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原本確認済みは、私の火が晩餐会へ届いた印ではありません

「晩餐会主火補助確認者、リディア・ヴェルナー。母の料理帳、原本確認済み」


王宮厨房準備室の書記が読み上げた紙は、まだインクの匂いが新しかった。


署名欄の右端には、父エルンストの伯爵家印がある。けれど、私の字はない。母が雨の日の粥の分量を書いたあの曲がった癖もない。ただ、私の名だけが、きれいな罫線の中へ置かれていた。


「リディア様、原本をご確認済みとのことですので、主火補助の確認も――」


「止めてください」


私は北門施療院の小竈から持ってきた火箸を、紙の横へ置いた。火箸の先には、ミラの夕薬用に温めた湯気の匂いがまだ残っている。


「原本を見ることと、晩餐会の火が届いたことは別です」


書記の指が、紙の上で止まった。


「原本確認とは、母の料理帳が母の字で書かれているか、差し替えられていないかを見る手順です。誰が火を見るか、どの鍋が使われるか、誰の椀へ届くかを保証する欄ではありません」


母の料理帳は、王宮の赤い布の上に置かれていた。


父の家で見た時より、ずっと丁寧に扱われている。けれど、丁寧に置かれたものほど、何に使われるのかを確かめなければならない。料理帳は勲章ではない。火を入れる順、湯を冷ます時間、薬粥を飲む人の喉の弱さを忘れないための紙だ。


「この三行目を見てください」


私は帳面を開き、母の字で書かれた『雨の日は火を強くしない。急ぐ人ほど、椀の底を見てから次を作る』という行を指した。


「母は、火を強くする許可ではなく、椀の底を見る手順を書いています。これを原本確認済みにしたなら、まず確認すべきなのは、晩餐会の主火ではなく、誰の椀の底を見るのかです」


王宮厨房の若い火守りが、思わず自分の手袋を見た。その手袋は祝典用の白ではなく、焦げ跡の残る灰色だった。


「あなたの名は?」


「カロと申します」


「カロさん。あなたは今日、その大鍋の火を何時まで見ますか」


「昼過ぎから、夜半までと……言われています」


「その間、北門の小竈から移される薪を使うと言われましたか」


カロは小さく息をのみ、準備室の責任者を見た。答えは返ってこない。


私はそこで初めて、火箸を紙から離した。責めるためではない。誰の手が、どの火を見ているのかを紙の上へ戻すためだ。


セレスティア監督官が、私の横で静かにうなずいた。彼女は新しい紙を一枚出し、上にこう書いた。


――生活影響明細。主火補助確認者名義を使用する場合。


「では、確認対象を分けましょう」


私は一行目に指を置いた。


「一、母の料理帳原本。確認者、未署名。二、晩餐会主火。使用する竈、未記載。三、火を見る手。本人名、未記載。四、その火で食べる人。椀の到達先、未記載。五、北門施療院の小竈、薪、浅鍋、湯冷まし壺を奪わない確認。未記載」


読み上げるたび、書記の顔色が悪くなった。


「ですが、伯爵家ではお父上が――」


「父は、私の喉で返事をしていません」


言いながら、私はマリベルの欄も見た。


妹の名前は、私の名の二行上にあった。『晩餐会主火担当名義、マリベル・ヴェルナー』。その横にも、本人読了印はない。


彼女が得意げに名乗ったのか、父に置かれたのか、まだここでは決めない。決めてしまえば簡単だ。けれど簡単な紙ほど、人を火のそばへ立たせる。


「マリベルの欄も同じです。本人読了なし。火を見る手順未確認。だから、私の欄だけを閉じることもできません。姉妹のどちらかの名を、読まないまま火の鍵にしないでください」


セレスティア監督官は、マリベルの名の横にも青い小さな点を置いた。


準備室の空気が変わった。ざわめきではない。誰かが、紙のきれいな線の下に、火傷する指を見つけてしまった時の沈黙だった。


その言葉を口にした瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。怒りではない。北門で夜番のカイルが、朝粥の椀を両手で受け取ったときの熱に似ていた。


私は他人の名を、読んでいない欄へ置かせないと決めた。なら、私の名も同じだ。


「リディア・ヴェルナー本人未署名。原本確認の範囲未特定。晩餐会主火到達確認未了。北門火到達条件、未解除」


私はその四行を、青い保留印の横へ書いた。


セレスティア監督官が、紙を王宮厨房側の責任者へ差し出す。


「この明細が添付されるまで、リディア殿の名義は主火補助確認者として使用できません。原本確認済みという言葉だけで、人と火を運ばないように」


準備室の奥で、晩餐会用の大鍋が鳴った。けれど私の耳には、北門の小さな音のほうが先に届く。


ノラが湯冷まし壺の温度を見ている。


テッサが浅鍋を拭き、包帯を三枚、煮沸湯へ沈めている。


ペルが薪の残りを数え、ミラの夕薬前の湯を一椀分だけ火から下ろしている。


私の名前がここで閉じられなかったから、あの火は今夜も北門に残る。


「原本は母の料理帳です。でも、その火が誰の晩へ届くかは、父の印では決まりません」


私は火箸を持ち直した。


「私が確認するのは、晩餐会の名誉ではなく、椀が空になるところまでです」


そのとき、封筒の底からもう一枚、薄い紙が滑り落ちた。


そこには父の字で、こう書かれていた。


――北門施療院火守り手順、晩餐会当日限り王宮厨房へ移管。確認者、リディア・ヴェルナー。


私の名を借りるだけでは足りず、今度は手順そのものを持ち出すつもりらしい。


私は青い保留印を乾かしながら、次の欄に線を引いた。


「では、手順の行き先も、誰の椀から消えるのかを書いていただきます」

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