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貸与品費は、メイの謝礼袋が届く前に伯爵家補填へ算入できません

晩餐会の最後の皿が客席へ出たあと、王宮厨房の主火場には、熱の匂いだけが残っていた。


 温皿台の端で、メイは白い布巾を握ったまま立っている。さっきまで焦げを止めるために震えていた指は、今は銀盆の上の小さな封袋を見ていた。


 封袋には、整った王宮文字でこう書かれていた。


『晩餐会火守り補助謝礼。旧台所係リディア関係貸与品費へ一括算入』


「……わたしの名前が、ありません」


 メイが言うと、隣で湯桶を片づけていたノラが、濡れた袖をぎゅっと絞った。


「湯温確認賃の札も同じです。『貸与品費相殺分』って。さっき火傷しないように湯を見たのは、うちの手なのに」


 会計机の向こうで、伯爵家の使いがほっとした顔をした。


「当然でしょう。母印の計量匙も、火守り手順も、もとは伯爵家の料理帳に付属する品です。晩餐会で役立ったなら、補填費へ戻すのが筋です」


 リディアは銀盆へ手を伸ばさなかった。代わりに、メイの前へ封袋を少し寄せる。


「メイ、宛名を読んで」


「でも、書いてあるのは――」


「誰に届いた仕事かを、先に読むの」


 メイは封袋を両手で持ち、赤い封蝋の下の小さな追記を見つけた。


『温皿台一番皿、焦げ戻り防止。確認者、メイ』


 声が震えた。


「……メイ、です。わたしの名前です」


「なら、その袋は貸与品費ではありません。働いた手への謝礼です」


 リディアは次に、ノラの湯温札を会計机の上へ置いた。湯気で角が少し丸まった札には、ノラの指で押さえた跡が残っている。


「ノラ。片づけ後の湯温確認賃、受け取る人の欄へ署名して」


 ノラは驚いたように目を上げ、それから濡れた指を布で拭いた。ゆっくり、自分の名を書いた。


『ノラ。火傷確認台、片づけ後まで確認』


 伯爵家の使いが眉をひそめる。


「それは後日、伯爵家補填費から差し引いて――」


「差し引きません」


 低い声で遮ったのは、王宮厨房監督官セレスティアだった。


 彼女は母印の計量匙を、料理帳の上ではなく、返却棚の中央に置いた。匙の柄へ青い札を結ぶ。


『正式貸与中。返却先、北門火守り棚。本人謝礼・湯温確認賃到達まで相殺不可』


「王宮厨房は、火守り手順を借りました。借りたのは、伯爵家の補填欄ではありません。焦げを止めた手、湯温を見た目、皿を持てる熱を読んだ現場です」


 マリベルが、会計机の端で小さく息を呑んだ。


 彼女の前にも、読まされなかった欄があった。『主火補助手柄、妹名義へ整理』という薄い写し。その下に、メイの確認名も、ノラの湯温賃もない。


「……わたし、その欄を読んでいません」


 マリベルは唇を噛んで、写しを押し戻した。


「読んでいない欄で、二人の謝礼を受け取ったことにはできません」


 メイが封袋を胸元へ抱いた。ノラは賃金札を湯桶の取っ手ではなく、自分の前掛けの乾いた端へ挟んだ。


 リディアは最後に、返却棚の空いた一段へ木札を置く。


『北門火守り棚へ返却待ち。母印計量匙、正式貸与中。明朝粥の火を消さないこと』


 伯爵家の使いはまだ何か言いたげだったが、セレスティアの印が青札の上へ下りた。


「伯爵家補填費への算入は、未発令とします。働いた人の袋と賃金が本人へ届く前に、火守りを費目へ戻すことはできません」


 主火場の大きな火は落ちている。


 けれど、メイの謝礼袋とノラの賃金札と、母印の計量匙についた青い貸与札だけは、まだ温かかった。


 リディアはその温かさを確かめてから、北門火守り棚への返却待ち札をもう一度読んだ。


 今夜の皿は、客席へ出た。


 次に守るのは、その皿を出した手が、伯爵家の補填欄へ消えずに明日の火へ帰れることだった。

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