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 あの人と暮らした、短い日々。

今思えば、僕はあの人のことについて、何も知らなかったように思う。






 「ヒデェ臭いだな…。」


マティウスが、思いきり顔をしかめて 鼻をつまんで言った。

僕は今、キルシッカ王国領の東のはずれにある、とある廃屋内の地下へと続く

階段を下りている。



 梨月ちゃんを、睡眠効果がある花の香油で眠らせて従姉妹(いとこ)のメルヴィに預けて

来た。

彼女を関わらせたくないのは、ただの僕のエゴだけど あの家の人達もパールナ

村の住民も親切だから、もしもの時は きっと彼女を支えてくれる。



 彼女は、あの力(・・・)を信用し過ぎてしている。

今まで魔術とは無縁だったのに、何故いきなり能力に目覚めたのかと、警戒して

欲しかったのになぁ…。有るものを使わずにはいられないのは、どこの人間でも

一緒なんだと痛感したよ。


梨月ちゃんは、あれの正体を知らない。


なのに、何かあると気軽に使おうとする。



…最初からおかしかったんだ。あの日から、ずっと!!



「(なんとかしなくちゃ…! じゃないと、梨月ちゃんは…!)」




思わず、階段を踏む脚に力が入ってしまう。

焦る気持ちを隠して、階段の終わりから歩いてすぐのドアを開いた。




 薄暗い部屋に漂うのは、動物の血と腐敗した肉と ねっとりと湿った土の臭いだ。

確かに、これは悪臭と言っていいな。 食事後に来てたら、吐いてたよ 絶対。


僕は、口元を(そで)で覆いながら奥に居るはずの人物を呼んだ。



「おーい。リクハルド〜?

解剖結果、さっさと提出してくれないと困るんだけどぉ?」



 部屋の入口から声をかけると、木製の椅子に座ったままの姿勢で眠りこけて

いた、橙色の頭の男が飛び起きた。


「すすすす、すいませんっす!でも、3日も徹夜してたんですよぅ!?

頑張って、あのぐちゃぐちゃのイノシシの死体調べたんですよぅ!?


褒めてくれたって…!」



寝癖でボサボサ、汚れたままの白衣を見れば その言葉が本当なのは分かる。


だけど、ね。


「褒めるついでにー、あのお嬢さんをちょこーっと、切らせてほし」


「よし、そこにもう一度座れ。 永眠させたげるよ★」


 この瓶底眼鏡の猫背変態男は、異世界からやって来た梨月ちゃんの体の構造が

気になっているらしい。


どんなに断っても しつこく『解剖させてくださーい!』と言うので、僕も困っている。



なんだか、キュっと首を絞めたくなってしまうよ。




「…そんなことしてる場合か? 事態は一刻を争うんだろ?」


 マティウスは、そう溜め息まじりに僕へ言う。


…そう、その指摘は(もっと)もだ。 ここで時間を浪費している場合ではない。


事態は、刻一刻と悪化し続けているのだから。

発動しかけていた氷の魔術をキャンセルして、僕はリクハルドに告げる。



「君、その恰好のままでいいから付いて来て。今から行く所がある。」


しかし。


「いやですよぅ! 我輩、眠いしハラペコなんですっ! 断固お断りします!」


…こいつ、僕より年上なんだからダダとかこねるなよ…。気色悪い。


まぁ、対策はある。

僕は、バサリと紙の束をリクハルドに見えるように取り出す。


「残念だなぁ〜?

ここに、りったんの世界の人間の体に関する、図解とか説明の書かれた本の

写しの一部があるんだけど…。


協力してくれたら、あげようと持って来たけど、ねぇ? 君、どうする?」


彼は、紙束を凝視しながら(よだれ)を垂らさんばかりの表情で、ブンブン首が千切れ

そうな勢いで『行きます!』と、頷いてくれた。


ちょろい奴だなぁ。まぁ、扱い易いし、都合が良くていいけどさ。




 3人になって、いつも”賢者の杖”の会議をしている館の一番奥を目指して歩いていく。


 ”賢者の杖”には、一時的に問題のある魔術師を捕まえた際に使用する、地下牢

が存在した。

そこは、魔法を通さない固い石壁に覆われていて、防音性も高いので すごく

重宝されている。


 牢の中で各々、簀巻(すま)きにされた男たちが転がされて、猿ぐつわをされていた。

僕は、全員に聞こえるよう、ゆっくりと話し始める。



「どーもぉ。


この度は、よくも僕の婚約者にヒドイことしてくれたみたいで。

一体、誰が最初に襲撃なんて、馬鹿なことを言い出したんでしょうね。


教えてください。」



男達が『ヒッ』と、ビクついて怯える中、例の司教風の年長らしき男が、狂った

ように 唾を飛ばしながら怒鳴り散らした。


「貴様ぁ!!

あの魔女を(かば)い立てするだけでなく、我らにこのような真似をして、聖堂会が

黙っていると思うなよ!?

私は何を聞かれても、貴様らに情報を渡しは…グアァアアアァアッ!?」



「うるさいな。 黙れよ。 僕は、お願いしている訳じゃない。


…これは尋問で、拷問だ。」



司教風の男の両脚は、みるみる氷に覆われていく。

男はあまりの痛みに 苦悶の表情でのたうち回る。他の奴らはそれを見てブルブル震えていた。


「ほうら、早く答えないと脚が使いものにならなくなるぞー。」


「だ、れが…いうものか…っ!!」


まぁ、そうだろね。 じゃあ、これならどうかな?

僕は少し勢いをつけて、男の氷漬けの脚を蹴飛ばしてやった。 


「ウガァアアアアアッーー!?」


凍った右足は容易く折れたが、なんとか骨と神経で繋がっている。

激痛に苦しむ男に、僕は笑顔で言ってやる。



「あははっ、ごめんねー。 つまづいちゃった★

でも、大丈夫。


専門は解剖だけど、一応 お医者さんが居るから、すぐ治してあげるよ。

”死んでいなければ”バッチリ怪我は治せる天才だから、腕は保証するし?


あぁ、そんな怯えないで平気だよ!

別にね?貴方達を殺そうなんて思っていないんだ。喋ってくれれば、痛いことはしないよ★


僕の私怨はあるけど、今は”仕事中”だから我慢するね。 リクハルド。」



「はいはいっすー。」



リクハルドの復元魔法で、脚が治り始めている男が呟く。


「…あの御方は、誰にも止められぬ。我々は、あの御方の指示通りに動いただけだ、あの御方が助けて下さる。救って下さる。世界は、正されるのだ…!!」



 僕は、その言葉に僕は 大笑いしまった。


「ふふふ…あはははははっ! あっまいな〜。

…君等の”あの御方”が誰なのか、だいたい検討はついてるよ?


断言してもいい。 ”彼” は助けに来ない。

利用価値のない捨て駒に、情や執着を持つ人物じゃないはずだからね?」


さらに、僕は実行犯たちにトドメを刺す。

決定的な証拠である手紙を懐から取り出して、見せつけてやった。



「これ、見てごらんよ?

聖堂会の幹部も、君等が通じていた 西の王国の宰相サマも、君等の身内も、

君等のこと『知らない』ってさ。


あと、オマケに言えばねぇ…君等の身分を証明出来るものは全て、お偉いさんが

消しちゃったよ?

君等は”名前のない誰かさん”ってことになるね? カワイソーにねぇ?」



 僕は、ニヤニヤと笑いながら呆然とする彼らに言う。

反応はそれぞれだが、彼等は一様に目を見開いたまま、硬直していた。


彼等は、いずれも貴族の次男や三男だ。

それが、突然 職も人間関係も財産も全て失ったらどうなるか?



 聞くまでもない。破滅だ。




『可哀想』なんて、欠片も思わない。 僕の大事な人に手を出したんだもの、

死んで終わりになんかにしてやらない。



「けど、知ってること全部吐いてくれれば、ちょっとは情けをかけてあげるかも

ねぇ?」



絶望した人間は、少し光を見せれば 喜んで従ってくれる。


…これが、僕の隠しておきたかった仕事。

とてもじゃないけど、胸張って言える仕事じゃないでしょ?



 こうやって、悪いことをした魔術師相手にとはいえ、拷問やら色々ヤバイこと

やっちゃってるから、いつまで経っても梨月ちゃんに どんな仕事しているのか言えないんだよ…!


ちっくしょー! 絶対隠し通す!!幻滅されたくない!!




「…あとは、マティウス頼んだ。 調べ物があるから、用事があったら通信

いれて。」


ぐったりしながら、そう言うとマティウスは僕の考えを見透かしているのか、

ニカッと笑いながら応える。


「おう。了解だ。」


…なんか腹立つ。後で、自棄酒に付き合わせてやる。



 …こんな、汚い僕を、梨月ちゃんは嫌わずにいてくれるんだろうか?

不安で不安で、仕方ない。気が可笑しくなりそうだよ…。うーん。


モヤモヤしながら、資料室で現在起こっている妙なゾンビの事件についてまとめ

ていると、追加の資料を持って来たリクハルドが話しかけて来た。


「ボスー。

前々から聞きたかったんですがー、我輩とエリーサが捜査している人物って、

何やった人なんですかぁ?


前科がない、普通の魔術師だったと思うんですが…?」


彼には珍しく、言うのを躊躇(ためら)うようにゴニョゴニョしていた。

あまり気にして、余計なことを知られても困る。僕は資料から目を上げ、彼を

見て告げる。



「奴は、ヒトデナシのどうしようもない男さ。

…あの人は、これから世界をひっくり返すような大罪を犯そうとしている、

大馬鹿者だよ。」




 僕を捨て、死んだ母さんを生き返らせることに我を忘れた末、姿を消した

”あの人”。



ユリウス・トゥフカサーリ。 一応、血が繋がった唯一の肉親。クソ親父だ。



 今回のゾンビ騒動だけでなく、恐らく梨月ちゃんが狙われ続けているのも、

あの人が関わっている。


…まったく、どこまでも僕の人生の妨害して…。



状況をこれ以上悪化させる前に、さっさと捕まえて牢屋にぶち込んでしまおう。

僕と梨月ちゃんの『幸せ家族計画』に、あの人はいらない。


その為には、方法なんか選んでいられない。

迅速に、しかし慎重に 事を運ばなければ。





はぁー…。早く帰って、梨月ちゃんに会いたいなぁ。






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