深蒼の魔術師とヴァナトリア王女、氷と熱
術式による轟音。鉄同士を打ち合う音。叫ぶ声。馬の嘶き。地上は今、戦火という交響曲を奏で戦死者の魂は天に捧げられていた。
ヴァナトリア連合軍とフィール連合軍は正面からぶつかり合い、激闘を繰り広げていた。
ほとんどが膠着状態となり前進もなく後退も無い状況で、軍馬に跨り、朱色の甲冑に身を纏った中年の騎士率いる騎兵50は縦横無尽に地を駆け、
障害となる因子を屠り、仲間の援護に回り、軍全体の体勢を立て直していた。
その朱色の甲冑を纏った騎士こそ、かつて大陸に名を知らしめた現フィール連合国盟主アムナリア・フィールであった。
「ロベリアの魔術師はいったん後退し、部隊の編成を済ませた後また後方より術式の支援を頼む。クロノーウェルの者共は敵に囲まれた真日帝国の援護。フィール兵はこのまま前進し敵を追い立てろッ!!」
そのままアムナリアは馬上にて多くの傷が勲章と誇り高き大剣を天に掲げ歩兵と騎兵を率いて後退し始めるヴァナトリア連合軍を追い立てる。
アムナリアに続く兵は声高らかに地を走る。
背を向け後退する敵の隙間から薄い水色の髪を持つ少女が現れる。右側の前髪は癖が強いのかクルンと内巻きになり少々特殊な髪型をしていた。
だが、アムナリアが注視したのは髪以上に少女の宿す瞳だった。
両の双眸は熟した蒲萄より深く硝子玉のように透き通った紫色をし、眼前に広がる光景をただ映しているというような、背に悪寒が奔る思いをアムナリアは感じ、第6感に従い追従する兵を手で静止させる。
その、底知れぬ恐怖感に身体中の毛穴が開いたような不快感に額からは冷たい汗が伝落ちた。
「お主、名を何という?」
「……」
少女は静かに紫の瞳を向け小首を傾げる。
「言葉が通じぬのか? もう一度問う、お主の名は何というのだ」
今度は少々口調を強め大きな声で問いを投げた。
「ナコト・ヨグ・ヴァナトリア」
「そうか、俺はフィール連合国盟主アムナリア・フィール。そなたを敵国の将とみなし、その首落とさせてもらう」
大剣を構え好機を伺っていると、上空より何かがアムナリアの隣に音もなく落下し、立ち上がる。
「雅殿?」
「少々お待ち頂きたいアムナリア王、この戦い私に譲ってはいただけませんか?」
「なぜだ?」
「何やらあの少女からは良からぬ気配を感じます。多分……いいえ、ほぼ確実に彼女は魔術師の類でしょう。であれば、剣の世界しか知らぬアムナリア王より、術式の世界を知る私のほうが良いかと思いますが?」
「はぁ……致し方ない。久しぶりに強者と対峙出来たと思ったのだが、同盟国の女王様にここまで言われては任せる他ないか」
「かたじけない」
「雅殿、生きられよ」
「お任せ下さい!!」
そこで一瞬だけ見せた笑顔はこの戦場に不釣り合いな年相応の少女の物で、アムナリアはその端正な顔立ちで向けられた笑顔に心打たれつつも、馬の角度を変え、未だ苦戦を強いられている同盟国の下へ駆けていく。
「ではアムナリア王に代わり、真日帝国皇帝上月雅がお相手いたします」
「そう、じゃあ早いところ始めましょ」
周囲には邪魔者は存在せず、二人だけの空間となる。
雅は術式展開の為に自身の内部に干渉する。
「世界を照らすは典麗の日、その神を焼き尽くす炎に身を焦がせば約束の楽園へ、そして神は動き出した━━━━カスティエリア フューラ(失われし天性の刻印)」
術式の発動に対応し雅の両の黒い瞳は蒼色となる。
「蒼い瞳……」
展開した術式に意識を向けることなく、ナコトはただじっと雅の変色した瞳を食い入るように見つめる。
「驚きましたか? 実は私にもこの瞳のことがよく分からないんです。魔力を少しでも使うとこのように眼が蒼くなってしまって」
「噂には聞いていたけど初めて見た。これが深蒼の魔術師と言われる所以なんだ」
そこで、一度だけ雅から視線を外し視界を少し上へ向ける。大空には丸く紅い太陽が浮かび上がり、光は地上に降り注ぎ、ナコトを覆い尽くす。
「この太陽の放つ光は神々を屠る灼熱の業火。人の身である貴女が受ければ骨すら残らないでしょう。これまでの悪行を悔いながらお眠りなさい」
光が爆ぜ、大地からは焦げ臭さが立ち込める。だが、その場にナコトの姿もあった。
「馬鹿なっ!?」
傷1つどころか、衣服すら焦げていないという状況に雅は無意識のうちに一歩足を後退させた。
「これが神を焼き尽くす太陽?」
抑揚なく喋る少女に不気味さを覚える。
「真日帝国もたいしたこと無いんだね。さようなら、もう終わりにしようか、まだ私にはお父様からの仕事が残ってるから」
今度はナコトが自身の魔力を呼びかける。
「雷神の怒りを受けよ、俗物なる魂━━━━ライズン ヴォルケニット(雷神の拳擊)」
大陸で一般に使われている雷の術式ではなかった。
黒雲が大空を飲み干し、低く唸るように黒雲に響く雷鳴。
周囲で争っていた兵士たちも怪しげな雲に争いを止める。
「降れ神の雷」
次々と黒雲から稲光が発生し、地面を抉っていく。
それは無差別に自軍敵軍問わずに振り下ろされる雷神の拳。大規模な死傷者を生み、両軍は陣形を崩し逃げ慌てふためくが、それを許すことなく
雷が射抜く。
威力等の総合的な面で見れば雷を使役する魔王には及ばないが、この術式の最大の効果は広範囲の射程距離。
人間を屠るのに無駄な威力など必要ない。ただ、落雷に打ち抜かれればいいだけなのだ。
その雷の矛先は雅にも向けられ、天より雷が落ちる。
「……」
無言で腰に携えた太刀を引き抜き天に掲げる。
「?」
吸い込まれるように雷は剣に吸収され鳴動する。
「得たり、雷神の力」
青白く発光する剣は歓喜に打ち震えるように未だ鳴動している。
「因果創神器?」
「どうでしょうね。ある方からの頂き物なのですが、私にはこれがよくわかりません」
「そう」
感情を感じさせぬ少女は短く答え、瞳を伏せる。
「水は人と深く密接にあり、乾きを潤す一滴の水は救済だが、世界を飲み込む災厄の水を私は求める━━━━ウォル リーア バルスト(神の意思により人間は洗い流された)」
これも大陸で使われていない術式であった。
「私も攻勢に出ます!!」
雅は嫌な予感に地を掛け迫る雷を避けつつ距離を詰める。小刻みに震える太刀を握り直しその切っ先をナコトに向けて。
「……」
ナコトの足元から描かれ広がる魔方陣を踏み、宙を移動するかのように飛び、華奢なナコトの身体に剣を深々と差し込む。
「づッ……」
ようやく人間らしい表情と声をあげるナコトに雅は剣の柄から手を離し、ナコトを力強く抱きしめる。
だが、これは抱擁なんかではない。
「これ以上多くの犠牲者を出させる前に、貴女を止めますッ!!」
今一度神々を焼き尽くす紅蓮の太陽を雅の保有する全魔力を持って展開し、光はより一層強く、より熱く二人を包み込んでいった。
その頃、ヴァナトリア城の回廊を歩んでいくアルベール達は目の前の光景に呆れ返っていた。
「おやおや、重厚な扉が溶けちゃっているじゃありませんか、全くしょうのない人……いや魔王だ」
アズデイルがなにやら楽しそうに溶けた扉をまじまじと眺め、その奥の部屋に鎮座する巨大な鎧騎士へ言葉を向ける。
「アルベール、わかっているとは思いますが今回は私が戦わせてもらいますよ」
「ああ、だが無理はするな」
「ふふふ、無理をしなかったら勝てませんし、死んでしまうかもしれません。なにせ格上の相手なんですからね」
アズデイルは振り返りアルベールやシン達に微笑みを向ける。
「あなたがた人間も、まぁ死なない程度には頑張ってください」
初めてアズデイルが人間に対して心配するような言葉を投げかけた事にアルベールは口元を綻ばせる。
「ヘル殿、クルト殿から聞いていますよね。挑戦する者だけ残り、それ以外の者は先に進めてもいいという事を」
「あ……あ」
それにアズデイルは満足げに頷く。
「ではアルベールと人間諸君、後はよろしく頼みましたよ」
アズデイルとヘルの側面を歩き後方の、また溶けてしまった扉を抜ける。
「ふっ……氷精の王よ、貴様も死ぬなよ」
「おや? 私だけ通り名で読んでくれるんですね」
「たまたま、被っただけだぜ」
「そうですか……まぁ、邪魔ですので早く行ってください」
アルベール達はこれ以上言葉をかけることも振り返ることもせずに回廊の奥に消えていった。
「さてさて、以前の続きでもしましょうか。煉獄の鎧騎士グランド・ヘル」
「お前……は、何の、為に……戦、う」
「理由ですか? それはもちろん全てはエリーザの為ですよ」
満面の笑みを浮かべ恍惚とし恋をした者の瞳を虚空に向け身振り手振りでその愛情を表現する。
「女……俺も、昔……人間だ、った頃……いた」
「う~ん、貴方の言葉は少々聞きづらいんですよね。えっと昔貴方が人間だった頃に好きな女性がいたということですか?」
鎧の首元が微かに首肯する。
「人間だった頃? えっ、貴方昔人間だったんですか!?」
「そう、だ……かつ、て人と……して生を……うけ、騎士として……戦い、そし、て死ん……だ」
ヘルの意外な過去にアズデイルの開いた口が塞がらず、呆然と立ち尽くしていた。
「聞いて……い、るのか?」
「えっ? えぇ、もちろん。というより、言葉なんかもう必要ないでしょう。さっさと終わりにしましょうよ……ね?」
急激に室内の温度が冷え、いたる所に霜ができる。
「温もり無き氷結の世界、命の祝福を認めぬ無常の理━━━━ライフ ホリゾント(霜の地平線)」
地面を壁を一面が氷りつき、冷気が漂う極氷の世界が形成された。
「紅蓮 燃焼 灰 終焉 無 ━━━━ホミュラー アルミュリウス(焔纏いし鎧)」
自身の身を数千数万度という灼熱の鎧に変え、触れるもの全てを溶解する。
そんなヘルの周囲に形成された氷は蒸気をあげ水になる過程を飛ばし蒸発してしまった。
時間とともに体温を急激に上げていき、やがては部屋の氷の半分以上を溶かしてしまい、アズデイルはそれでも余裕を崩すことなく、周囲に視線を向け打開策を講じる。
「アズデイル……お、前の……女、死んだ」
「はぁ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまい集中力を欠いてしまった。
お久しぶりです!!
風邪がなんとか落ち着いてきたかなと思い、なんとか書けました。
戦闘が中途半端ですね(汗)
次回はアズデイルとヘルの続きと後半でアルベール視点となりますので、よろしくお願いします。




