29.閉ざされた公開エリア
ある日のこと、ロイとスティーブは、データセンターの公開エリアの見学に来ていた。
「悪いな、ロイ。付き合わせてしまって」
「気にしないで。滅多に来られるところじゃないからね。誘ってくれた兄さんには感謝しているよ」
ロイはにっこりと微笑んだ。
スティーブはその顔を見て、小さく肩をすくめる。
(まったく。本にしか興味ないくせに。俺に気を遣ってるんだな)
二人は受付で手続きを済ませた。
「兄さんはどうして、ここの見学に応募しようと思ったの?」
「知り合いから聞いたんだ。せっかくだから、ロイも誘って応募してみようと思ってな」
「へぇ」
ロイは受付の奥へ視線を向ける。
(確かここは、ヨーロッパ最大級のデータセンターだったよね)
待合室で待機している間、ロイは周囲を見回した。
見学者は、ロイとスティーブを合わせて六人。
「クソッ。まだ始まらないのか」
眼鏡をかけた中年の男性が、腕を組んで苛立たしげに言った。
(まだ十分くらいしか経っていないのに、そんなに苛立たなくても……)
「ちょっとあなた。周りに人がいるのに、そんな険悪な雰囲気を出さないでよ。恥ずかしいわね」
男性の隣にいた中年の女性が、たしなめるように言う。
(夫婦で来たのかな)
「あー、だるい。なんで私がこんな所に来ないといけないの?」
ギャルのような見た目をした、高校生くらいの女子が気だるそうに言った。
(こ、こんな所って……)
「将来のためだよ。滅多に来られる場所じゃないんだ。きっといい勉強になる」
同じく高校生くらいの男子が、真面目な顔で答える。
(兄妹には見えないけど……カップルかな?)
その時、待合室の扉が開いた。
「皆様、お待たせいたしました。今からご案内させていただきます」
係員の女性が、柔らかな声で言った。
「よろしくお願いします」
ロイたちは係員の案内で、公開エリアへと進んでいった。
案内された先は、ガラス張りの共用廊下だった。白を基調とした清潔な空間で、床には照明の光が薄く反射している。
「このデータセンターでは、来訪者の方にご覧いただける範囲を限定しております。主に受付ロビー、待機スペース、会議室、共用廊下、カフェテリア、来訪者向けの共用棟が公開エリアとなっております」
係員の説明を聞きながら、ロイは辺りを見回した。
受付ロビー、待機スペース、会議室、共用廊下、カフェテリア。
それ以外の区域には、当然ながら入ることはできない。
(綺麗な場所だな。掃除が行き届いている)
その時、清掃員らしき男女とすれ違った。
二人は清掃用具を乗せたカートを押しながら、廊下の隅を静かに進んでいる。
(あの人たちの頑張りのおかげで、ここで働く人たちは気持ちよく過ごせているんだろうな)
「ロイ、どうしたんだ? 皆、先に行っちゃったぞ」
スティーブの声に、ロイははっとする。
「あ、ごめん。よそ見してた。すぐ行くよ」
ロイはスティーブや他の見学者の後を追いかけた。
ふと、高校生の男女二人が目に入る。
先ほどまで面倒くさそうにしていた女子まで、今はやけに真剣な表情で辺りを見ていた。
(男子はともかく、女子の方はさっきまで面倒くさがっていたのに……)
ロイは少しだけ目を細めた。
二人の視線は、時折、係員の首元に向いているように見えた。
係員の首から下がっている、IDカード。
(気のせいだろうか。二人とも、係員のIDを見ている……?)
しかし、すぐに女子は退屈そうにあくびをした。
ロイは小さく首を振る。
(考えすぎかな)
見学が終わり、ロイたちは待合室で休憩していた。
「ロイ、どうだった?」
「すごく良かった。セキュリティの高さには驚いたけど、想像以上に綺麗な場所だったよ」
「そうだろ?」
スティーブと他愛ない話をしていると、ロイは中年の夫婦が待合室の時計を見ていることに気づいた。
男性は相変わらず少し苛立っている。
一方、女性は何かを待っているかのように、ただじっと時計を見つめていた。
(夫婦そろって時間を気にする性分なのかな)
その時、先ほどの清掃員の男女が再び待合室の前を通りかかった。
二人は一瞬だけ周囲を見回し、何かを小声で話しているように見えた。
(僕の気のせいだろうか。さっきからずっと、こそこそしている気がする)
「どうした、ロイ?」
「あ、いや。何でもないよ」
ロイは微笑んでごまかした。
(きっと気のせいだ。大丈夫)
その時だった。
ロイはふと、廊下の向こうから近づいてくる足音に気づいた。
一人ではない。
複数の足音。
次の瞬間――。
パァン、と乾いた音が響いた。
一瞬、待合室の空気が凍りつく。
そして、次の瞬間、悲鳴が上がった。
「きゃあああっ!」
「今の音、何だ!?」
「銃声だ!」
椅子が倒れ、誰かが出口へ向かって走り出す。
別の誰かは床にしゃがみ込み、震えながら耳を塞いでいた。
(今の音は……銃声?)
ロイの胸の奥が冷たくなる。
(この高度なセキュリティの中で、一体誰が……)
いや、考えている時間はない。
ロイは反射的に駆け出した。
「ロイ、待て!」
スティーブがロイの腕を掴んで呼び止める。
「俺の側を離れるな! 危ないぞ!」
「兄さん、警察を待っている時間はないよ。あれは明らかに銃声だ。誰かが撃たれたかもしれないし、犯人が何人いるかも分からない。おまけに、周りはパニックで他人を気遣う余裕なんてないと思う」
ロイは必死にスティーブを見上げた。
「これ以上被害を出さないためにも、冷静に判断できる人が状況を確認しないと」
スティーブは歯を食いしばるように、大きく息を吐いた。
「……分かった。その代わり、俺も一緒に行く」
ロイは頷いた。
二人が駆け出そうとした、その時だった。
背後から、悲鳴に近い声が上がった。
「おい、どうなってるんだ!」
「扉が開かない!」
視線の先では、自動扉の前に集まった人々が、必死に開閉ボタンを押していた。
しかし、扉は無機質な電子音を鳴らすだけで、ぴくりとも動かない。
「嘘だろ!? 何で開かないんだよ!」
「閉じ込められたの……?」
ロイの背筋に、冷たいものが走った。
(まさか……外に出られないようにされた?)
ロイが引き返そうとした、その時。
「待て、ロイ。俺が行く。お前は先に行ってろ」
スティーブが言った。
「でも――」
「大丈夫だ。俺は出口の様子を確認する。お前は銃声がした方へ行け。ただし、無茶はするな」
ロイは一瞬だけ迷ったが、すぐに頷いた。
「うん。分かった。兄さんも気をつけて」
ロイは再び廊下を駆け出した。
(いったい、何が起きているんだ……)
そして、銃声がした方へ辿り着いた時。
そこにいたのは、大柄な男性だった。
男の手には、黒い拳銃が握られている。
周囲には怯えた職員たちが集められ、誰もが身動きひとつ取れずにいた。
男はゆっくりと銃口を上げる。
「動くな」
低い声だった。
その一言だけで、その場にいた全員の体が凍りつく。
男はロイたちの方を見た。
「今からこの施設は、俺たちが占拠する」
ロイは唇を噛んだ。
嫌な予感は、当たってしまった




