神殺しの魔剣
新たな形を得た黒い金属。大剣となったそれは俺の手の中で、静かに共鳴音のようなものを響かせていた。剣から力が流れ込み、霊体である俺に力を与えているのを感じる。この剣が肉体を失っている俺の霊的消滅を抑えているのだ。
「まるでこの剣は、意思を持っているみたいだ」
剣が俺に力を与え、神を殺せと呼びかけているかのように。
「巨人の意思か……それはおもしろい考えだね」
詩神ミトは興味深そうに黒い剣を覗き込んでいた。
「この剣は間違いなく『レヴァルダレス』と呼んでもいい力を秘めているね」
「レヴァルダレス?」
「こちらの世界の言葉ではないよ。ある世界の言葉で、こちらで『神殺し』という意味の言葉だ」
「神殺し……」
神殺しの魔剣か。
この剣は巨人と人の合作とでも言える武器だ。
人も巨人も、神に翻弄される定めを持って生まれたのだとすると、この剣は神に反逆する意思を持ち、神に挑まんとする者に力を貸与する魔剣だと言えた。そういう意味では人も巨人も、どちらも同じ目的を持ち得る、兄弟のような存在とも思える。
この魔剣が巨人から人の手に渡ったのは、偶然なのだろうか?
神が巨人や人に与えた「運命」を否定し、斬り裂く力を持った魔剣。
黒い金属が作られた来歴を紐解くと、そこには神の定めた秩序に対し敢然と立ち向かう、神の敵対者としての強烈な意思が潜んでいた。
我らは同胞なのかもしれない。そんな気さえする。
死を与えられ、この領域に追いやられた時には失っていた闘争心が、俺の中に芽吹いてきたのを感じる。
それは強烈な暗示のように心に衝動を呼び起こし、魂に呼びかける強い力を秘めていた。
その時だった。周囲の霞が晴れ始め、上空から日の光とは違う、青白い光や緑色の光が見えてきた。
「おや、ちょうどいい。あっちを見てごらん。おもしろい物が見られるよ」
ミトが指差す方を見ようとすると、一部の上空の様子が見えてきた。
そこには天井があった。
灰色の岩が剥き出しの天井。それは巨大な洞窟の天井を思わせた。
その灰色の岩天井のあちこちに水晶の塊がぶら下がっていて、それが青色や緑色の光を発しているのだ。
恐ろしく高い場所にある天井と繋がっている、大きな塔の様な影があった。
巨大な黒い柱じみたそれは、一直線にそそり立っているのではなく、二本の柱によって支えられているようだった。──いや、その塔に見えた物は、上部で二股に分かれてもいるようだ。……まるで、二本の足と二本の腕を持っているかのように。
「あれは……なんですか?」
それは巨大な彫像を思わせる物だった。
黒い色をした巨岩の塔に見えた物は、天井を支えるような格好をした、巨大な人影に見えた。
あれが巨人だとしたらあり得ない大きさだ。
ついさっき見た巨人の数十倍はある。そんな巨大なものが二本の足で踏ん張り、天井に向かって両の腕を上げているのだ。
「あれは巨人たちの王。だが、王だから巨大だという訳じゃない。あそこまで巨大化しているのは、多くの巨人たちが王の一部となっているからだ。彼ら巨人はその肉体をも変質させて、王に力と、巨人として極限までの大きさを与えた」
「いたいなぜ天井を支えているのでしょう」
「よく見たまえ」
そう促され、俺は遠視を使って巨人の背中を見た。
巨人の王は天井から突き出た大きな黒い岩の塊を背負うような格好をしていた。わずかに前屈みになり、肩に担いだ岩を持ち上げようとしているのだ。
それはまるで天井から突き出た岩を押し返し、天井を突き破ろうとしているかのようだった。
「岩の塊を担いでいるようですが」
「そうだね。あの巨人の王がしようとしているのは、冥府から現実の世界へ繋がる穴を押し開けようとしている姿なんだ」
まさか、俺は呟いた。
いかにこの次元が冥府と物質界の狭間にあるとしても、それを巨人が開けられるものだろうか。
しかし巨人が、この領域に関わる多くの仕事を成し遂げたのだとしたら、物質界に繋がる出口のような物を作り出せるのかもしれない。
天井の灰色の石質と異なる黒色の大岩は、天井から突き出した栓にも見える。地上と繋がる穴を塞ぐ為に突っ込まれた、巨大な岩の塊のように。
途方もなく巨大な人影をよく見ると、その体の上を這い回る、小さなものの姿があった。
視力に集中して力を込めると、巨人の王の体にまとわりついているものの正体が見えてきた。
それはピアネス北西部にある荒れ地にあった石化した樹木から読み取った、遥か昔の記憶の中で見た怪物。──石化の煙を吐き出して蜥蜴亜人を攻撃していた、気味の悪い両生類の姿をした神獣だった。
巨人の王を石化させているのは、あの不気味な獣であるらしい。巨大すぎる巨人王の体のあちこちに、あの神獣が這い回っていた。
ときおり口から煙を吐き出し、巨人の体に煙を浴びせている。
あの不気味な両生類型の怪物は、神からこの領域に送り込まれ、物質界と冥界の狭間で、延々と巨人を石化する仕事をこなしているらしかった。
「巨人の王が外──物質界に出るのを、あの不気味な獣たちが押さえ込んでいる、という訳ですか」
「そのとおり。巨人たちは神々との直接的な戦いの前に世界を滅ぼし、すべての生き物の霊的な力を飲み込んで、冥界ごと次元領域をひっくり返すつもりだったらしい。
よほど神に対し腹に据えかねるものを持っていたようだね」
ミトの説明だけでは詳しい事は分からないが、あらゆる生命の死を利用して、冥界を神々の世界にぶつけるつもりだったらしい。──巨人たちは冥界の神とも敵対していたのだろうか?
この問題をいくら考えても答えは出ず、ミトもその問いに答えるつもりはないようだ。
巨大な影を見上げていると、俺の体が発光を始めた。
「どうやら蘇りの力がきみを引き戻そうとしているようだね」
「詩歌の神ミト。またいずれ、あなたにお会いしたいものです」
「ふふふ、それはどうだろう。私はあくまで観測者だからね。きみの人生に口を挟むつもりはないよ。だが、きみの困難な旅路を想って祈ろう。きみの運命の岐路に、黄昏の女神の幸運あれ!」
俺の霊体がふわりと浮き上がり、視界がぼやけてきた。
白い闇に包まれた俺の意識が肉体に引き戻されるのを感じる。なぜか肉体に戻る時に感じたのは、魂を捕える牢獄に戻される、囚人のように暗い気持ちだった。
肉体の修復が始まるところに戻された俺に、首を折られた痛みが降りかかってきた。痛みはすぐに弱まり、首の骨が修復されるのを感じる。
肉体と霊体が交わろうとする瞬間が、長い時間に思われた。
こちらの剣が届く間合いに、薄ら笑いを浮かべた子供の顔がある。
まるで時間が巻き戻っているかのように、俺の首が元の位置にまで戻ってゆく。
……勝負は俺が動けるようになる、その瞬間に決するだろう。
手にしていた魔神の短剣を手放し、新たな剣である「神殺しの魔剣」を影から取り出そうと集中する。
死によって停止していた時間が動き出す、その一瞬の中で。
ところが予期せぬ事が起きた。
魔神の短剣を手放し、掌の陰になった部分から剣を出現させようとしたのだが、魔神の短剣が神殺しの魔剣と融合する形になって、二つの剣は、一本の剣とまってしまったのだ。
俺はその事についてはこの瞬間は無視し、まずは敵を打ち砕く事にだけ集中した。
手放そうとしていた剣の柄を握りなおし、黒い魔剣を両手で握ると、振り下ろそうとしていた剣を横に薙ぎ払った。
「オォオォッ!!」
腕の力だけで振り抜いた攻撃だったが、天使の液体金属の防御をあっさりと断ち切り、その黒い刃が天使の首筋に吸い込まれていった。
天使の首を刎ねた剣を返しながら切っ先をぐるりと回転させ、斜め後ろに引き戻した刃を天使の胴体に向かって斬り下ろす。首の横から斜めに叩きつけられた刃が、天使の貧弱な体を心臓まで食い破り、奴の不滅の体を青い炎に変えた。
痩せ細った老人の体が青い炎に包まれて燃え上がると、空中にあった子供の口が開いて、何事かを呟いた。
それは古代魔術言語に近いものだったが、俺の知らない言葉も含んでいた為、断片的にしか理解できなかった。
『──永遠、──闘争、──神の怒り』
そんな言葉の断片だけが唯一聞き取れた。
ニヤついた子供の頭部にもやがて青い火がつき、あっと言う間に灰も残さず消え去ってしまった。
天使の肉体は青い火となって消滅し、その力の一部を俺の光体が奪い去った。
だだっ広い神霊領域の草原の中で、俺は立ち尽くした。
神々が送り込んで来た刺客を倒し、その力を簒奪した喜びよりも、一個の人間として、もっとも禁忌とされる行為に手を染めたのだと自覚した瞬間だった。
「やっちまった……」
人間が本能的にもっとも畏れる上位存在の遣いを、手にかけたのだ。
それは危険な賭けに勝利したようなものだった。
あるいは、拭いようのない力の差がある相手を敵に回した時のような、危機感を感じる行為。
ところが俺の口元には、自然と笑みがこぼれていた。
別に笑いたい気持ちなのではない。にもかかわらず俺の口角は、自然と上がってしまう。
「ふ、ふふ、ふふふふふふ……」
腹の底から、抑えきれない感情が沸き上がってくる。
俺を殺す為に遣わされた天使を殺害し、自分の力に変えてやった! その気持ちがだんだんと恐怖の本能を上回り、しくじりを犯した神々に対する侮蔑の感情となって、俺の心に優越感を沸き上がらせた。
「闘争? 神の怒り? おお、恐るべき蒙昧さ! 自ら敷いた法を破り、ちっぽけな人間に返り討ちにされた、哀れな天上の遣いよ! 俺はまだ生きている!!」
勝利の宣言を神霊領域の白々しい空に向かって吠え叫ぶ。
神々がそこから見ている気がした。
俺の罵る声を聴いた所為か、神々は次の手段を打ってきたようだ。神霊領域全体が揺れ、この次元領域が崩壊を始めた。
しかも出口が開かないどころか、俺をこの次元崩壊の中に閉じ込めるつもりでいるようだ。
「だが、それは通じないぜ」
神々は、俺が天上の遣いを撃破し、狂喜していると考えたのだろうが、俺がなんの算段もなく神々を嘲笑したと考えたのだろうか。
「あんたらの悪知恵よりも、俺の方が一枚上手だったようだな」
天使から奪った力を解析していた俺は、そこから読み取ったものを自分の持っている魔法に当て嵌め、この次元領域から脱出する手段をすでに獲得していたのだ。
「さよならだ」
次元転移魔法を使い、俺は崩壊を始めた神霊領域から脱出した。
念のため、「ディムギルス」はレギの世界の魔術師らが使う言葉。




