表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
105/120

同一人物欄の重複を避けるため、旧台所係本人未読欄は当日責任者欄へ吸収できません

『同一人物欄の重複を避けるため、旧台所係本人未読欄は当日責任者欄へ吸収可』


その追記は、リディアの名を二つに折りたたむための言葉だった。


当日責任者、リディア・ヴェルナー。


旧台所係本人、リディア・ヴェルナー。


同じ名が二度出る。ならば重複を避け、責任者欄へ吸収する。紙の上では、きれいな整理に見えた。


けれど、小竈横の机では、同じ名でも触れているものが違う。


責任者としてのリディアは、照会写しを読み、返答先を知り、どの欄を動かしてはいけないかを判断する。


本人としてのリディアは、まだ自分の帰る場所を読んでいない。母の料理帳をどこで開くのか、前掛けと計量匙がどの棚へ戻るのか、伯爵家台所係として残された未払いと名札がどう扱われるのかを、自分の目で読んでいない。


「同じ名前です」


王宮書記は慎重に言った。


「当日責任者があなたで、本人欄もあなたなら、二重に確認する必要はないのでは」


「同じ名前でも、同じ到達ではありません」


リディアは青紐を一本、責任者欄に結んだ。


そこには、こう書く。


照会写し読了。返答先、北門小竈横仮窓口。生活影響明細、本人別欄へ差し戻し。


次に、もう一本の青紐を、空いた本人欄へ置いた。


「こちらは、まだ結べません」


「なぜですか。ご本人が目の前に――」


「私は、責任者としてこの紙を読んでいます。本人として読むべき紙は、まだここにありません」


リディアは、机の隅に残る四つの小札を指した。


ニアの夜薬棚。


カイルの帰宅灯。


エダの賃金袋。


メイの母の匙。


四人の札は、彼女の名で守られている。けれど、四人の代わりに読んだことにはならない。ならば、自分自身の欄も同じだ。


「ニアの薬名を、私が読んでも、ニアの喉は読めません。カイルの帰宅灯を、私が見ても、カイルの足元は帰っていません。エダの賃金袋を、私が数えても、エダの手はまだ受け取っていません。メイの匙を、私が守っても、メイの家族手順は閉じません」


リディアは、一度だけ息を吸った。


「だから、リディア・ヴェルナーの本人未読欄も、リディア・ヴェルナー当日責任者欄へ吸収できません」


書記の羽根ペンが止まる。


「では、本人欄には何を書くのです」


「書かないことを書きます」


リディアは、空白欄の上に小さく青い点を置いた。


『本人読了未了。責任者読了とは別欄。母の料理帳、前掛け、計量匙、帰着先机、賃金到達、未整理名札の生活到達明細が揃うまで吸収不可』


文字にすると、紙の空白は弱くならなかった。


むしろ、そこに何がまだ届いていないのかが見えた。


母の料理帳は、王宮厨房監督官の棚にある。前掛けは、返還倉庫の袋に畳まれている。計量匙は、メイの札の横で守られている。リディア自身の賃金到達は、伯爵家の旧台所会計火印の下で止まっている。帰着先机は、北門小竈横仮窓口の仮札でしかない。


「これは、責任者として読めます」


リディアは言った。


「でも、本人として受け取るには、まだ到達していません」


そのとき、エダが賃金袋の前で小さく頷いた。


「じゃあ、私の袋も、リディアさんが数えたから終わりじゃないんですね」


「終わりじゃないわ」


「私が受け取って、名前を書いて、帰れるまで」


「そこまでが、あなたの到達です」


カイルは帰宅灯の皿を持ち直した。


「俺の灯りも、責任者が見た灯りと、俺が帰る灯りは別なんだな」


「そう」


ニアは夜薬棚の札を撫で、メイは母の匙から目を離さなかった。


同じ名前を一つに畳まない。


同じ物を見たからといって、同じ生活へ届いたことにしない。


その小さな規則が、四人の札をもう一度強くした。


書記は、ようやく羽根ペンを下ろした。


「では、重複回避欄は無効、ですか」


「無効ではなく、使う場所を変えます」


リディアは、責任者欄の下に線を引いた。


「同じ紙を二重に送らないための検索欄には使えます。でも、本人未読を消すためには使えません。重複を避けるのは紙束であって、人の到達ではありません」


青紐が、責任者欄と本人欄のあいだで、一本ずつ別に残った。


小竈の火が、細く音を立てる。


その音を聞いたとき、王宮書記の袖から、もう一枚の小さな紙が滑り落ちた。


『旧台所係本人未読欄、重複保留が長期化した場合、伯爵家後見人による本人到達代理確認を可とする』


リディアは、紙を拾い上げた。


同じ名を畳めなければ、今度は後見人の名で本人を読ませるつもりなのだ。


彼女は空白欄の青い点を、指先で隠さずに見せたまま言った。


「本人の空白は、後見人の到達でも閉じません」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ