第三十二話 王都セント・メーレンス
あの後も、異様に快適な道をひたすら走り抜け、予想よりも遥かに早く王都へ辿り着いた。
魔力をエリファスへの風魔法にしか消耗しなかったので、休憩も少しだけで済み、ポーションの補給だけで体力も補えたからだ。
おまけにセンの森の道に明るいエリファスも加わり、迷わずに進むことができた。
時刻は闇の十時頃。
「おおおぉ、ルーシェントとはまた違った、大きい街だぁ!」
「夜にうるさいぞ、ヴァルハイト」
「だってー、王都! って感じ!」
「分かったから静かにしろ!」
「ふふ、仲が良いんですね」
誰がだ!
そう言いたいところではあるが。
超絶美形のエリファスが微笑むと、それだけで反論できない。
今が昼であれば、花のような微笑みを見た者たちが大変な騒ぎを起こすに違いない。
夜で、本当に良かった。
「ヒルダの屋敷に行かれるのですか? 夜も遅いので、ご一緒しても?」
元々は明日訪問する予定だったらしい。
僕の魔法も手伝って、予想外に早く王都へ着いたのだから、あてもないだろう。
「もちろんだ、師匠も友と会えるのなら喜ぶだろう。今の時間であれば、まだ起きているはずだ」
「お~、美女と名高いヒルデガルド殿とお会い出来るの、楽しみ♪」
「またお前は……」
師匠の父君であるグランツ公爵は、グランツ領の領主として本邸におり、王都には住んでいない。
王都にある屋敷は、兄君と師匠が主人として構えている別宅だ。
王国騎士団の団長である兄君は、城にある宿舎で寝泊まりすることも多い。
実質、師匠が主に仕切っている。
「こっちだ」
大通りを城に向かって歩き続けると、大きな屋敷が立ち並ぶエリアに入ってきた。
こんなに早く、里帰りをすることになるとは。
夢にも思わなかったな。
「……む!」
我が家ともいえる屋敷が見えてきたところで、何やら悪寒を感じた。
……身に覚えのある、悪寒だ。
「──うふふふふふふ」
やはり、と言ったように己の魔法で僕の魔力を感知したのだろう。
入り口の門に、師匠ーーヒルデガルドが立っていた。
「ルぅーーーーカぁーーーー!!!! おかえりいいいいい!!!!」
「!?」
そのままこちらに向けて駆けてくる。
バカか、馬鹿なのか!?
「あぁ、……ただいま」
さっと身を翻して避ければ、石畳の道の上に盛大に滑り倒れた。
貴族の屋敷が広いおかげで、近所の迷惑にはならない範囲の出迎えだ。
「────ちょっとお!! 抱きしめてくれても、いいじゃない!!」
擦りむいた膝の傷を瞬時に水魔法で癒し、身を起こした。
回復魔法が苦手なくせに、無駄な魔力を使うんじゃない。
「あんな勢いで来られたら、避けるに決まってるだろ!」
相変わらず、僕に対する愛情表現だけが大げさだ。
「……わお。ヒルデガルド殿って、ルカちゃんの前ではこんな感じなんだ……。もっと、こう。クールビューティーかと……」
「相変わらず、弟子を可愛がってますねヒルダ」
「あーらエリファス、久しぶり。相変わらず腹立つくらい、美しいわね。それと、………………どなた?」
師匠がきょとん、と返せばヴァルハイトはとんでもないことを言いだす。
「初めましてー♪ ルカちゃんとプラハトでパーティー組むことになった、ヴァルハイト・ルースでーす! えーっと、何ていうか、ルカちゃんの……友達?」
「誰が友達だ、ただの同行者だろう」
「────何ですって?」
始まった。
絶対こうなると分かっていたから、事前にヴァルハイトへ口封じをしておけば良かった。
「オトモダチ……? ルカの、友人……!?」
「えっとー、そう、です?」
「ヒルダ……、早く中へ案内してもらえると助かるのですが」
「なーーーーに言ってんのよ!! 初めてうちにお友達が泊まるなんて、母親として一大イベントなのよ!? これが、落ち着いていられる!?」
「はぁ…………」
相変わらずだ。弟子バカの次は親バカになる。
確かに友とやらを自宅に招いたことなど無いし、それどころか魔法学校でそんな存在も居なかったため、師匠が興奮するのも分かるには分かるのだが。
今は、そんな場合ではない。
「師匠……、分かっているとは思うが。今はそんな余裕はないぞ」
「────もう、分かってるわよ! お友達が来て嬉しかっただけよ、たまには母親気分も味わいたいじゃない!」
「何か分かんないけど、良かったねルカちゃん!」
「良くない!」
「だって誰かさんは手紙の一つも寄越さないで旅してるし? 初めての贈り物が『人』だったし?」
「そ、それはすまなかったと思っているが……」
「ルカちゃんって……、センスがずれてるね?」
「悪かったな!」
「ほらほら、仲良いのは分かりましたので、中に入りましょう?」
「仲良くない!」
「あら~、ルカが人とこんなに楽しく話してるの、初めて見たわ!」
「はぁ…………、もういいから、中に入らせてくれ」
僕は全てを諦めた。
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