30.人質の中の共犯者
データセンターが占拠されてしまった。
ロイは、銃を持った男と、その周囲に集められた大勢の職員たちを見ながら、焦りを押し殺していた。
(まずいな……。これだけの人を人質に取られたら、下手に動けない)
銃を持っている男は、今のところ一人。
だが、この場にいる人質の数が多すぎる。
(数人だけなら、まだ何かできたかもしれない。でも、この人数だ。僕が勝手な行動を取れば、そのせいで誰かが撃たれるかもしれない)
そして、もう一つ気になることがあった。
(それに……きっと共犯者がいる)
ロイは周囲に悟られないよう、静かに視線を巡らせる。
(他の場所にも仲間がいるのは間違いない。でも、それだけじゃない気がする。このデータセンターはセキュリティが厳重だ。外部の人間だけで、ここまで簡単に入り込めるとは思えない)
もちろん、何らかの方法で侵入した可能性はある。
だが――。
(もし内部事情に詳しい人間が協力していたら? 従業員なら施設の構造にも詳しいし、不審に思われずに動ける)
ロイは小さく息を吐いた。
(……兄さんの方は大丈夫かな。パニックになった人たちを落ち着かせるのは、きっと大変だよね)
その頃――。
スティーブは、閉ざされた出口付近で、混乱する人々を必死になだめていた。
「皆さん、落ち着いてください! 大丈夫ですから!」
しかし、一人の男性が声を荒らげる。
「さっきから大丈夫、大丈夫って、そればっかりじゃないか! 何を根拠に大丈夫だって言ってるんだ!」
「そうよ!」
女性も続いた。
「私たち、ここに閉じ込められているのよ! 銃を持った犯人が施設の中をうろついてるかもしれないのに、落ち着けるわけないじゃない!」
「まったくだ!」
別の男性がスティーブを睨む。
「君はさっきから妙に冷静だな。まさか、犯人の仲間じゃないだろうな?」
(俺が犯人の仲間だって? めちゃくちゃ言うなよ……)
さすがのスティーブも心の中で呆れた、その時だった。
「――落ち着きなさい」
低く、よく通る声が響いた。
全員が振り返る。
声を発したのは、白髪の老人だった。
「その青年が冷静なのは、周囲をよく見て状況を判断しているからだろう」
老人は、騒いでいた人々をゆっくりと見渡す。
「考えてもみなさい。この場にいる全員が取り乱し、好き勝手に動き始めたらどうなる?」
誰も答えない。
「犯人にとって、混乱ほど都合のいいものはない。その混乱に乗じて何かをされ、取り返しのつかないことになったらどうする」
辺りが静まり返る。
老人は続けた。
「ここは国内でも重要なデータを扱う施設だ。何が目的なのか分からない以上、我々の命だけでなく、ここに保管・管理されている情報まで危険にさらされている可能性がある」
そしてスティーブを見る。
「だからこそ、今この場に一人でも冷静に判断できる者がいる。それは有り難いことではないのかね?」
騒いでいた者たちは、気まずそうに視線を逸らした。
「……ありがとうございます」
スティーブは頭を下げた。
「助かりました。俺が何を言っても聞いてもらえなかったので」
「勘違いするな」
老人は淡々と言う。
「彼らの不安がなくなったわけではない。ただ、今は騒いでも意味がないと理解しただけだ」
「はは……手厳しいですね」
「それより青年」
老人は出口の向こうを見た。
「君は、この状況をどうするつもりだ?」
「そうですね……」
スティーブは少し考える。
「できることなら、犯人を取り押さえるのが一番早いんでしょうけど」
「できるのか?」
「俺には無理でしょうね」
スティーブは苦笑した。
「でも、銃声がした方には、俺が信頼している奴がいます」
老人が眉を上げる。
「そいつに任せておけば、きっと何とかしてくれる。……俺が今こうして冷静でいられるのも、あいつが向こうにいるからかもしれません」
「そこまで信頼しているのか」
「ああ」
スティーブは迷わず答えた。
老人はしばらく彼の顔を見つめ、それから静かに頷いた。
「ならば、信じよう。ただし、動くなら早い方がいい」
「え?」
「犯人たちの目的が何であれ、時間を与えるほど状況は悪くなる。情報を狙っているのなら、なおさらだ」
その言葉に、スティーブは息を呑んだ。
(ロイ……大丈夫だよな)
拳を握り締める。
(賢いお前のことだ。きっと分かってるはずだ。――この事件は、時間が鍵になる)
そして心の中で呟いた。
(お前ならきっと、何とかできる。信じてるからな)
一方、その頃。
ロイもまた、必死に頭を働かせていた。
(このデータセンターを占拠した以上、何か目的があるはずだ)
単なる立てこもりとは思えない。
(情報が目的なのか? もしそうなら、その情報が何なのか分かれば……犯人を揺さぶれるかもしれない)
一瞬、そんな考えが浮かぶ。
だが、すぐに首を振った。
(駄目だ。相手が動揺する保証なんてない。それどころか逆上されたら、人質が危険だ)
何より、相手は銃を持っている。
(この状況で正面から取り押さえるなんて無理だよ……)
ロイは心の中でため息をついた。
(こんな時、武術に長けた相棒でもいてくれたらな。僕が考えて、その人が動く。そんなふうに連携できれば――)
その時だった。
パァン!
突然、銃声が響いた。
「っ……!」
ロイが振り返る。
一人の男性の額に、銃口が突きつけられていた。
男性の手にはスマートフォンが握られている。
「おい。何の真似だ」
犯人の声には、明らかな怒りが滲んでいた。
「せっかく手足も縛らず、連絡手段だって取り上げずにいてやったのに……俺たちの温情を無駄にするつもりか?」
ロイは眉を寄せた。
(……そういえば)
なぜ、スマートフォンを没収していないのだろう。
当然、警察へ通報される可能性は考えているはずだ。
「見せしめに、一人くらい殺してもいいんだぜ」
男の目を見て、ロイの背筋が冷たくなる。
(まずい……あの目、本気だ)
何とかしなければ。
(考えろ。犯人の目的を。誰かが犠牲になる前に……!)
その時、別の男が歩いてきた。
どうやら犯人の仲間らしい。
「おい。向こうにはいなかったぞ」
「そうか」
主犯格の男が舌打ちする。
「なら、残るのはここだけだ。絶対に見つけるぞ」
(……見つける?)
ロイの思考が止まる。
(何を探してるんだ?)
その直後。
カラン――。
何かが床に落ちるような、小さな金属音が響いた。
「おい! 貴様、何をしている!」
犯人が鋭く叫んだ。
ロイがそちらを見る。
一人の女性が、こっそりスマートフォンを操作していた。
「さっき脅したばかりだろう。そんなに死にたいのか?」
「ご、ごめんなさい!」
女性は青ざめながらスマートフォンを握り締めた。
「学校から連絡があったんです。子供が熱を出したって……。夫に迎えを頼みたいんです。メールだけでもさせてください。警察には絶対に連絡しませんから!」
「駄目だ」
男は即答した。
「一人を許せば、全員を許すことになる。諦めろ」
「そんな……」
女性は悲しそうに俯いた。
ロイは、そのやり取りを見ながら考える。
(連絡手段そのものは奪わない。でも、勝手なことをすれば殺すと脅している……)
そこで、先ほどの音を思い出した。
(でも、おかしい)
カラン、という音。
どう聞いてもスマートフォンの操作音ではなかった。
(普通なら、あの音がした方向を見るはずだ。それなのに犯人は、すぐにあの女性が何かしていると気づいた)
偶然だろうか。
(もし何かを落としただけなら、それ自体は問題じゃない。犯人たちが一番警戒しているのは外部への連絡のはず)
ロイはそっと周囲を見回した。
そこには、見学時に会った高校生の男女。
中年の夫婦。
そして、施設の女性職員の姿もあった。
その時、ロイはある違和感に気づく。
(……離れてる)
高校生の男女も。
夫婦も。
なぜか互いに距離を置き、別々の場所に立っている。
(こんな状況なら、普通は知っている人の近くにいたくなるんじゃないか?)
その時。
「おい、そこのお前」
犯人が一人の男性を指さした。
「スマートフォンを出せ」
「え……僕ですか?」
「そうだ。今から、この施設の責任者に電話をかけろ」
「で、でも……」
犯人が銃口を向ける。
「どうせ『責任者は誰だ』と聞いたところで、素直に名乗り出るとは思ってない」
ロイの目が鋭くなる。
「電話を鳴らせ。着信した奴が責任者だ」
男性は震える手でスマートフォンを操作した。
やがて――。
プルルルル。
少し離れたところで着信音が鳴った。
犯人がゆっくりとそちらへ歩いていく。
一人の男性職員が青ざめていた。
「お前だな」
「……」
「今から俺が言う情報を探して、提供してもらう」
「そ、それは……」
「拒否すれば、お前以外の誰かが死ぬ」
男性職員は唇を震わせた。
「……分かりました」
犯人は仲間に目配せする。
仲間の男は責任者を連れ、別室へ向かった。
そして主犯格の男は、低い声で告げた。
「俺の妻は難病を患っている」
ロイが目を見開く。
「どこの病院へ行っても、もう治す方法はないと言われた。だが俺は諦めない」
男は拳を握り締めた。
「ここには膨大な情報がある。妻を救うための手掛かりを探せ。どんな小さなものでもいい」
ロイは息を呑んだ。
(目的は……奥さんを救うため?)
やがて犯人は時計を見る。
その時だった。
ロイの視界の端で、中年の夫婦が同時に時計を見た。
さらに、女性職員。
高校生の男女も。
ほぼ同じタイミングだった。
(……まただ)
ただの偶然にしては、揃いすぎている。
そしてロイは思い出す。
犯人が口にした言葉。
――俺たちの大事な家族だからな。
(「俺の家族」じゃない。「俺たちの家族」……)
ロイはゆっくりと周囲を見渡した。
年齢も性別も、立場すら違う人間たち。
もし、自分の予想が正しいのなら。
(僕たちは最初から――)
背筋に冷たいものが走った。
(何人もの共犯者に囲まれていたんだ)
ロイは主犯格をじっと見つめる。
そして拳を握り締めた。
(覚悟を決めるんだ)
先ほど、病気の子供を心配していた母親の顔が浮かぶ。
怯えている職員たち。
閉じ込められた見学者たち。
(みんなを助けるためにも、一刻も早く、この事件を終わらせなくちゃ)
ロイが立ち上がろうとした――その時。
突然、誰かが彼の手首を掴んだ。
(えっ……?)




