後に割鬚棄袍と言われる
孫権の命を聞いて、呂蒙達はすぐに張遼の包囲を解き兵を集結させた。
孫権は何時までも見張り台にいては、逃げ遅れると思い降りていく。
そして、護衛の兵と共にその場を離れて、呂蒙達からの連絡を待った。
同じ頃。
孫権達の代わりに凌統は配下の兵達だけで包囲する事となったが、円陣を組んでいる張遼はすぐに包囲の圧が弱くなったのを感じた。
(包囲の圧が緩くなった。どうやら、楽進殿達の包囲が出来たようだな)
そう判断した張遼は声を張り上げた。
「者ども! 今こそ反撃の時ぞ! 周りにいるのは敵だけだ。振れば当たる! 斬って斬って斬りまくれ!」
張遼の号令を聞いて、兵達は喊声をあげて凌統の部隊に襲い掛かった。
兵数では張遼の方が多いので、凌統の部隊だけでは完全に防ぐ事が包囲に綻びが出来た。
「ええいっ、防げ! 防げ!」
凌統は喉を嗄らすほどの声をあげるが、張遼率いる兵達の勢いを殺す事は出来ず包囲の輪に幾つもの穴が出来てしまった。
張遼はその綻びを見逃す事をせず、一騎で包囲の穴から出た。
「孫権。何処だ!」
張遼は周りを見て、孫権を探した。
そうして、周りを探していると着飾られた戦袍と纏い赤茶色の頬髯を生やした者を見つけた。
その者の顔を見るなり、張遼はすぐにピンときた。
「その顔、お前が孫権か!」
元孫権軍の兵の話を聞いて描かれた似顔絵にそっくりな顔の者を見て、張遼は叫んだ。
その叫び声を聞いて、その者こと孫権は体をびっくりさせた。
「殿を守れ!」
程なく、その者の周りに居た兵の一人がそう叫び得物を構えた。
それを聞いて、孫権は舌打ちをした後、手綱を操りその場を離れて行った。
「孫権、待て!」
張遼は追い駆けようとしたが、孫権を守っていた兵達が行く手を阻んだ。
「ええいっ、退け!」
張遼は行く手を阻む兵達を薙ぎ払うが、進む事が出来なかった。
このままでは取り逃がすと思っていると、後ろの方から駆けてくる足音が聞こえてきた。
張遼が振り返ると、駆けてきたのは自分が率いている部隊の兵達だと分かった。
「将軍。ご無事ですか!」
「おお、よく来た。お前達は、この者達の相手をせよ! わたしは孫権を追うっ」
「御一人では危険です!」
「では、何人か付いてこい!」
張遼はそう言い、馬の腹に蹴りを入れると駆け出していく。
その後十数騎ほど付いていく。
孫権の兵が行かせないようにしようとしたが、直ぐに張遼の兵達が突撃してきてその対応に追われ行く手を防ぐ事が出来なくなった。
孫権は張遼から逃げていると、偶然自軍の兵達と出会い安堵した。
「孫権、逃がさんぞ!」
張遼の大音声を聞いて、孫権は兵達に張遼から自分を防ぐ様に命じた後、再び駆け出した。
孫権の命を聞いて、兵達は張遼達の前に立ちふさがった。
「邪魔だあああっっっ」
張遼は共に付いてきた騎兵達と孫権軍の兵達とぶつかり、刃を交えた。
張遼が敵兵を倒すと、周りを見ると着飾られた戦袍を着た者の背中が見えた。
「あの戦袍を着た者が孫権だ! あの戦袍を着た者を追い駆けろ!」
張遼はそう言い駆けだすと、敵兵を倒した何人かの騎兵がその後に付いていく。
張遼の叫び声が聞こえたのか、孫権は驚き戦袍を慌てて脱ぎ捨てた。
脱ぎ捨てられた戦袍は風に乗って飛んでいく。
着飾った戦袍だからか、売れば金になると思ったのか張遼の後に付いていった兵達が戦袍に釣られて、その後を追い駆けて行った。
(ぬうっ、馬を巧みに操っている。何と優れた馬術よ。このままでは逃げられるかもしれんっ)
孫権の馬術を見た張遼はこのまま背中を追い駆けても目印がなければ逃げられるかもしれないと思った。
どうしたものかと悩んでいると、似顔絵の事を思い出した。
「赤茶色の頬髯を生やした者が孫権だ!」
張遼が叫ぶと、その声を聞こえた孫権は、これはまずいと思ったのか慌てながら腰に佩いている剣を抜いて、頬髯を剃り落とした。
馬上という事で揺れている為か、皮膚を浅く切ったが頬髯を斬る事が出来たので良しとした。
(だが、このままでは・・・・・・むっ?)
追い駆ける張遼を肩越しで見つつどうしたものかと悩んでいる孫権の前に騎兵の集団が見えた。
敵か⁉と思っていたが、直ぐに違うと分かった。
その集団が掲げている旗には蒋の字が書かれた旗を掲げていた。
「殿~~~!」
「蒋欽っ」
孫権は足を止める事無く集団に合流し、其処で足を止めた。
「よくぞご無事で。呂蒙が部隊の集結を終えたので、殿をお呼びに行こうとしたら、張遼の襲撃を受けたと聞いて急ぎ駆けつけました」
「助かったぞ。よく来てくれた」
孫権と蒋欽が互いの無事を喜んでいたが、安堵も束の間。直ぐに張遼達が駆けてくる馬蹄の音が聞こえてきた。
「殿。お早く。お前達、敵を防げ!」
蒋欽は引き連れてきた兵の半分を張遼の迎撃に当てて、残りの半分を率いて孫権と共に呂蒙の下に向かった。
「ええいっ、また邪魔が入るか⁉」
張遼は向かってくる孫権軍の騎兵を見て、直ぐに迎撃したが数が敵の方が多いため直ぐに突破する事は出来なかった。
「・・・・・・流石に孫権はいないか」
張遼は一応として、騎兵達の顔を見て赤茶色の頬髯を生やした者はいなかった。
仕方がなく、張遼達は敵の騎兵達と交戦した。
時は掛かったが、何とか敵の騎兵の集団を壊滅させた。
無論、張遼と共に付いてきた騎兵達も無傷とは言わず、重傷を負っている者も居た。
完全に孫権に逃げられてしまったので、張遼は追撃を止めて部隊の再編をする事にした。




