聖女のやり方と選択
大陸全土を巻き込んだ戦争は幕を下ろし二ヶ月が過ぎた。
ナコトとクルト達魔王には表向きは監禁しているということになってはいるが、実際はアムナリア王の監視下である程度の自由を約束されていた。
それでも、ネクロ皇帝1人は地下の牢に自ら閉じ込もり、長い月日を破壊と虐殺で歩んできた覇道を悔いている。
現在確認出来るだけでも10万人以上の死傷者を出し、人々に深い悲しみを生んでしまった。
この多大な犠牲を生み出す原因を作ったネクロに対し自国の民や各国から死刑を望む声が上がる。
だが、それでもクリスティアとしても死刑というのはなんとか回避できないかと雅やアムナリア王に相談してみるが、2人も良い顔をせずに沈黙してしまう。
一国を治める王がそう簡単に答えを出してしまえば、周囲からは避難の的となり自国に対し不利益をうみかねないからだ。
「どうすれば……ネクロ皇帝の死刑を免れさせることができんるのかな」
元はネクロに憑いていた何者に使役されていただけとは言え、このような話しを民や死んだ者の身内が素直に聞いて許してくれるはずがない。
ネクロの件だけではなく、ヴァナトリアに加担したクルト達の方にも避難の声が上がっていた。
「あ~もう。何から片付けていけばいいのかな」
1人フィール連合国客室で頭を抱え込んでいるクリスティアは深い溜息を吐き出す。
外は暗く星と月の明かりが地上を照らし、静寂が夜を支配している。
すると、扉をノックしアルベールが部屋に入ってきた。
「クリスティアよ、だいぶ疲れているように見えるが、ちゃんと体を休ませているのか?」
「アルベール君……」
初めて自分で作った友達が心配して顔を覗かせてくれたことが嬉しく、表情に少しばかりの活力が宿る。
「ネクロの件か?」
「うん、それとクルトさん達の件。なんとかして死刑だけは免れさせたいんだけど、どうしたらいいのか分からなくて」
「確かにネクロは今までに多くの犠牲を産んだのだ。恨み辛みが募った声も上がるだろう」
アルベールはソファーに腰を降ろし窓の外を眺め、クリスティアもアルベールの隣に座る。
「だが、助けられないわけでもない」
「えっ!?」
「強引な手ではあるがクリスティア。貴殿の力が得られればの話だがな」
彼らを助けられる策があるというのなら、クリスティアはどのような事でも協力しようと、勢いあまってアルベールとの距離を縮め顔を近づけさせる。
そのクリスティアの反応に少し驚き身を軽く引き苦笑しつつ、その策をゆっくりと語り始めた。
「うん、私にできる事ならなんでもするよ!」
一語一句聞き漏らしのいように意識をアルベールに向け、深く頷く。
「ある程度の批判がクリスティアに向くやもしれぬぞ?」
「それでも、誰かの命を助けられるなら、私は構いません」
流石は聖女なのだろうか。誰かの為に自身が罵倒され汚されようとも構わないというのは両親の育て方の恩恵か、それとも彼女の持って生まれた性格のものだろうか。どちらにしても彼女の覚悟は本物だとアルベールの翡翠色の瞳には映った。
「ふむ、わかった。まず貴殿は現在中央教会を治める聖女という身分になった」
聖王ヘブリドを討ち、新たな王となったベリアント司祭から再び国を導いてくれと頭を下げられたのを思い返す。
その身勝手な願いにもクリスティアは父と母に代わり民を守っていけるのならと了承したのだ。
中央教会は現在復興中で各国の大工や騎士、民を有志で集め、瓦礫の撤去や建造物の修復が進められていた。
その数250万にも及び、日々ものすごい勢いで国は新たなる国へと生まれ変わって言っていた。
「うん、これからは私がみんなを守らなくちゃいけないんだけど。それと何か関係があるの?」
「ふむ、これが大いにあるのだ。中央教会とは以前より大陸に対して大きな発言権がある。これを利用せずに何を利用するのだ」
アルベールが言いたい事を理解したクリスティアだが直ぐに表情を曇らせる。
発言力があるのは代々聖王であり、聖女というのは国のお飾りに過ぎなかった。
「でも発言権は……」
「聖王にしかないのだろう? それは百も承知だ。そしてそれは今までのやり方だ。そして此処で我ら魔王の出番だ」
「アルベール君達の出番?」
「そうだ。クリスティアがまずこの戦争で功績を上げた我とエリーザ、シラー、アズデイルを中央教会に雇い入れるのだ。そうすれば、聖女の発言に誰が文句を言えようか」
「それって!?」
アルベールの言葉の意味を理解したクリスティアは驚きに声が上ずってしまう。
だが、そんなことをしたら周囲の国からは反感を買うのは必至。
「魔王という強大な力を得たんだ。聖女の言葉を誰も虫は出来ないだろう?」
それは他国にたいして脅しをかけるという事になり、同時に今までのヴァナトリアと同じように周囲の国からは警戒されるだろう。
「言ったであろう、少々強引な手段ではあると。そして残りの魔王をも引き込み万全の状態でクリスティアが自身がどうしたい、どうありたいという思いを乗せ民に語りかけるのだ」
「私がどうありたい?」
「うむ。先程も言ったが聖王が国を導いていたのは今までのやり方だ。これからはクリスティアのやり方で国を導くのだ。だからこそ、その思いを民に訴え理解しうてもらうのだよ」
「私は……」
「まだ猶予はある。ゆっくりと考えていけば良い。願わくば人間と魔族が共存できる世界を我は望む」
アルベールは席を立つ。
「そうだ。後ちゃんと睡眠と食事はとるのだぞ?」
「ありがとう、アルベール君。私のやり方を探してみるね!」
「うむ、おやすみ」
「おやすみなさい」
アルベールは扉を開けるのではなく、そのまますり抜けて出て行った。
「……あはは、やっぱりあれは慣れないかな。ちょっと怖いかも」
怖い話しが苦手なクリスティアからしたら、あの幽霊のような行動は心臓に負担をかけてしまう。
最初に見たときは思わず泣き叫んで衛士が駆けつけてきたこともあったのを思い出す。
「私のやり方か……」
ロウソクの火を消しベッドに潜り込む。
普段あまり睡眠を取っていなかったクリスティアを直ぐに睡魔が襲い、意識は微睡みの中に引き込まれる。
その頃アムナリア王は自室に1人の魔王を呼び、酒と言葉を交わしていた。
「君たちはこれからどうするつもりなんだ?」
今後の彼等の行動。それは一国の王として聞いておかねばならない事だった。
対面に腰掛けワインに口を付ける中性的な容姿の魔王は細く笑い喉に流す。
「俺は……俺達はアルベールやエリーザに負けたからね。彼等に従うつもりだ。なにやらアルベールが今面白そうな事をしようとしてるみたいだしね」
「面白そうな事……とは?」
訝しい表情を浮かべるアムナリア王を可笑しそうに笑うクルト。このゆったりと流れる時間を2人はかれこれ3時間も語り合っていた。
そう3時間も語り合っているにもかかわらず、目の前にいるクルトという魔王が読めない。
「内緒だ。言ってしまったら当日のお前の驚きを奪ってしまう事になるからな。ふふふ、1週間後が楽しみだよ」
「ははは、意地の悪い女性だな。そうか、何か面白いことが起きるのであれば楽しみに待たせてもらうとしよう。それにしても本当に
未来が見えているのか?」
完全にお手上げとなったアムナリアは酒の時間を楽しむべく、少々からかうつもりでクルトの未来創造について触れてみる。
「なんだったら、試してみようか?」
クルトは懐から懐中時計を取り出しアムナリアに手渡し、ソレを受け取ったアムナリアは懐中時計をくまなく視線を這わせ、何かが仕掛けられていないか確認する。
「普通の懐中時計だよ」
「失敬そのようだね。というよりこれは中々の値打ちものじゃないのか?」
繊細に人の手で蓋に彫り込まれた模様はそこら辺の市場で売っているような安物とは一線を画していた。
「2分13秒後に若いメイドがフルーツの盛り合わせを持ってくるよ」
「ほぅ、ではせっかくですし何か賭け事でもしませんかな?」
何事にも賭け事があったほうがゲームはより一層に興奮を与えてくれる。
それをクルトは了承し、部屋全体に視線を巡らせて目に付いた1つのモノを提示する。
「構わんぞ。そうだな俺は……よし、じゃあ俺が勝ったら俺の妻になってくれなんてどうだ?」
普段の威厳に満るアアムナリア王の姿は何処へ、酒に程よく酔い気分が高ぶっているのだろうか、魔王相手に突拍子もない事を言い放つ。
だが、それもクルトの未来視でみた通りにことが運んでいる。
「ふふ、お前は俺が欲しいのか?」
「ああ、クルト殿に惚れた。それに俺には妻子がいないからな。クルト殿のような容姿端麗な奥さんがいたら周囲の奴に自慢が出来るだろ?」
「ははは、それで俺を口説いているのか? まぁ構わないよ。後35秒だ」
時を刻み、予言した未来までの時間が迫る毎にアムナリアはだんだん落ち着きがなくなりソワソワとし始めていた。
それほど彼にとって家庭が持てるかもしれないという期待が強いのだろう。
だが、この賭けは元から決まった運命を結末としているのでアムナリアに1%の勝利も無い。
「時間だ」
クルトが告げると同時に部屋をノックし若いメイドがフルーツの盛り合わせをもって現れた。
「くそ、俺の負けか。でも中々に楽しかった」
メイドなんのことかと首をかしげつつフルーツをクルトとアムナリアが挟む机に置き、扉の前で一礼をし退室する。
「よし賭けは掛けだ持っていけ」
アムナリアはふらつく足で暖炉の上に飾ってある小さな赤色の宝石が散りばめられた腕輪を取りクルトへ差し出す。
「俺の腕には小さすぎて合わないから飾っていたんだが。うんクルト殿なら良く似合いそうだ」
「これは因果創神器だね」
「……」
その腕輪が因果創神器だと聞きアムナリア王の表情は固まる。
「え……なんとおっしゃいました?」
「これは因果創神器だって言ったんだ」
「オホン……その、クルト殿やっぱり別のものと交換しませんか?」
「嫌だ」
「その~」
「ダメ、これはもう俺のものだ」
「……」
「……」
沈黙と沈黙、意思の強い瞳と伏せられた瞳、悔しそうな口元と嬉しそうな口元。
最期に大きく溜息を吐き出し、ドカっとソファーに深く腰掛ける。
「はっはっは、仕方ないな賭けは掛けだ持って行ってくれ。最後にそれがどういう物か教えてくれないか?」
「う~ん、残念だが俺もこの因果創神器は見たことがないし俺の知っている知識に全く当てはまらないが、何か強い力だけは感じるな」
「……」
ふと視線を上げると、アムナリア王はとうとう酔いつぶれ眠りについてしまっていた。
その姿をみてクルトは苦笑し席を立つ。
「これが大陸に名を馳せた獅子王の姿か。まるで子供みたいじゃないか……さて、そろそろお暇するかな」
アムナリアの脇を抜けようとした所で、先程のアムナリアの悔しそうな顔と言葉を思い出す。
俺が勝ったら俺の妻になってくれ。
クルト殿のような容姿端麗な奥さんがいたら周囲の奴に自慢できるだろ?
何故か頭からその言葉が離れず立ち止まる。
「はぁ……俺なんかよりもっと良い奥さんと巡り会えるさ。安心しろ絶対の預言者が言うんだから間違いない」
眠りこけるアムナリエの顔を両の手で軽く固定し、勇ましい言葉を紡ぐその口元にクルトは自身の唇を重ね合わせる。
クルトにとって初めての接吻という味は胸が少々切なくなる味だった。
「俺に惚れるなんて酔狂なやつがいたもんだな」
ゆっくりと口惜しさを残しつつも唇を離し、ベッドの上のシーツをアムナリアに掛け静かに部屋を退室する。
次回はまおうとネクロの処遇についてクリスティアとアルベールが動きます。
次の投稿は4月25日になります。




