キオロス島の情報を集めて
次元転移で戻った場所は迷いの森の中だった。
なるべく森の南側の出口に近い所を狙って転移したのだが、周囲の木々からも離れた場所を意識していた為か、木々の少ない森の開けた場所に立っていた。
とにもかくにも、俺はまたしても死を経由して様々な物を得たのだった。
神々の送り込んで来た天使の使っていた異能とでも言うべき、錬金術と神々の力の混合である金属を自在に操る力は、神気を使ってのものだった。──それは人間には行使できないものだったが、光体を駆使すれば、ある程度は似た事ができるだろう。
一度触れた物や、認識した物を自在に操れるようになれば、数々の場面で役立つはずだ。
さらには異界の神にも遭遇した。
「詩神ミト」なる神の語ったところによれば、彼は俺の存在に注目し、以前から見守っていたらしい。
見た目も涼やかな好青年の姿をして現れていたが、あの神が持つ気配は、今まで遭遇してきた上位存在とは異なるものを感じていた。
威圧的なものはないが、底知れぬ秘められた力は、茫漠たる広野のただ中から世界を遠望した気持ちになった。
あんな感覚は初めてで、霊的な肉体で対峙した所為もあるだろうが、今思うと、あの存在ともっと対話をしておけばと思うのだった。
「不思議な神だった」
異なる世界とはどんなものなのだろうか。
彼の神の言葉から察するに、多元的な世界に通ずる神々と繋がり(あるいはそれそのものであり)、あらゆる世界を観測してきた様子だった。
本来は人に干渉しないであろうミトが、俺の死に際して手を貸してくれた事には深く感謝をしなければ。異界の神がこちらの世界の理と抵触し、罰せられるなどといった事はないと思うが、なんらかの危険を冒しているはずだ。
しかもあの神の手引きによって手に入れた物は、神をも殺せる禁忌の武器。その欠片だったのだ。
そのお陰で、あの天使を難なく討ち滅ぼす事ができた。
「この金属を使って神を殺せ」
そのように人間を誑かしたとも言える行為だ。
……そう言えば、神殺しの魔剣は魔神の短剣と融合してしまったのだった。いったいどういう理屈で、そんな現象が起きてしまったのか。
俺は木漏れ日の射す森の中で、黒い魔剣を調べる事にした。
魔法の力を秘めた二つの武器が融合するなど、通常は考えられない事が起きたのだ。そこにはなんらかの起因ともなるものがあるはずだ。
俺は最初その原因を、ラウヴァレアシュの魔眼にあると考えたのだが、その線はまったくの白だった。魔眼が自発的におこなった形跡はなく、さらには俺が無意識に魔眼の力を使った痕跡もなかった。
魔法の短剣も巨人の作り出した金属にも、共通する部分があるのは確かだった。それは物質的な部分と、霊的な部分を含んだ半物質的な側面を持つ物だという事だ。
魔力や霊質を含む金属質の形態という共通点。
特に魔神が作った魔法の短剣には、外部からの魔力に調和するという性質が込められていたようで、どうやらそれを、俺が無意識に発動してしまったらしい。
言うなれば無意識に天使を滅ぼす力を強く求め、それに反応した短剣の力が神殺しの魔剣と結びつき、一体化してしまったようなのだ。
これによって神殺しの魔剣は、魔法の短剣と同様の、魔法の効果を引き上げるといった力をも持つ魔剣となったのだ。
「魔神の短剣を失ったのは痛いが、神殺しの魔剣がさらに強力な武器になったと考えれば、これはこれで良かったのかもしれない」
いずれ鞘も作ろうと心に決め、森を出る行動を開始する。
森の出口はすぐだった。
冷気に包まれた木々の間を抜けて森の南側に出ると、日の光が俺を包んだ。
一瞬、神殿から出て神霊領域に踏み込んだ記憶が蘇り、緊張を感じたが、その光はただの陽光であった。
俺は影の倉庫に神殺しの魔剣をしまい、死王の魔剣を腰帯に下げると、そのまま歩き出す。
どこか禍々しい雰囲気を纏う大振りの黒い剣を手にしているより、こちらの方が目立たないという判断だ。
「ふぅ────」
白い息を空に向かって吐き出す。
ふと、魔神龍の鱗を大量に手に入れたのを思い出した。それで神殺しの魔剣の鞘を作るのもいいだろう。
そう考え、空を見上げながら歩き出す。
晴れた空に白い雲が一筋流れていった。
背後から強い風が吹き、どこかからか粉雪を運んできた。日の光を浴びた雪の中にキラキラとした光が散る。その光の幕間を抜けながら、危険な戦いから生還した自身の運命を想う。
自分で望んだ道とはいえ、なんと過酷な道を選択したのかと。
* * * * *
気づけば上テスカルブトールの街に戻って来ていた。いつの間にか途中にある砦も通り過ぎ、街の中に居た。
まだ夕暮れ前の時間だが、風が強く吹き始めており、寒さが増したように感じられる。
風を避ける為、裏通りを使って使って崖にある階段の方に向かう途中、小さな露店を見つけた。家の壁に接した小さな露店は閉めるところで、店主が慌てた様子で店の骨組みを解体している最中だった。
どうやら店主は狩人らしく、鹿や馴鹿の塩漬け肉や腸詰めを売っていたようだ。
台の上に燻製にされた腸詰めが並べられ、凍てついた空気の中でかちこちに固まっている。
店主の中年男に声をかけると、まだ商売を続ける気持ちはあるようだった。
「腸詰めをもらおうか」
「はいよ」
粗末な麻布で腸詰めを包んだ物を受け取ると、代わりに数枚の銅貨を手渡す。
「風が強まってきた」
「そろそろ『ファーレーフ』が吹くころだからなぁ。この風はその挨拶みたいなもんかもしれねぇ」
「ファーレーフ?」
「この辺りじゃ冬の終わりを告げる吹雪の事を、そう呼ぶんさね。詳しい事は知らんが、雪の精霊が冬の最後に嵐を呼ぶ笛を吹き鳴らして、猛吹雪を起こすと言い伝えられているんさ。そのあとに春がやってくるってわけさぁ」
その言い伝えは聞いた事がなかったが、店主は金を受け取ると、小さな荷車に解体した店を乗せて去って行った。
「嵐が来るって?」
店主の言葉から判断すると、今吹いている風は、嵐の到来を告げる強風であるらしい。
空を流れる雲はかなりの速さで流れている。
「とりあえず早めに崖下に降りるか」
風に押されて崖下に転落死とか、あり得そうで笑えない。
上って来たのとは逆側にある階段の前に来ると、俺は慎重に階段に近づいて下に降りて行った。崖下の街まで戻って来ると、そこは吹きつける風もなく、落ち着いて街の真ん中まで歩いてこられた。
崖から離れた場所では崖の上ほどではなかったが、強い風が街の中を通過してゆく。道を行き交う人々の姿はだんだんと少なくなっていった。
凍てついた風の中を移動するほど、俺も急ぐつもりはない。
大通りを歩いていると戦士ギルドが見えてきた。白と黒の石壁で組まれた特徴的な建物。
「今日はこの街で一泊するか」
そう思い立つと、ギルドで宿屋の場所でも聞こうと考えた。
木製の頑丈な扉を押し開けて中に入ると、暖炉の暖かさが広間を包んでいた。
左右に視線を送り、待合室に数人の人が居るのを見て、それから受付に近づいた。
受付には案内板が表示されていて、その中に「資料室」という物が目に入った。俺は受付嬢から宿屋の場所を聞き出したあとで、その資料室について尋ねてみた。
「それは以前この街を治めていた領主が集めていた、何冊かの書物や歴史的資料などの蔵書です。
閲覧するには赤鉄階級以上である必要があります。……つまり、あなたは閲覧可能です」
「どういった内容の物があるか聞いても?」
すると受付嬢は手際よく引き出しから冊子を取り出して見せた。
その目録を見ると歴史的資料という物の多くは、領地経営に関する過去の書類のようだったが、中には民間伝承を集めた書物などもあるようだ。
その書物と、キオロス島に関する書物の二冊を借りると、ギルドの奥にある個室を貸してくれた。
「ただ、中は寒いですよ」
と受付嬢の言ったとおり、狭い室内には冷たい空気が充満し、氷室にでも入ったかのような気持ちになった。
木製の机と椅子が置かれただけの狭い部屋だ。集中して本を読むにはいい環境だが、体は冷え切ってしまいそうだ。
俺は二冊の書物を机に置くと冷たい椅子に座り、すぐに頁をめくった。
別にこの場で二冊の書物を読破するつもりはない。書物を手に取り、中にさっと目をとおすだけだ。
それだけで無意識と繋がる魔術領域に、手にした書物の写しを獲得できるからだ。時間の流れが遅いあの場所で読書する方が時間の節約にも繋がる。
この場で読むのは、目次から必要と思われる頁に進んで、いくつかの情報を抜き出す事だった。
まず『北方氷原説話集』に目をとおし、封神器と巨人について調べようとした。
これと似たような表題の本を以前に読んだが、著者の名が違う。以前に目をとおした本の著者はインペルリットというユフレスクの史家(歴史家)だった。それは数十年前に書かれた本だったが、この『北方氷原説話集』は数年前に発刊された物らしい。
書物の形になるまでの時間を考えると、おそらく十年近く前に集められた情報が載っていると思われた。
「著者は──ガミジゥク? ジギンネイスの研究者か」
この本の著者は神話や伝承の研究者らしく、キオロス島に何度も渡航して各地の民族と接触したらしい。
この書物に載っているもののいくつかはすでに俺が知っている情報だったが、巨人に関する興味深い歴史について書かれている章を見つけた。
それによると、巨人と人間が接触し、交流を持っていた国があったようだ。彼らは互いの領地を持ち、交流をしていたようだが、氷河を挟んで存在する妖術師の国と対立しており、氷河の東にある妖術師の国と、西にある巨人と人間の国が協力し合い、妖術師の侵略を阻止した、という伝承があるらしい。
現在ではこの氷河の西にあったという人間の国は存在せず、巨人たちがその後どうなったかも分からないようだ。ただ現在でも巨人は存在すると、キオロス島に暮らす人々は考えているようだ。
この書物から分かった事は他にもある。
氷河の近くにも森は存在しているらしい。それも巨大な樹木が立ち並ぶ森林だというのだ。
極寒の地に生える植物は意外にも多種多様であるようだ。
さらに巨人たちの神話にも触れ、彼ら巨人の語った話によると、北の果てには「黄金郷」という楽園がすると信じられているという。
凍てついた山脈の盆地にある、草木の生い茂る緑豊かな場所があるらしい。
そこには神が住んでいるとも言われているとか。──具体的な神の名前は示されていなかったが、この話とは別に、巨人たちの国と関係の深い「氷河の神ウォーデン」について触れ、この神と関連のあるものが黄金郷に眠っているのではないか、と推測していた。
ガミジゥクは黄金郷の伝説と封神器の伝説を結び付け、黄金郷に眠る神が封神器を持っていた可能性を示唆しているが、その結論はいささか空想じみており、その結論を証明するものをなに一つ提示してはいなかった。
それも無理はない。
巨人から聞いたという話も、巨人と交流があった古い時代の伝承が人々の間で広まったものでしかなく、そこには信憑性に欠ける部分が含まれているものだ。




