ。”メルヴィさんもご近所の奥様達も言ってくれたけど、
落ち着かないから雑貨屋さんの店番や、村で色々とお手伝いをさせてもらうことに。
「はやくー!はやくー!!」「今日は何やるんだー!?」
「あー、ネコねーちゃんだー。」「かくれんぼしよーよー!」
まぁ、専ら子ども達と遊ぶだけの、簡単なお仕事なんだけど。楽しいね!
たださぁ…『遊ぶ』と言っても、毎日 全力で走り回っている彼らと同じように
は出来なかったよ。
現代っ子の体力の無さを、私は忘れていたなぁ と痛感したわぁ…。
タフ過ぎだぞ、皆。 …私が貧弱な訳じゃないんだからねっ!!
こんな風に、すぐに体力が尽きる私だけど 村の子ども達は、
『ねーちゃん、大人なのに なさけねぇな。』『がんばって〜。』
と笑って励ましてくれます。 みんな、優しい子です。
「それにしても…ラウちゃんが何を考えているのか、さっぱり分からない。」
本日もぐったりとして 木陰でダウンしながら、考えを巡らせてみる。
ここ数週間のラウちゃんの行動には、不審な行動や言動が多かったように思う。
何かを隠していて、私には内密に何かしている様子だったし…。
私は 呪いによって生じた、白と茶の 猫の長い尻尾を両手で、うにゅうにゅ
弄りながら推理するが、どうにも納得のいく解答には辿り着けない。
「大丈夫ですか?」
「まーだ具合わりぃのか? だらしねぇな!」
「おねーちゃん、どっかいたいー?」
<ご主人?
一度、雑貨屋さんへお戻りになられた方が、よろしいのではないでしょうか。>
あぁ。 心配をかけてしまったかなぁ。全然 平気だよ。
ちょっと考え事してただけだもの。
ほんわかと、嬉しいような、くすぐったいような気持ちで 胸がいっぱいになる。
不謹慎だよなぁ、と自覚して 少しだけ笑った。
とりあえず、私はいつものように元気に答えようと、顔を上げる。
「だいじょーぶ! 休んだら、元気いっぱいになったから!」
が、しかし。
その次の瞬間、身を裂くような強烈な痛みが 全身を駆け抜けた。
ヒュッ、と 呼吸が止まるような錯覚を起こす。
『う そ つ き 』
クスクスと嗤う、誰かの声がする。 音ではなく、頭で響いてくる感覚。
え、あれ? なに、これ? 知らないけど、知っている気が…何なの…!?
混乱して、思考が空転を繰り返す。鼓動の音がひどくうるさい。
「だ、だれっ…?」
目の前の子ども達は、ひたすら不安そうに、私を見ている。
どうしよう、安心させてあげないと。
けれど、断続的に襲ってくる頭痛で 上手く言葉が紡げない。
しばらくすると、その声は 私に つらつらと語り出した。
『あなたは いつも ヘラヘラ作り笑顔。
誰にでも優しいようで 誰にも興味なんかない。
愛している人の言葉だって 本当は 疑っている。
なのに あなたは 必要とされないことを 何より恐れている。
だから ”優しいヒト”に なりたかった。 そうでしょう?
あぁ なんて 醜いのかしら。 なんて キモチワルイのかしら。
なんて非道い子。 あなたなんて、』
それいじょうは だめ いっちゃ、だめ
いやだ いやだ いやだ やめて いやだ いやだ いやだ
いやだ やめて いやだ いやだ やめて いやだ いやだ
いやだ いやだ やめて いやだ いやだ やめて いやだ
やめて ききたくない どうして おねがい わたしは…っ!
「『あなた なんて 産まなければよかった。』」
それは あの日 あの時のお母さん の 言葉だった。 声のクスクス笑いは、
止まらない。
それどころか、段々と大音量になっていくようだ。 頭が痛い。視界が滲んで
しまう。
もう、嫌だ…、やめてよ…。
『 さようならぁ 梨月。 』
ふいに、 私は 背後から誰かに突き飛ばされた。
私は、唐突なそれに抗うことも出来ないまま、深い 深い 奈落に続くような
穴へと落ちていく。
必死で、突き落とした相手を振り返った。
ーー最後に見えたものは、 幼い少女の形をした暗闇だった。




