3.甘い香りに潜むもの
思ったよりも早く、パトカーのサイレンが店の前で止まった。
「病院からの一次報告と、現場での簡易検査の結果――被害者ロザンヌさんは、毒物による中毒死の可能性が高いとのことです」
そう報告したのは、サム・ジャップ警部補だった。
「毒は?」
腕を組んだトニー・トレス警部が短く聞く。
「三人が食べていたフィッシュ&チップスから反応が出ました。
ただし、調理過程で混入した形跡は薄いと」
「……後から、誰かが付着させた可能性が高い、か」
警部の視線がテーブルへ落ちる。
「料理は一皿だけ?」
「はい。一つを三人でシェアしていました」
「三人で同じ物を食べたのに、一人だけが死亡……妙だな」
「あの……自殺の可能性はありませんか?」
エリーが口を開いた。
「自殺?」
「ロザンヌ、結婚してうまくやれるか不安だって言ってました。
いわゆるマリッジブルーです」
「え? そんなこと、一度も――」
ジョンが言いかけたところで、ロイが静かに割って入る。
「あの……自殺ではないと思います」
「おい、誰だ。こんな子供を事情聴取の輪に入れたのは」
トレス警部が苛立った声を上げる。
カチン、とロイの中で何かが切れた。
(確かに背は低いかもしれないけど、“こんな”なんて言われる筋合いはない)
「警部、この少年と隣の男性は、事件発生時に店内にいました」
サム警部補がフォローする。
「何? では被害者が倒れる瞬間を?」
「はい」
ロイは少しムッとした表情で言った。
「……で、坊主。さっきの発言はどういう意味だ」
ロイは警部を見上げ、息を整える。
「もし自殺なら、三人で同じ料理を食べて、ロザンヌさんだけが死ぬのは変です。
自分でやるなら、もっと確実に……“自分だけ”に作用する方法を選ぶと思う」
「……」
「これは、最初からロザンヌさん一人を狙った事件です」
その一言で、店内の空気が変わった。
「殺人だとしたら、可能なのはジョンさんかエリーさんだけだな」
スティーブが言う。
「ふざけるな!」
ジョンが声を荒げる。
「俺たちは高校時代からの仲だ。恨まれる覚えもない!
それにロザンヌとは婚約していて、近々結婚する予定だったんだ。
殺す動機なんてない!」
「そうかしら?」
エリーが冷静に言い返す。
「ロザンヌは、結婚生活に不安を抱いていたわ。
あなたが些細なことで怒るから、口喧嘩になることもあったって」
「それで、怒りに任せて殺したって言うのか?」
「確かに喧嘩はあった。でも、愛する人を殺すわけがない!
それに、動機があるのはお前も同じだろ。」
ジョンはエリーを睨みつける。
「俺がお前を振ったこと、根に持ってるんじゃないのか?
それでロザンヌを……」
「別に根に持ってないわよ」
エリーは肩をすくめた。
「あなたと別れて、せいせいしたくらい。
ロザンヌは周りを気遣って、明るく振る舞ってただけよ。
心の中では、ずっとストレスと戦ってた」
二人の口論は激しさを増していく。
(……修羅場だ)
ロイとスティーブは、思わず引いた。
やがて、二人の荷物と簡単な身体検査が行われたが、怪しい物は出てこない。
「……毒はどこから入った?」
トレス警部が苛立ちを隠さない。
「警部さん」
ロイが口を開く。
「被害者の持ち物、もう一度見せてもらえますか?」
「また口出しか。……だが、さっき確認した。何もなかったぞ」
三人の荷物が並べられる。
ジョン、エリー、ロザンヌ。
ロイの視線は、ある一点で止まった。
(……ハンカチ)
――食事の前、エリーが借りた。
――その後、料理が運ばれた。
――ロザンヌは食事中、何度も口元や指先を拭いていた。
(食べ物じゃない。
ロザンヌさんだけが、無意識に何度も触る物……)
さらに思い出す。
――ロザンヌがトイレに行っている間、
エリーは「スマホを落とした」と言った。
(でも……あのスマホ、カバーがついてた。
そんなに簡単に滑るようには見えなかった)
(ジョンさんは机の下を覗いた。
その間、机の上は……エリーさんしか見ていない)
ロイは、静かに息を吐いた。
(……なるほど)
(警察は料理にばかり目を向けてた。
でも本当の“通り道”は、別にあったんだ)
ロイは一歩前に出る。
「警部さん」
トレス警部が不機嫌そうに見る。
「……何だ」
ロイは、はっきりと言った。
「犯人、分かりました」




