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異世界LIVE~売れない吟遊詩人をヴィジュアル系に魔改造したら戦場が最前列になりました~  作者: カミツキ


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第9話 新曲、来ます

出発の朝。

集合場所の広場に向かう途中で、珠里は気づいた。

討伐隊員が三人、こちらに向かって歩いてきていた。


「愁さん」


先頭の男が言った。大柄な、前回の討伐でも見た顔だった。


「おはようございます」


「チェキ、売ってるか」


珠里が止まった。


「……なんで知ってるんですか」


「クロムさんが持ってた」男が言った。「鎧の内側に、こう——」


「見たんですか」


「たまたま」


「クロムさんに言いましたか」


「言ってない」男が少し声を落とした。「言えるわけないだろ」


「正解です」


「で、売ってるか」


「売ってます。銀貨三枚」


「三枚か」男が後ろの二人を見た。「お前ら持ってるか」


「ある」


「俺も」


珠里はルシアスを見た。

ルシアスが「え」という顔をしていた。


「ちょっと待ってください、今から持ってきます」


五分後。

珠里が板を抱えて戻ってきたら、人数が増えていた。

八人になっていた。


「口コミ、早いですね」珠里が言った。


「クロムさんが買ったなら本物だろって話になって」男が言った。


「一枚ずつですか」


「俺は二枚欲しい」


「三枚欲しい」


「何枚でも」


珠里は板を並べながら頭の中で計算した。

在庫が足りない。でも需要は確実にある。次の撮影を早める必要がある。


「今日持ってきた分だけです」珠里が言った。「次回入荷は来週」


「来週か」


「予約受けます。名前と枚数を」


「予約制か」


「先着順です」


男たちが顔を見合わせた。


「……俺、三枚予約する」


「四枚」


「五枚」


アイルが珠里の隣に来た。


「……出発前なんですが」


「五分で終わります」


「五分で終わりますか、これ」


「終わらせます」


アイルが遠くを見た。


クロムが来た。

集合場所に向かう途中で、珠里たちを見つけた。

討伐隊員が何人も珠里を囲んでいる光景を見た。

何も言わなかった。

そのまま通り過ぎようとした。


「クロムさん」珠里が言った。


「……なんだ」


「おかげで売れました」


「……俺は何もしていない」


「チェキを鎧の内側にしまってたことが伝わりました」


クロムが動きを止めた。

男たちが視線を逸らした。


「………………」クロムが言った。「出発は十分後だ」


「はい」


「遅れるな」


「遅れません」


クロムが歩き去った。

男たちが顔を見合わせた。


「……怒ってるか?」


「怒ってたら私たちに言うから大丈夫です」珠里が言った。


「そういうもんか」


「そういうもんです」


* * *


出発した。

街道を歩きながら、珠里はルシアスの隣に並んだ。


「チェキ、思ったより早く広まったね」


「……私の与り知らないところで色々起きていますね」ルシアスが言った。


「これからもっと起きる」


「……覚悟しておきます」


しばらく歩いた。

ルシアスが前を向いたまま、小声で言った。


「愁さん」


「なに」


「新しい曲を、作っています」


珠里の足が一瞬だけ乱れた。


「……いつから」


「少し前から。まだ完成していないんですが」


「どんな曲?」


「……完成したら聞かせます」


「今聞きたい」


「完成してから」


「今」


「完成してから、です」


珠里はルシアスを見た。

ルシアスは前を向いたまま、少しだけ笑っていた。


 ……何かある。


 絶対何かある。


「完成したらすぐ聞かせて」


「……はい」


「すぐに、だよ」


「……はい」


ルシアスはそれ以上何も言わなかった。

珠里は引っかかりを頭の片隅に置いたまま、前を向いた。


* * *


今回の討伐エリアは前回より広かった。

草原の向こうに森が広がっていて、そこから魔物が出てくるという。

クロムが地図を広げて陣形を説明した。


「前衛六人、中衛四人、後衛三人。吟遊詩人は後衛の後ろで待機」


「後衛の後ろ、ですね」珠里が言った。


「そうだ」


「後衛の後ろの、どのくらい後ろですか」


「見えるか見えないかくらい」


「前衛から見えるくらいにいたいんですが」


「駄目だ」


「相対的に——」


「駄目だ」


 クロムが珠里を見た。

 珠里がまっすぐ返した。


「………………後衛の、すぐ後ろ」クロムが言った。「それ以上前に出たら引きずって戻す」


「分かりました」


「本当に分かってるか」


「相対的に分かってます」


「………………」


アイルが小声でルシアスに言った。


「……クロムさん、交渉してますね」


「前回は問答無用でしたから」ルシアスが小声で返した。


「成長ですかね」


「どちらの成長ですか」


「……両方かもしれません」


戦闘が始まった。

ルシアスがリュートを構えた。

弦を弾いた。


最初の一音で、前衛の一人が振り返った。


「……あの音だ」


前回の討伐で一緒に戦った男だった。チェキを予約した男でもあった。

前を向き直して、剣を構えた。


「行くか」


隣の仲間が言った。


「行くか」


もう一人が言った。

三人が同時に踏み込んだ。


前回と違う空気だった。

前回は戦いながら気づいたら音に引っ張られていた。

今回は最初から引っ張られていた。

音を知っているから、体が先に準備していた。

珠里はそれを後衛のすぐ後ろから見ていた。


 ……リピーターの強さだ。


初見と違う。知っているから反応が早い。

これがライブに何度も来る人間の強さだ。


* * *


一時間後、戦闘が一段落した。

双方が距離を取って、小休止に入った。

珠里は水を飲みながら、ふと気づいた。

クロムが岩陰に一人でいた。

背中を向けていた。

鎧の内側に、手を入れていた。


 ——見てる。


珠里は気づかなかったふりをした。

水を飲み続けた。

でも笑った。

こっそり、誰にも見えないように笑った。


「愁さん」


アイルが隣に来た。


「なに」


「何を笑っているんですか」


「何でもない」


「クロムさんの方を見て笑ってましたよね」


「見てない」


「見てました」


「……見てたとしても、何でもない」


アイルが岩陰のクロムを見た。

すぐに前を向いた。


「……見なかったことにします」


「それが正解」


「でも」アイルが少し間を置いた。「良かったです」


「何が」


「クロムさんが、ああいう顔をするものを持てたこと」


珠里はアイルを見た。


「アイル、クロムさんのこと詳しいね」


「……ギルドで接点が多かったので」


「どんな人だった?」


「強い人です。誰より早く動いて、誰より長く戦える」アイルが言った。「でも、自分のためには動かない人でした」


「自分のために?」


「依頼のため、仲間のため、そういう理由では動く。でも自分が何かを好きだとか、欲しいとか、そういう理由では動かなかった」


珠里は岩陰のクロムを見た。


「……チェキを即断で買ったのに?」


「だから、良かったと思っています」アイルが言った。「あの人が自分のために銀貨を出したのは、たぶん初めてです」


そこへ斥候が戻ってきた。

血相を変えていた。


「まずいです!!」


クロムが岩陰から出てきた。


「どうした」


「東から増援です!!前回の比じゃない規模で来てます!!」


クロムが地図を広げた。

珠里も覗き込んだ。


「お前は——」クロムが珠里を見た。


「後衛のすぐ後ろにいます」


「………………」


何か言いかけて、やめた。

クロムが全員に向かって号令をかけた。


「陣形を組み直す。前衛は右に寄れ、中衛は——」


珠里はルシアスに向いた。


「ルシアス」


「はい」


「どんな状況でも歌える?」


ルシアスは一秒だけ考えた。


「……どんな状況でも」


「新しい曲は完成してる?」


ルシアスが珠里を見た。

何かを決めたような目をしていた。


「……今日、聞かせます」


「今日?」


「完成しました。今」


「今完成したの!?」


「……多分」


「多分!?」


「斥候さん」ルシアスが言った。「増援、いつ来ますか」


「五分以内です!!」


「五分あれば十分です」


珠里はルシアスを見た。


ルシアスはリュートの弦を一本ずつ確認していた。


 何を作ったんだ、こいつは。

 

東の地平線が、揺れていた。

森の向こうから、黒い波が押し寄せてくるのが見えた。

魔物の群れだった。

前回とは比べ物にならない数だった。

クロムが剣を抜いた。討伐隊が構えた。

ルシアスが弦を弾いた。

最初の一音が、草原に響いた。

珠里の耳が、止まった。


 知らない曲だ。


聞いたことがない。

でも。

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