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返却文言番号は、本人未読を読了済みにする定型句ではありません

王宮書記局の返却処理係は、定型句二十七の控えを、まるで鍋の蓋を置くような手つきで机にのせた。


「返却処理で滞った欄には、よく使う文言です。旧台所係本人読了済みとして返却処理。本人が席にいない場合でも、所管名が分かれば帳簿を先へ進められます」


紙の上では、きれいな言葉だった。


本人。

読了。

返却処理。


どれも、生活を守るためにあるはずの言葉だ。


リディアは、その三つをすぐには否定しなかった。


「では、順番に読みます」


青い保留札を一枚、定型句二十七の番号の下へ差し込む。


「旧台所係とは、誰のことですか。本人とは、どの人ですか。読了とは、何を読んだことですか。返却処理とは、何が、どこへ、誰の手まで戻ったことですか」


返却処理係が眉を寄せた。


「書式上は、対象名義が旧台所係リディア・ヴェルナーで、返却簿を読んだ扱いにするものです」


「扱いでは、薬薪は燃えません」


リディアは、リーナの薬袋を定型句の横へ置いた。


「この文言を押すと、リーナさんの今夜分の加温薪は、私が読んで認めた支給不要欄へ移りますか」


リーナが小さく首を振る。


「まだ、受け取っていません。わたしの手荒れ薬は、今夜も温めないと効きません」


リディアは、薬袋の札に書き足した。


定型句二十七による本人読了済みへ転用不可。

今夜分の加温薪は、本人別確認まで支給待ち。


次に、カイルの西三つ角灯油札を置く。


「この文言を押すと、カイルさんの帰宅灯は、帰路確認済みとして消えますか」


カイルは、灯油札の端を指で押さえた。


「鍵箱は戻しました。でも、西三つ角の灯りが消えていい確認は、まだしていません。次番に道を渡すまで、俺の帰り道は終わっていません」


リディアは二行目を書く。


定型句二十七は、本人帰着確認の代わりにならない。

西三つ角の灯油は、鍵箱返却と次番引継ぎまで点灯継続。


最後に、エダの賃金袋を机の中央へ戻した。


赤い相殺線は、まだ紙に残っている。


「この文言を押すと、エダさんの未受領賃金は、私が読んで処理済みにしたことになりますか」


返却処理係の目が、初めて紙から離れた。


「そこまでは、書式の担当外です」


「担当外なら、担当外と書いてください。担当外のまま、生活だけ動かさないでください」


エダは、賃金袋の紐に自分の指をかけた。


「本人手渡し待ち、と書けますか。わたしの名で」


「書けます」


リディアは、袋札の空いているところへ場所を作った。


エダ・南倉臨時夜番、本人手渡し待ち。

返却文言による支払い済み転記不可。


三つの札が並ぶと、定型句二十七はもう、きれいな一文ではなかった。


薬を温める薪。

帰るための灯り。

本人に届く賃金袋。

そして、リディア自身の読んでいない名。


それらの上を通って初めて、この文言は生活へ触れる。


セレスティアが、返却処理係へ紙を向けた。


「返却処理係の確認範囲を限定します」


彼女は硬い字で記した。


定型句二十七は、文書所在および返却簿の整理補助に限る。

本人読了済み、生活影響承認済み、支給不要、消灯可、支払い済みへの転用を認めない。

生活影響明細未添付の定型句は、本人未到達の保護欄を埋めない。


返却処理係は、しばらく黙っていた。


「……私たちは、早く片づけるために使っていました」


「早く片づいた紙の下で、遅れた薬と、暗くなる角と、届かない賃金が残ります」


リディアは定型句を破らなかった。


破れば、誰がこの言葉を用意し、誰の生活を畳もうとしたのかも消えてしまう。


だから、番号の横に青い線を引く。


返却文言番号二十七、生活影響明細なし。

使用時は、薬薪・帰宅灯・賃金・本人読了欄を別紙で確認すること。


リーナが薬袋を胸に戻した。


「じゃあ、わたしの薬は、まだ待っていていいんですね」


「待っているのではありません。届くまで、閉じないでいるんです」


カイルが灯油札を取り、エダが賃金袋の紐を結び直す。


三人が自分の札に触れたとき、定型句の一文は、少しだけ軽くなった。


人の代わりに読んだふりをする文ではなく、誰がまだ読めていないかを示す番号になったからだ。


そのとき、書記官の一人が、控え束の底をめくった。


「監督官殿。定型句二十七の下に、添付指示があります」


セレスティアの指が止まる。


リディアも、青札を持つ手を止めた。


そこには、別の番号があった。


補完命令番号四。

生活影響明細は、後日添付可。


リディアは、まだ定型句二十七を閉じなかった。


後日でよいとされたものほど、今夜の薬と灯りと賃金を先に奪うからだ。

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