2. 見せかけの平穏
ファッジを一口かじり、紅茶を飲む。
ジェームズさんの手伝いをひと段落終えたロイは、本屋の二階にあるジェームズさんの部屋で休憩していた。
「甘いファッジは格別だね。紅茶とよく合うよ」
「ロイ、お疲れ様。休憩中か?」
「……スティーブ兄さん」
声の主は、ロイの家の近所に住む六歳年上の青年、スティーブだった。
小さい頃からの付き合いで、ロイにとっては兄のような存在だ。端正な顔立ちをしており、女性からはよく好意を寄せられる一方、男性からは嫉妬されることも多い。
スティーブはロイの向かいに腰を下ろした。
「ねえ兄さん。もしかして、僕を食事に誘いに来たんじゃない?」
「……どうして分かった?」
「まず、シャツがヨレヨレ。慌てて家を出てきた証拠だね。今日は休みのはずだから、本当は家で過ごす予定だった。でも、どうしても外に出なきゃいけない用事ができた」
ロイはスティーブの胸元に視線を向けた。
「胸ポケットにファミレスの半額チケットが二枚。期限は今日まで。使わないともったいないから、僕を誘いに来た。違う?」
「……すごいな。当たりだよ。期限をすっかり忘れててさ」
スティーブは驚いたように目を見開いた。
「大したことじゃないよ。誰にでも分かることを、推理っぽく言っただけ」
ロイはそう言って謙遜したが、相手の行動を一目で見抜く観察力はやはり非凡だった。
「それにしても、スマホがあるんだから連絡してくれればよかったのに」
「いや、直接誘いたかったんだ」
(兄さんは昔から優しいな……)
急いで身支度を整え、ジェームズさんに断りを入れて、二人は近くのレストランへ向かった。
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店に入ると、すぐ左手のテーブルに案内される。
「僕はローストビーフにする」
「じゃあ俺も同じで」
メニューを決めていると、新しい客が入ってきた。
若い男女三人組――女性が二人、男性が一人。ロイたちの斜め前の席に座る。
「エリー、こっちに座りましょう」
「ええ、いいわよ、ロザンヌ」
奥側からロザンヌ、エリーの順に座り、男性――ジョンがロザンヌの正面に腰を下ろした。
「ジョン、何にする?」
「フィッシュ&チップスがいいな。みんなでシェアしよう」
「私はそれでいいわ。ロザンヌは?」
「うん、私も」
「先にお手洗い行ってくるわね。ロザンヌ、悪いんだけどハンカチ貸してくれる? 家に忘れちゃって」
「いいよ」
ロザンヌからハンカチを受け取り、エリーは席を立った。
しばらくして戻ってくる。
「ありがとう、ロザンヌ」
「どういたしまして」
やがて、一人分のフィッシュ&チップスと紅茶が運ばれてきた。
「いつも通り、塩でいいよな」
ジョンが塩を振る。
「先に食べてて。私もお手洗いに行ってくるから」
今度はロザンヌが席を立った。
その直後、エリーのスマホが手元から滑り落ち、床に転がる。
「ジョン、取ってくれる?」
「ああ」
ジョンが拾い上げ、エリーに渡したところで、ロザンヌが戻ってきた。
三人はフィッシュ&チップスを囲む。
「今日はロザンヌとジョンの結婚祝いよ。私の奢りだから、遠慮しないで」
「ありがとう」
二人は照れくさそうに微笑んだ。
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ロイたちも食事を終え、談笑していた。
「ローストビーフ、美味しかったな。また来よう」
「うん。次も兄さんの奢りでね」
「任せなさい」
スティーブはどこか幼い表情で笑った。
(面倒見がいいのは兄さんの長所だ)
「最近、シャーロック・ホームズを読んでるんだ。観察力と論理で事件を解決するのがすごく面白くて」
「へえ……読んだことないな」
「兄さん、昔は本好きだったのに」
「今は忙しくてな」
(医学生だから勉強で大変なんだろうな……)
その時だった。
向かいの席で、ロザンヌが突然胸を押さえ、苦しみ始めた。
「ロザンヌ!?」
「大丈夫?」
ロザンヌは答えられず、そのままテーブルに倒れ込む。
「スティーブ兄さん、様子がおかしい」
「ジョン! 警察と救急車を呼んで!」
エリーが叫ぶ。
「ああ、分かった!」
ロイとスティーブはロザンヌに駆け寄る。
「どう、兄さん……?」
(兄さんは医学生だ。もしかしたら――)
スティーブはロザンヌの脈を確認し、静かに首を横に振った。
(……そんな。間に合わなかった)
――午後十三時。
ロザンヌの死亡が確認された。




