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現場到達確認欄は、王宮指定立会人の署名だけでは有効にできません

王宮書記は、紙を胸の前で持ったまま黙った。


『現場到達確認欄は、王宮指定立会人の署名があるものに限り有効』


赤い文は、きれいに整っていた。誰が見ても、王宮の責任者が来て、見て、署名するのが正しい手順だと分かる。


けれど小竈の上では、ミラの夜薬が細く泡を立てていた。


「立会人の署名は、要ります」


リディアは、先にそう言った。


書記の眉が少し上がる。


「では、指定の立会人が到着するまで」


「ただし、署名は現場へ来た責任を後で追うためのものです。現場へ届いた薬や灯りを、その人が来るまで止めるための蓋ではありません」


リディアは紙の下に、青い線を一本引いた。


『指定立会人署名――後日照合・責任追跡用』

『署名未着時――本人発声、現場証言、到達物で仮有効』


書記は息を呑んだ。


「仮有効、ですか」


「はい。無効ではありません。あとで照合するまで、生活を止めないための仮有効です」


ニアが薪箱を抱えていた。細薪は二本。夜明けまでの火には、ぎりぎり足りる。


「指定立会人の方は、今どこにいますか」


リディアが尋ねると、書記は書類をめくった。


「王宮厨房本帳室です。雨で馬車が遅れていますが、半刻ほどで」


小竈の湯気が、半刻を待てる白さではなかった。


リディアは、薬椀を見た。ミラの喉は、冷めた薬ではむせる。ニアの薪は、王宮立会人の目の前で燃えるためにあるのではない。


「では、ニア。あなたが見たことを言ってください」


ニアは小さく頷いた。


「細薪二本。夜薬一椀。今入れます。湯気が消える前に、ミラさんのところへ持っていきます」


リディアはその声を『本人発声』へ書き、薬椀の縁についた白い輪を『現場到達』へ写した。さらに、テッサに声をかける。


「包帯棚の前から見えますか」


「見えます。薬椀の湯気も、ニアの手も」


「補助証言欄へ」


書記は、ペンを持ったまま迷った。


「王宮指定立会人の署名がない欄を、私が有効と書けば」


「有効と書かなくていいのです。『署名未着。現場到達仮有効。後日照合待ち』と書いてください。王宮の責任を消さないためにも、その方が正確です」


書記の肩が、少しだけ落ちた。逃げ道を見つけた人の息だった。


「後日照合待ち、なら」


その一行が入る前に、ニアは薬椀を運んだ。ミラは椀を両手で受け、むせずに一口飲んだ。


「届きました」


テッサが言った。


リディアは、ミラの空きかけた椀の底ではなく、喉の音を聞いてから書いた。


『夜薬現場到達。指定立会人署名未着。本人発声・補助証言により仮有効。後日照合まで閉鎖不可』


次は、カイルの帰宅灯だった。


外の雨は強くなっている。西三つ角の灯りが一本消えれば、帰り道は荷車の轍で足を取られる。


「俺の灯りも、立会人待ちか」


カイルが苦く笑った。


リディアは首を振る。


「帰宅灯は、帰る前に点いて初めて現場到達です。帰った後に立会人が来ても、足元は照らせません」


彼女は灯油小瓶をカイルに渡した。カイルは自分の名を言い、戸口のノラがそれを聞き、書記が小さく記録する。


『帰宅灯一本。本人発声あり。戸口証言あり。点灯後、後日照合』


雨の向こうで、西三つ角の灯りが二つになった。


エダの賃金袋も、同じ欄へ戻した。


「宿の扉が閉まる時刻までに、本人の手へ届いたこと。これも現場到達です」


エダは袋を受け取り、銅貨の数を声に出した。ノラが聞き、書記が書く。王宮指定立会人の署名はまだない。だが、エダの寝床は今夜閉じられずに済んだ。


最後に、メイが母の匙を差し出した。


「これは、だれが見たら届いたことになりますか」


「匙が、使う鍋の横に戻ること。あなたが閉鎖順に入れない理由を言えること。ミラの粥の量を間違えないこと」


リディアは匙を小竈の横の青紐内へ戻した。


『母の匙。現場到達仮有効。指定立会人署名は後日照合。閉鎖順編入不可』


王宮書記は、ようやく赤い紙を索引用の束へ移した。


「立会人署名は、なくてもよいのではなく」


「来たら、何を見たかを署名してもらいます。来られなかった時間に、誰の薬が冷め、誰の灯りが消え、誰の賃金が閉じそうだったかも、同じ欄に書いてもらいます」


「……それは、立会人の責任が重くなります」


「現場へ来る署名ですから」


小竈の湯気は残り、外の灯りは消えず、エダの袋は本人の手にあった。メイの匙は、閉鎖順の束ではなく、今夜使う鍋の横にあった。


その時、書記が立会人名簿をめくった。


「おかしい」


指が、一行で止まる。


『王宮指定立会人、現場到達済み。署名予定者――旧台所係リディア・ヴェルナー』


リディアは、まだ濡れていないその署名欄を見た。小竈の湯気が、いま本当にここで起きた到達だけを白く示している。


「私は、私の知らない到達を、立ち会ったことにはできません」

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