邪竜と救いなき断罪者、黒炎に刃は煌めいて
アルベール達は長い回廊を歩きようやく次なる扉にたどり着く。
「この扉は他と作りが異なりますね、それに、この奥から感じる力の派動……奥に待ち受けるのはきっと」
「うん、そうだね。この扉の奥には第五魔王リリアンがいるね」
2人の魔王は表情を曇らせながら扉を見つめる。空気は緊張に凍りつき扉を開けることに躊躇ってしまう。
この奥にいるリリアンという魔王は自身の興味によって行動を起こす気まぐれな性格をしていて、ある意味では人間嫌い一点を貫くシオンより何をしでかすか分からない存在だった。
彼女の気分で仲間すら躊躇いなく殺すことができる冷酷さ。そして、戦闘時に発する抜き身の刃と表現をしたほうが的確な雰囲気はシオンを凌駕していた。
「黒き邪竜の乙女よ、いったいこの奥にいるリリアンという魔王はどのような人物なんだ?」
シンの質問にエリーザは難しそうな顔をし深く考えて返ってきた答えは。
「わかんない」
「どうしてだ?」
「う~ん、それはリリアの全てが読めないんだ。今何を考えているか何をしたいとか。全く読めない掴みどころのない女性だって事しか分からない」
「だが……」
エリーザの言葉に付け加えるようにアルベールが続ける。
「リリアン・ストリオス、彼女は我等魔王の中で唯一術式を扱えぬ身で序列第5位に座する事が出来ているのは、彼女が持つ因果創神器のお陰といってもいいだろう。その力は次元すら切り裂き、魔力を糧に断罪の刃を放つ
その強大な代物こそが彼女の強みだ」
エリーザとアズデイルは以前その大鎌の力を見せつけられ、目の前でシラーの腕を切り落とすされた映像が脳裏に蘇る。
「皆にお願いがあるんだ。今回の戦いは私にやらせて欲しい、ちゃんとリリアンと言葉を交わして説得させたい」
エリーザの言葉にアズデイルは困惑の表所を浮かべる。
「待ってください、一人で戦わなくても皆で立ち向かえば」
「それはやっちゃダメだよ。相手は一人づつ部屋で待機してるんだよ。それを複数で挑むなんて真似私には出来ない」
「ですが……」
何とか言ってくれとアズデイルはアルベールに視線を送るが、アルベールはエリーザと眼を合わせ頷く。
「だが、相手はリリアンだ……」
「アルベールの言いたいことは分かってる。でもシラーもその事を覚悟して一人で挑んだんだよ。私もそれくらいの覚悟を持って来てる。だから、お願い」
「わかった……エリーザ貴公を信じる。だが、死ぬな」
「うん!」
「アルベール!!」
「アズデイルよ、貴公のエリーザに寄せる想いは理解しているつもりだ。だが、これはエリーザの決めたことだ。我らは信じて先に行くべきだろう」
「クッ……」
不安という気持ちに押しつぶされそうになりながらも、アズデイルは愛する少女を信じるのだと心より何度も自分に言い聞かせる。
出来れば危険な真似はして欲しくない。
純心だからこそ、戦場などという無粋で血生臭い場所とは無縁であってほしいと常に願っていた。それでも、彼女は戦場に身を置こうとする。仲間をもう一度家族のように温かい居場所を作る為に。
だから、アズデイルは選択する。
最愛の少女の言葉を信じ先に進むのだと。
「分かりました。では、ここはお任せしますよエリーザ」
「ありがとうアズデイル」
エリーザはその扉に手を掛け一気に押し開く。
室内は先程のようなステンドグラスが張り巡らされた煌びやかな部屋ではなく。何もない、ただ広いだけの部屋の中心でイスに腰掛ける一人の美女。
艶やかな髪に垂れ気味の瞳。しなやかな指は彼女に相応しくないほど大きく生命を刈り取る禍々しい大鎌の刃を撫でていた。
「ふふ、いらっしゃい。扉越しに会話は聞こえてたんだけど、私の相手はエリーザちゃんでいいのかな~?」
「そうだよ、この前みたいにはならないからね」
「あらら、じゃあお姉さん期待しちゃっていいのかな?」
「もちろん。ねぇリリアン」
問われリリアンは妖艶な笑みを浮かべながらも大鎌を弄びながら、小首を傾げる。
「なにかな?」
「わたしが勝ったら、何でも私の言うこと聞いてくれる?」
「賭け事? いいわよ。私に勝てれば……ね。じゃあ、これからは私とエリーザちゃんの舞台だから邪魔な人達には先に行ってもらおうかしら」
リリアンは席を立ち、早く立ち去ってくれというように道を譲る。
「おいおい、後ろからバッサリ切られねぇだろうな?」
「フッ……怯えているのか、聖なる乙女を守護せし騎士グレイ」
「べっ別にビビってないけどよぉ、そんなこと言うならシンお前が先に行けよ」
「俺は……そのあれだ、お前等の背中を守る役割があるから、安心して行くんだッ!」
「いやいやいやいや、待て待て」
「置いていくぞ」
二人のやりとりに痺れを切らしたジークリートが一番に歩を進め、リリアンを抜け扉にたどり着く。
「……」
「……」
置いていかれた二人は顔を見合わせ頷く。
「「待ってくれよ~」」
リリアンの隣を抜ける時だけ歩を速める。
残ったアルベールとアズデイルはリリアンと視線を交えていた。
「さぁ、貴方たちも早く行ったらどうかしら?」
「ふむ、そうだな。行くぞアズデイル」
「えぇ」
アズデイルは途中で歩を止め振り返る。
その視線はエリーザに向けられ、親指を立てる。それにエリーザも満面の笑みで親指を立て答える。
「約束ですよエリーザ」
それだけ言い残し、皆扉の向こうへ消えていった。固く閉じられた扉に名残惜しさを感じつつも、今は目の前に立ちふさがる強敵に集中し、魔力を全身に行き届かせ、エリーザは正面に向かって駆ける。大鎌は重量もあり一回の攻撃を躱された時、次の攻撃に転ずるまでに少しの時間が空く。
つまり、その僅かな時間を上手く使えば能力の無い彼女にはどうすることも出来ない。
「あらあら、真っ直ぐ猪みたいに突っ込んでくるとは思わなかったな〜」
大鎌を身体の右側のおもいっきり引き横に薙ぐのだろう。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
腹から声を絞り出し死に近づくという恐怖を掻き消し、刹那の避けるタイミングを逃さぬよう全身に集中力を高めていく。
「ただ突っ込んでくるだけ? なら期待はずれね」
大鎌が光を反射させ煌めいた。
風を切る音が聞こえた瞬間に身体を丸め前転の要領で寸前回避に成功する。
「今だッ!!」
身体を丸めた状態からバネのように伸ばした勢いに任せてリリアンの腹部に蹴りを放つ。
だが、確かに捉えたはずだった。
エリーザは距離を計算し蹴りを放ったのだが、眼前には彼女の姿は無く、いつ移動したのかエリーザの右側にリリアンはいた。
「ふふふ、ちょっと遅いな~」
既に振り上げられた大鎌が縦一直線に振り下ろされる。
もはや急な事だったため完全な回避は不可能。
「なら……」
鮮血が噴水のように室内に振り撒く。
そして宙を舞う細身の白い腕。
「ふぅ〜ん、自身の右腕を代償に避けたんだ。ふふ、凄い事するねエリーザちゃん」
エリーザの血に濡れた大鎌を回旋させ付着した血を払う。
あのままでは、エリーザの胴体は切断され死に至っていた。手を地面に衝き関節をバネの要領で身体を逸らし、伸ばしきった腕はそのまま大鎌に切断されてしまったのだ。
上腕部中央から止まる事なく流れ続ける血液が自身の死ぬまでの制限時間のように思えた。
「グッ! ハァ……ハァ」
痛みと出血で視界が歪む。全身が軽くなるような錯覚に震えながらも立ち上がる。
だが膝が震え思うように立てない。
それを見かねたリリアンが腕を拾いエリーザの元に近づいてくる。
目の前にはエリーザの腕を持ったリリアンが何をするのかと思いきや、切断された腕を切断面に合わせ何かを呟くと切断された腕は付着し自由が効いた。
失われた血も生成されたのか身体に力が戻り意識も覚醒していた。
「リリアンどうして?」
不信感を抱きながら敵である自分を助けた魔王を見上げる。
「ふふふ、だって〜こんなので死なれたんじゃつまらないじゃない? 貴方の見え透いた愚策で終わりにしたくないの。美しい姿をした貴女(邪竜)を殺してこそ快楽に酔えるというもの」
仲間意識や善意で治したのではなく、自身の都合で治したのだ。
「へへへ、なんかその狂気じみた所シオンに似てない?」
「ふふ、確かにそうかも。でも実力ではシオンより私のほうが上よ」
互いに冷たく笑いながら距離をとる。
「リリアンの美しい姿が灰になっても文句言わないでね」
「え~どうしようかな。じゃあ、そのかわりにエリーザちゃんがひき肉になっても文句は言わないでくださいね、ふふ」
「えぇ〜どうしよっかなぁ」
「あらあら」
最早これより先に言葉は無用の領域と化す、故にお互いに殺意を膨らませ一気に叩きつけるのみ。
「古より宇宙を支配せし太古の邪龍よ地上を焦土に化す祝福を与えよ━━━━ジャルエール ベイリッド(邪竜の祝福)」
瞬時に詠唱を唱え自身の姿を邪竜に転身させる、宙を回旋させながらリリアンに向かい漆黒の炎を漏らす。
邪竜という巨体はリリアンにとって狩り易い獲物でしかないが、この力が無ければただの魔族。
魔王といっても所詮は馬鹿の一つ覚えのような同じ術式を常に使い、戦場に挑む事しかできない。
部屋の上部で回旋しながら地上に立つリリアンを観察する。
「エリーザ。困った事があるんだけど、私飽きちゃった」
「リリアン、飽きるのはまだ早いよ。前回はシラー達がいたから本気出せなかっただけなんだからねッ!」
大きく開かれた口に魔力を集中させ黒炎を形成させる。それを地上目掛け逃げる場所すら与えぬように部屋全体へと吐き出す。
放たれた黒煙は地面に接すると四方に広がり即座に黒い炎で室内が満たされる。
酸素は急激に燃焼され、その身が人間であればすでに骨を残さずに消し去り消滅していただろう。だが、黒煙の中で揺らぐ一人の人間と同じ姿をした陽炎が視認された。
「あらあら、この炎熱そうね。流石はエリーザちゃん強いね~」
リリアンの周囲の空間は歪んでいた。それはシオンの有する無限回廊と似ているが、それよりは単純な歪み。
これは、熱による蜃気楼ではなく彼女の持つ大鎌リッタール・ヴァイン(女神の大鎌)により、空間の結合を断ち炎の熱も彼女の周囲には到達できなかったのだ。
「ふふふ、この大鎌すごいでしょ?シオンはこの大鎌を大層嫌っていたわよ。彼の能力とこの大鎌は相性が悪いものね」
「へぇ〜……だったらその大鎌私がほしいな。それがあればシオンに馬鹿にされなくて済みそうだし」
「ゴメンネ、これはあげられないよ」
龍の口を不敵に歪め空間の歪みに向かい黒炎を浴びせる。
それでも彼女の周囲は隔離さえれているため炎は届かない。
リリアンは歪みの中心にいる。エリーザの攻撃も歪みに阻まれるなら向こうの攻撃も此方には届かないはずだと考える。
そう、彼女が攻撃してくる瞬間にはその歪みが邪魔になる。どんな形であれ攻撃するときは歪みを修正しなければならない。その隙をつく事が出来れば勝機はあるのだが、彼女もそこまで甘くない、その弱点は何かしらによって克服されているはず。
「ふふふ、流石にこの中に篭っているのも退屈ですわね。エリーザちゃんの足りない脳で考えてもこの結界は打ち砕けないと思うよ〜」
「よっ……余計なお世話よッ!」
怒り任せに尾で空間の歪みを何度か薙ぐがリリアンの周囲の空間をすり抜けてしまう。
「あ~もうッ! どうして当たらないのッ!?」
宙を回旋し対策を考えるがやはり思いつかない。
「あらあら、眉間に皺を寄せてると老けちゃうわよ、ふふ……」
先程からエリーザを挑発しそれに安々と乗っかってしまうエリーザにリリアンはクスクスと笑う。
「ふふ、ならこうして戦ってあげるわ」
リリアンの周囲に展開する歪みを修復させ、完全なる防御を捨てた。
「どういうつもりなの?」
「ただただ隠れてるのもつまらないし、エリーザちゃんの相手も飽きちゃったからそろそろ殺そうかな~って思ったの」
エリーザは好機とみて無防備なリリアンに高密度の黒炎を放つ、酸素を食いつぶし威力を増す炎はあっという間にリリアンを包み込み地上を黒い炎が支配している。
「意外と生温い炎なのね……グランドの方が熱いわよ」
「ムゥ……あんな規格外の熱と比べないでよッ!!」
地上の炎は渦を巻き鋭利に輝く大鎌に吸収されていく。
「あッ……」
思い出した、以前仲間割れをした時に彼女はシラーの雷をことごとく吸収しそれをエネルギーに変換し断罪の刃として飛ばした光景が脳裏をすぎた。
「ふふ、思い出した?けど……もう遅いわね」
三日月のような刃は気味の悪い紫色の輝きを放ち大部屋を満たす。
「さ・よ・う・な・ら」
大鎌をエリーザに向かい振るうと紫色の刃が振動し震えながらエリーザに向かって放たれる、それを消滅させようと黒炎を放つが、その炎を両断吸収しより一層大きくそしてより鋭利な刃となる。
断罪の刃がエリーザの身体を撫でるかのように滑り通り過ぎる。
「………」
一拍置いてから龍の身体は腹部から切断され、飛行能力を失った身体は重力に任せ地面に向かい墜落し、大部屋が揺れ埃が舞う。
エリーザの転身能力が解かれ人の姿に戻るが、その姿は目も当てられぬような凄惨としたものだった。
上半身と下半身のちょうど中間くらいで切断され、断面からは彼女の赤く濡れた臓器がはみ出し上半身は微弱な痙攣を起こしていた。
エリーザの瞳孔は大きく開かれ冷や汗と過呼吸が彼女の今できる全て。
「ふふふふふ、もう死んじゃうのねエリーザちゃん。どう死ぬ気分は?」
薄れゆく意識の中、彼女はただただ自身の体から流れ出す血液を眺め最期に自身を見下ろし微笑み駆ける聖女のような悪魔を視界に映し、エリーザの身体は生命活動を止めた。
「………」
「もう死んじゃったの? あっけないわね第8魔王エリーザ・ブリュイヒテール」
リリアンは大鎌を振りかぶり、リリアンの首にそっと撫でるように振り下ろす。
なんとか間に合いました。
次回は人間同士の戦場でアムナリア王と雅視点で書いていきますのでよろしくお願いします。




