夏至点:才能と情熱の天秤(後編)
夏至点:才能と情熱の天秤(後編)
「……一人じゃ、飛べないんだ」
カルラちゃんの呟きは、羽を休めた鳥の吐息のようだった。
机の上に寄り添う四つの石。シトリンの黄色とカーネリアンの赤が、彼女自身の激しすぎる炎を映している。
「優子の才能は、私にとって太陽だった。……眩しくて、でも近づきすぎると自分が焼けてしまいそうで。……焦って、羽ばたいて、それで勝手に独りで墜ちそうになってた」
カルラちゃんは、鷲が獲物を掴むように曲げられていた指を、ゆっくりと解いた。その指先が、優子ちゃんの選んだ漆黒のオブシディアンに触れる。
「優子。……あなたが『情熱がない』って苦しんでるなら、私の火を半分あげる。その代わり、あなたのその揺るがない身体を、私に貸して。……私、決めたよ。私は、あなたのその指先一つ、視線一つが一番綺麗に見える場所を、誰よりも情熱を持って見つける。……振付でも、演出でもいい。私、あなたの隣で、あなたを一番高く飛ばせる『羽』になる」
優子ちゃんが、驚いたように目を見開いた。
「……カルラちゃん。私を、飛ばしてくれるの?」
「そう。……優子にプロを目指すほどの熱意がないなら、私がその熱意の代わりになる。優子はただ、そこに在るだけでいい。……その代わり、勝手に消えたりしないで。私を、一人にしないで」
優子ちゃんの瞳から、張り詰めていた緊張がふっと解けた。
彼女は自分の桃色の石を指先で弾き、カルラちゃんの赤い石にコツンと当てた。
「……わかった。約束する。……私は、カルラちゃんの情熱を映すための、鏡になるよ」
二人の間にあった歪な天秤が、音を立てずに水平へと落ち着いていく。
それは「同じ重さ」になったのではない。互いの欠落を認め、重力を預け合うことで成立した、新しい平衡だった。
「……会議は、これで終わりかな」
僕は窓の外を見やった。
一年で一番長かった一日の光が、ようやく地平線の向こうへと溶け始めている。
「夏至の光は、明日から少しずつ短くなっていく。……でも、二人の火は、これからが本番だね」
「晶くん、ありがとう。……なんか、胸の奥のモヤモヤが、少しだけ整理された気がする」
優子ちゃんが立ち上がり、フリマで渡した根付けを大切そうにポケットにしまった。
「また……雨の日にでも、相談に来てもいい?」
「ああ。カルラと一緒に、いつでも」
二人は、さっきまでの重苦しさが嘘のように、さっぱりとした表情を浮かべた。
「そうだ晶くん、優子にそのピンクのお守りあげたんでしょ。優子だけズルいから私はこの石貰ってくね。」
そういうとカルラはシトリンをサッと拾い上げてポケットにしまい込んだ。
「せっかくならそれもお守りに加工してあげるのに。」
「あぁ、『│火のルーンだっけ?それじゃあまた私がスランプになったらまた晶くんのところに持っていくよ」
そういうとカルラは優子ちゃんと肩を並べた。図書室に入った時はお互いの視線が会うことはなかったが今は自然と笑い合えるようになった。
「さぁ、優子!未来の不安が消えたなら明日からは毎日学校にきなさいよ!これで出席日数で卒業できないとか嫌だからね!」
僕はテーブルの上に散らばった、藍色の布の上に残された石を一つずつ拾い上げた。
カーネリアン、ローズクォーツ、オブシディアン。
ひとつ数が減ったけれど、そのどれもが二人の体温を吸って、微かに温かい。
整理屋の仕事は、劇的な解決を与えることじゃない。
ただ、絡まった糸を解き、次に進むための「ゆとり」を作ること。
「……さて。僕も帰ろう」
二人の背中を見送ろうと、僕が旧図書室の鍵をポケットにねじ込んだその時だった。
制服のズボンの奥で、スマートフォンが短く、けれど鋭く振動した。
画面に表示されたのは、登録名すら必要ない、見慣れた曼荼羅のアイコン。
紫師匠からだった。
『夏至の整理はおしまい? ちょうどいいわ。
来週、その子たち――優子とカルラを連れて、うちの会社(YDE)に見学に来なさい』
まるで、今この場所で僕たちが何を話し、何に決着をつけたのかをすべて見透かしているような文面だ。
僕は思わず窓の外を振り返ったが、そこには夜の帳が降り始めた校庭が広がっているだけだった。
続けて、二通目の通知が届く。
『進路希望表、出すんでしょ?
迷える子羊たちに、本物の「身体の使い方」を教えてあげる。
……魂をどこに置いて踊るべきか、見せてあげるわ』
相変わらず、傲慢で、けれど抗いがたい響きを持つ言葉だった。
「身体の使い方」、か。
様々な才能に恵まれたと師匠が、優子のフィジカルとカルラの情熱に何を「整理」しようとしているのか。
僕はため息を一つ吐き、帰り支度を整えて僕が鍵をかけるのを待っていた二人に声を掛けた
「優子ちゃん、カルラ、 ちょっと待って、このメール見てもらっていい?」
呼びかける僕の声に、二人が同時に振り返る。
空いていた窓から夏至の終わりの、湿った夜風が吹き抜けた。
「来週、時間あるかな。……僕の師匠が、二人を招待したいって」
これから始まるのは、占いの盤の上ではなく、現実のステージでの整理だ。
夏休み前の進路希望表。そこに書く名前を、彼女たちが自分自身の指で選べるように。
「本物の現場に……行ってみようか」
二人の瞳に、期待と緊張が入り混じった新しい光が灯るのを、僕は静かに見届けていた。




