飛び火
美有は、
「身代わりなんて思ってない。だけど、いとこだから、あなたを選んだ。」
と言った。
「なんで!?普通、いとこなら避けるでしょ…」
「…。」
「ねえ!?」
「奈良で、家族と暮らしたかった。」
「は?」
「こうするしか…」
美有は、目を伏せた。悲しそうな顔をしていたが、少し、面倒に思っているようにも見えた。
「奈良は、弟と目指してた場所、違う?」
青年は、当てずっぽうで、言ってしまった。その時、美有の目が、はっと見開かれた。
「あなたは、奏人の身代わりにはなれない。」
青年は、美有がきっぱりと言った言葉の意味が分からなかった。
「何!?」
「奏人には、到底、及ばない。」
「美有、自分で何言ってるか分かってる?」
美有は、黒い瞳をどこか遠くに向けていた。もはや目が合うことはなかった。
「施設で調べたら、奈良に家族がいるって分かった。それが、あなた。」
「え?」
青年は、何とか美有を理解しようと思った。
「僕と、家族の僕と、家族を作りたかったの?」
「私も奏人も、一人ぼっちだったから…。お母さんのせいでずっと寂しかった。奏人は、一人で死んじゃったの。」
「美有?」
「家族が作れるか試したかった。見せてあげたかった。」
「美有?聞いてる?」
美有の口調は、淡々としていて、青年に向けられたものではないように見えた。
「子供を生むことができて、どうせ一人だけど、家族が増えたよって教えてあげられる。あなたのことも…」
「美有?」
青年は、美有の肩を揺すった。美有は、ただゆらゆらと揺れるだけだった。
「美有、もう俺、君とは、暮らせないよ…」
青年は、言わざるを得なかった。
「うん。分かってる。」
「美有…」
「私…あの用水路がどこに流れているか知ってるよ。」
美有は、微笑んだ。背中が寒くなるような、そんな笑い方だった。
「は?」
「私も、流されてるの、一緒に。水なのに、火みたいに熱いの。」
「美有?」
「あの水はね、地獄に続いてる…」
青年は、息子を抱き上げて、病室を出た。赤ちゃんは、火が付いたように泣き出した。耳には、火みたいに熱いの、と言った美有の言葉が残っていた。




