造り出された神、魔術を創りだす者
目の前で鎖に繋がれた人ならざる者へ触れ、その男は妖艶に微笑んでいた。
「凄いだろう? これはかつて人間であったモノなんだよ。獣や魔族が持つ臓器や皮膚、魔力を掛け合わせ、完成させた大いなる産物。そうだな……神人とでも名付けようか」
半裸の上半身は確実に人間の物だが、背からは鴉の両翼を更に大きくしたような物が生え、下半身は大きな獅子のような四足獣の姿。
これが、人間であったもの。それは、人の踏み入ってはならない領域。
このような産物を生み出す技術は大陸中探してもこの魔術国家と言われるロベリアくらいであろう。
「兄さんは死んだはずじゃ……」
シルアの声にようやく男は客人であるエリーザ達に向き直る。
「ようこそ、我が研究所へ。ただ、出来れば外の連中みたいに馬鹿な考えは起こさないでもらいたいものだがね」
男は丁寧なお辞儀を一つ。
「兄さん!!」
シルアの感情が篭った訴えに、男は妖艶な微笑みではなく、家族や愛しい存在に向ける微笑みに変わる。
「久しいねシルア。三年ぶり……くらいか。女の子の成長は早いものだね。一層綺麗になったんじゃないか?」
美しく育った妹の姿に満足したように頷く。
シルアはそんな兄を前に、言いたいことは山のようにあるだろう。だが、何から話していいのか分からない。昔のように言葉を紡げばいいのに、心臓は高鳴り口は乾き、言葉を発することが出来ない。
そんな妹の様子に男は可笑しそうに笑う。
「ふふ、久しぶりの再会で緊張してるのかな? でも、安心したまえ。シルア、キミはその美しさを私の研究によって一層美しく、人間の上位の存在へと生まれ変わるのだからね」
「えっ……」
兄の言葉の意味を理解出来ず、短く言葉が漏れる。
「おや、嬉しくないのかな。キミは私のように強くなりたいのだろう? 女性のだれもが望む永遠に朽ちることのない美が欲しいだろ? それを私が叶えてあげるんだ。この子のようにね」
再度鎖で拘束された異形の存在を愛おしそうに撫でる。
「シルアちゃん、貴女のお兄さんちょっとヤバくない?」
「兄さん……」
エリーザに袖を引かれるが、シルアは呆然と兄と異形の存在を見比べていた。
「人間、獣、魔族はそれぞれ秀でた部分があります。人は脆弱である故に考え、新た何かを生み出す力があり、獣は生きるため身体能力と感覚に優れ、魔族はその膨大にして純粋な魔力を有します。もし、アレがその優れた部分を結集した存在だとしたら、それは確かに人の上位……いえ、生物にとっての新たな形態。つまり神といってもいいのかもしれませんね」
「上位の神だと? 馬鹿馬鹿しいぜ、どうみても単なる廃品じゃねぇか」
感嘆と侮蔑の声を上げる二人の魔王に男は静かに向き直る。
「失礼、まだ名乗っていませんでしたね。私はルベア・フェバリエルといいます。貴男方は妹のご友人でしょうか?」
「そうだよ、私達はシルアちゃんの友達なんだ」
エリーザは一歩前に進み、シルアを背後に庇う。先程のルベアの言葉はシルアをも実験体にしようとしていることから、彼女を……友人を守る為に。
「ちょっと! アズデイルもシラーも命の恩人が変な実験体にされようとしてんのに、ボサッとしないでよ」
「いや、別に私たちの恩返しは鉱物を探すことですし……この件は関係な」
「なくないッ!!」
アズデイルの言葉を遮り、エリーザは背後の仲間に振り返る事無く怒声をあげる。
「ハッ、おもしろいじゃねぇか。人間を守るってのもよ。まるで、アルベールにでもなった気分だぜ!」
シラーは愉快そうに口元を歪ませ、同じようにシルアを背後に庇うように立つ。
「エリーザ、シラー……まったく仕方ないですね。あくまで私はエリーザに従うだけで、別に貴女を助けたいわけじゃ……その、まぁ生命を助けて貰った事は感謝しますよ」
最後の言葉はシルアにだけ聞こえる程度で呟き、戸惑いを見せている彼女にちゃんと伝わっているかは分からない。
「はぁ、あまり兄妹の事に首を突っ込んで欲しくないのですけどね。仕方ありません。貴方たちには彼らの相手をしていだきますかね」
ルベアが指を鳴らすと、それを合図のように、エリーザ、アズデイル、シラーの足元に鈍色に発光する魔方陣が展開する。
「これは、私が作り上げた転移の術式です。まぁ、欠点と言えば近場にしか飛ばせないのですけどね」
「しまった! シルアちゃん直ぐに戻ってくるから、それまで頑張ってよ。死んだら許さないからね」
鈍色はより一層強く発行し三人を包み込み消失してしまう。残ったのはシルアとルベアの兄妹二人となる。
「エリーザ達を何処にやったの!?」
「なに、心配する必要はないよ。ちょっと別の部屋に移動して貰っただけだよ。彼らの魔力量や質は上等な物だね、もしや彼等は魔王ではないのかな?」
「そうよ、訳あって今は共にしてるだけ」
「じゃあ、友達ではないんだね?」
「……」
エリーザはシルアの事を友人だと言った。だが、それは一時的なもの。手伝いが終われば、三人は自身から去ってしまう。もう二度と合うことはないのかもしれない。それを友人だと言えるのだろうか。
シルアには判断が付かず答えを導くことができない。
それでも、昨日の夜エリーザと部屋で過ごした時間は楽しかったと感じる。毎日毎日研究に追われ友人という存在がいなかったルシアにとって、昨日だけは確かに友人であった。
「無言は肯定を意味する。さて、雑談は一度ここまでにして、私の大いなる実験を遂行するには、済まないが一度死んでもらわなければならないんだ。生から死に置き換わったその瞬間に、肉体を新たなる領域へ仕立て、純粋な魂を再度取り込ませる。生きた状態では魂が術式に耐えられない可能性があるからね」
無邪気に笑う目の前の存在。これはかつて、自分が追い求めた兄の姿ではない。
これは、もう壊れてしまっている。どうして戦場で死んだことにされ、このような場所でこのような研究を行っているのかは分からない。だがそれは自身には関係の無い事だと言い聞かせる。
脳裏にはエリーザの先ほどの死んではいけない、直ぐに戻ってくるという言葉が繰り返される。
それは、友へ向けた言葉。
まだ付き合って日は浅いが、エリーザという少女は純粋で素直な子だと理解している。
そんな子が発した言葉は本心そのものだろう。
「ふふ」
唐突に笑いがこみ上げてきた。久しく笑ったことが無かったシルアは喉を鳴らす。
「どうしたのだ?」
「いえ、兄さん。私は兄さんの言う研究に興味は全くありませんし、兄さんの趣味趣向に付き合わされるのもご免ですので、その醜悪な化け物諸共その理想打ち砕かせてもらいます」
答えは出た。
「そうか……仕方ないね。でも、私の研究を壊されるわけにはいかないんだよ」
「お互いの意見が分かれたなら、取るべき道は一つですよ兄さん」
「そうだね、私は無理矢理にでもキミを上位の存在へと進化させ、新たに得た力でロベリアを潰さなくてはいけないのでね」
ロベリアを潰すという言葉が引っかかったが、今はそれどころではなく自身を巡る魔力に意識を向ける。
「ロベリア王国第四魔術騎士団序列一位シルア・フェバリエル。国家反逆の意思アリとみてこの場でルベアを断罪します」
「第四魔術騎士団……そうか、キミは魔術の発展に携わっているんだね。第四は既存の魔術にアレンジを加え、国に貢献する部隊か、キミに相応しいかもしれないね」
「言葉は無用です」
「元ではあるが、私も名乗っておこう。ロベリア王国第0魔術騎士団序列第一位ルベア・フェバリエル。我が意思の妨げとなる者を排除する」
第0魔術騎士団。魔術王と呼ばれる国王の専属部隊。主な任務は因果創神器の研究、新たなる魔術の生産。戦場での最終兵器。
魔術王が直々にテストを行い、無事に合格した者だけが配属される部隊。
「解き放て、束縛」
異形の化物を蝕んでいた鎖は音を立てて弾ける。
身の自由に大気が震え上がるほどの咆哮をあげ、両の瞳が獲物であるルシアに捉える。
「まず、神人を倒してみなさい。これくらい倒せぬようでは私を殺すことなど不可能なのだよ。第四魔術騎士団序列第一位のお手なみ拝見と行こうか」
神人は獅子の俊敏さを生かした動き不規則に地を駆けルシアを攪乱させる。
「速いっ!」
獅子の足は地を蹴り、その口からは何かを呟いているようだが、よく聞こえないがおそらく、術式の展開だろう。シルアはまず防御を固めようと術式を展開する。
「我が身守護せし大地の巨人よ、さらなる恩恵を授けよ━━━━ダリア ヴァン(巨人の鎧)」
大陸で一般的に使用される防御術式より、更なる防御力を求めたロベリアが産生した術式の一つ。
淡い光がシルアの身に纏う。
咆哮をあげながら距離を詰めてくる神人は両手を前に突き出し、魔法陣を展開する。
放たれるはロベリアで産生された術式の一つで、膨大な逆巻く炎が竜を形作りその巨大な大口を開け、シルアに襲いかかる。
「炎の竜擊……なら、我が乾きを潤わせ天上の雫、我が涙は枯れ果てた━━━━ウォル ティアル(全てを流し込む純水)」
襲い来る炎龍に対して、展開した魔法陣から不純物の無い純水が勢いよく放出され、炎龍は火力を弱めて消える。勢いを衰えさせることなく、水流は地を駆ける神人を飲み込み押し流し、壁と水圧に押しつぶされる神人は苦しそうな悲鳴を上げる。
「その怒りは地上に落とされし神々が与えた神罰なり━━━━ライズル ディーヴァ(神罰の雷鳴)」
左手で展開している魔方陣から放たれる水流に雷を纏った右手を沈める。
水流を雷が流れていき神人の身体を大きく跳ねさせる。
「術式の二重展開、流石は私の妹だね。まさか、このような芸当が出来ようとは思ってもいなかったよ」
濡れた身体に雷が貫き感電する神人には目もくれず、見た目ではなく魔術師としても成長していた妹に称賛の声をあげる。
「まだよ! 凍てつけ真冬の夜、やがて意識は氷夢に捕われる━━━━キュアラ テレクファクション(氷の監獄)」
右手に纏う雷の術式を解除し、新たに冷気を漏れ出す手を未だ放出させる水流に飲み込ませると、水は氷点の域にまで温度は下がり、ガラスを割るような音と共に放出される水は凍らされていき、壁に押し付けられ痙攣する神人すらも瞬時に凍らせ、動きを止める。
「これで止めです。地とは大いなる父であり、命の芽吹く祭壇であり、返る棺である━━━━グラッド クリアード(全ては地に還れ)」
凍り付いている神人の周囲の大地が津波のように盛り上がっては神人を膨大な質量押しつぶし、全身が凍りつき収縮性を失くした筋肉や血管、骨などを砕き潰す鈍い音が聞こえ、やがては静寂と同時に、バラバラに砕け散った肉塊が地面に散乱する。
「キミが今使った術式は見たことがないのだけど。ルシア、キミが作り上げたものなのかな?」
「えぇ、そうよ。私が改良に改良を加えて作り上げた術式によって兄さん自慢の神は死に絶えたわ」
短時間に膨大な魔力を消失し、シルアの身は疲労で満たされている。
「正直、ここまでやるとは思わなかった。シルアに私の自慢の産物を壊されるとはね」
先程まで優雅に構えていた兄ルベアは次は自分が相手をする番だとシルアの対面に立ちふさがる。
本当の恐怖はこれからだというのはシルア自身がよく分かっていた。
魔術国家が誇る最強の魔術師はどこか楽しそうに口元を歪める。
「さぁ、次は私の番だ。私の実験の成果を崩してくれた事に礼をせねばならないからね」
魔力量、術式展開速度、知識、戦場での立ち回り方。
どれもがルベアに劣っているのは理解している。だが、それが何だというのか。大きな存在を超えるには、まず立ち向かわなければ越すことなど叶わぬのだ。
互いに交差する視線、少しの動きも見落とさぬように相手を注視する。
次回は、飛ばされたエリーザ達の視点で書いていきます。




