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北門小竈は、昼の火が届くまで返送済みにできません

王宮使者が読み上げた別紙には、きれいな字でこう書かれていた。


北門小竈、昼刻より王宮厨房へ返送。


私は返送箱の蓋を閉じなかった。小竈の灰はまだ温かい。浅鍋の縁には、ミラが朝粥を食べたあとに残った米粒が一つだけ乾かずに残っていた。


「朝粥は到達扱いになりました」


使者は言った。


「よって、小竈は王宮備品として回収します」


「朝と昼は、同じ到達ではありません」


私は母の料理帳の余白へ、昼の欄を引いた。


「北門小竈は、昼の火が届くまで返送済みにできません」


ノラが湯冷まし壺を抱え、テッサが浅鍋を洗い、ペルが火ばさみを小竈の右釘へ戻す。誰も大きなことはしていない。けれど、その小さな順番が崩れれば、昼の薬も包帯も夜番明けの腹も、きれいな字の中で消える。


「昼に必要な火を、先に確認します」


一つ目は、ミラの昼薬前の半椀。


朝、空椀になったからといって、昼の薬が楽になるわけではない。ミラは枕に頬をつけて眠っていたが、薬の時間が近づくと、指先が少し冷えていた。


「お腹が空きすぎると、薬が苦いの」


小さな声だった。


私は浅鍋に粥を半椀分だけ戻した。ノラが湯冷まし壺からぬるい湯を一さじ足す。テッサが焦げを取り、ペルが火を強くしすぎないよう火ばさみの先を灰へ入れた。


「熱すぎません。薄すぎません」


私は匙を唇に当ててから、ミラへ渡す。


ミラは半分だけ食べた。むせなかった。薬を飲む前に、眉間のしわが少しほどけた。


私は昼欄へ書く。


ミラ。昼薬前半椀。むせなし。熱戻し一回。小竈使用あり。


「これは朝粥の残りではありません。昼薬のための火です」


使者は返送箱を持つ手を止めた。


二つ目は、包帯を替える湯だった。


施療院の奥で、老婦人リサが腕を抱えて待っている。冷えた包帯を剥がすと、傷より先に体がこわばる人だ。大鍋で湯を沸かせば早い。けれど大鍋は晩餐会用に持ち出され、北門に残ったのは小竈と浅鍋だけだった。


「厨房具一式は返送対象です」


使者が言う。


「包帯は厨房具ではありません」


「はい。だから、包帯を煮る火が別欄で必要です」


テッサが浅鍋へ包帯を三枚沈めた。沸き立たせすぎると布が硬くなる。弱すぎれば、リサの腕へ冷たい布を戻すことになる。


ペルは右釘から火ばさみを外さず、灰を寄せる角度だけを変えた。


「ここを外すと、次に誰が火を見るかわからなくなります」


「では、それも書きます」


私は二つ目の欄へ記した。


包帯三枚。替え待ち二名。湯温維持。火守り確認、ペル。浅鍋、返送不可。


リサの腕へ温かい包帯が戻る。彼女は小さく息を吐いた。


「今日は、痛くないねえ」


それだけで、返送済みという字は少し薄くなった。


三つ目は、夜勤明けの粥だった。


門番ノアが連れてきた若い夜番のカイルは、明け方から水だけで立っていた。王宮の紙では、夜番は交代済みになっている。けれど、帰る前に一椀食べなければ、午後の見回りで足が震える。


「夜番の食事まで、王宮備品で面倒を見る義務はありません」


「義務ではなく、返送条件です」


私は返送箱の横に、母の料理帳を置いた。


「小竈が王宮厨房へ戻るなら、ここで火を見ていた人が、次の火へ渡せる状態で帰る必要があります。食べて、名を書いて、火ばさみを誰へ渡したか確認するまで、返送は完了しません」


カイルは椀を両手で受け取った。大きくは食べられない。けれど、二口目で肩が下がった。


ノラが名を書き、テッサが椀数を数え、ペルが火ばさみの右釘に青い紐を結んだ。結び目は作らない。次に火を見る人が、自分でほどけるように。


その時、王宮厨房監督官セレスティアが到着した。


彼女は返送命令の端を見て、目を細める。


「返送先が、王宮厨房ではありませんね」


紙の裏に、別の控えが透けていた。


ヴェルナー伯爵家晩餐会準備分。


受領予定名義、マリベル。


王宮確認済み備品。


私はその名を責めなかった。マリベルがこの小竈で誰の薬を温めたか、誰の包帯を煮たか、誰の夜番を帰したか。その欄は、まだ空白だったからだ。


「セレスティア様。返送済みではなく、昼火到達確認未了として保留してください」


「添付欄は」


「ミラの半椀、包帯三枚、カイルの一椀。ノラ、テッサ、ペルの確認名。返送先の生活影響欄は空白です」


セレスティアは青い保留印を押した。


北門小竈。昼火到達確認まで返送保留。


返送可否は、生活到達欄添付後、再確認。


小竈は返送箱に入らなかった。


ミラは薬を飲み、リサの包帯は温かく、カイルは自分の足で南門へ向かった。ノラの湯冷まし壺も、テッサの浅鍋も、ペルの火ばさみも、手柄ではなく到達条件として紙に残った。


母の料理帳の古い余白に、薄い字があった。


火は、食べる人のところで終わる。


私はその言葉の下へ、今日の欄を書き足した。


火は、返送箱の中では終わらない。


セレスティアが、透けていた裏控えをめくった。


そこには、もう一枚の申請が挟まっている。


晩餐会主火担当名義、マリベルへ変更済み。


添付手順。母の料理帳、火入れ欄写し。


私は小竈の灰を消さず、青い保留印の横に置いた。


母の火まで、誰かの名義で返送済みにされようとしていた。

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