そんな伝統など作りたくない
翌日。
朝廷での報告を終えた曹純達が曹昂の屋敷を訪ねて来た。
久しぶりに親戚に会えるという事で、曹昂は宴を催してもてなした。
酒と共に置かれた膳には、黒っぽい液体が入った器と皿があり、乗っていたのは淡い黄色い塊が置かれていた。
表面はブツブツとした物がついていた。
断面を見ると、白い部分と半透明な部分が見えた。
「子脩。これはなんだい?」
公の場でもなく、参加しているのが曹純、曹休、曹真の三人だけだからか、気軽に字で呼ぶ事になった。
曹純が切られた淡い黄色い物を箸で摘まんで訊ねて来た。
「最近出来た料理なんだ。炸猪排と言うんだ」
「へぇ、この液体をかけるのか?」
「はい。辣酱油という物です」
「ふ~ん、・・・・・・・むっ、辛みの中に切れのある酸味と甘みを感じさせる汁だな」
話を聞いていた曹真が箸を器の中に入れて、少し掬い口の中に入れて、初めて体験する味だからか目を白黒させていた。
曹真が食べるのを見て、曹純達も辣酱油を炸猪排に掛けていく。
辣酱油を掛けられた事で、炸猪排の衣が黒く染まって行った。
曹純達は炸猪排を箸で摘まみ、口の中に入れていく。
「「「・・・美味いっ」」」
三人はほぼ同時に味の感想を言うのであった。
「炸猪排は表面の部分はしっかりと火が通されていて、カリっとしているな。中を食べると肉の味を感じさせてくれるな」
「この透明な部分は、脂の様だ。火が通されている事で、噛むとジュワリと脂の甘味を感じる事が出来ます」
「其処にこの辣酱油の複雑な味が絡み合い、後を引く味になりますな」
曹純は酒を飲みながら、炸猪排を食べて行った。
一切れでは足りないのか、三人ともお代わりを頼むのであった。
余談だが、曹真が一番お代わりを頼み、一人で五枚の炸猪排を食べるのであった。
妓女など用意していない、食べ物を食べるだけの宴だが、曹昂達は楽しそうにしていた。
酒も飲んでいるからか、曹真が少し顔を赤らめながらも話しかけて来た。
「そう言えば、子和殿。例の娘達はどうするのですか?」
曹真がそう言うのを聞いて、曹昂は最初誰の事を言っているのか分からなかった。
「あの子達の事かい。行く当てもないと言うし、折角捕虜にしたのだから、わたしが預かる事にしたよ」
「ああ、やっぱり」
曹純がそう言うのを聞いて、曹真は納得するのであった。
「子丹。どういう意味だ?」
「いえ、子孝殿が絶対嫁にするつもりで、捕まえたと言っていたので」
「い、いや、違うから。あれは兄上の勝手な想像だからな。わたしは決してそんなつもりなど、一切ないからっ」
曹純が必死に否定するのを聞いて、曹昂は何の話をしているのか気になった。
(待てよ。さっき、曹真は娘達と言ったな。そう言えば、報告で曹純が劉備の娘達を捕虜にしたと書かれていたな)
その娘達が劉備の娘達という事は、曹昂は直ぐに悟った。
そして、話の流れから曹純が否定する意味も理解した。
「・・・・・・まさか、子和殿が略奪婚を狙っているとは。貴方は我が一族の中では数少ない良識な人だと思っていたのに」
「いやいや、違うからね。わたしはそんなつもりで捕まえた訳ではないからっ」
「本当ですか?」
曹昂は頭から疑っていると、曹休が口を挟んで来た。
「従兄上。子和殿がそう言うのですから信じても良いと思いますよ。決して自分の妻にするつもりで捕まえていませんよ」
曹休は曹純の言葉を信じているのを見て、相変わらず素直だなと曹昂は思うのであった。
「そう言えば、文烈はそろそろ婚儀を挙げるそうだな」
「はい。日取りはまだですが、従兄上も参加してくれますか?」
「他ならぬ文烈の婚儀だからな。参加したいと思う」
「ありがとうございますっ。妻も喜んでくれますし、親戚の皆様も久しぶりに会える事を喜んでくれると思います」
曹休が嬉しそうに顔を緩ませていた。
「ふむ。しかし、あれですな。丞相は人妻や未亡人好きで、従兄上は略奪婚はする。これで子和殿が劉備の娘達を娶れば、曹家の男子は略奪婚をするという伝統が出来そうですな」
「そんな、伝統いらないから」
曹真が馬鹿な事を言うのを聞いて、曹昂は溜息を吐いた。




