命がけの弁明
使者の口頭を聞いた馬良は準備をすると言い、自室に戻った。
部屋に戻ると、直ぐに使用人に馬謖を呼ぶように命じた。
程なく、馬謖が連れて来られた。
「兄上。曹仁の使者が来たと聞きました」
「うむ。恐らく、伯常兄上の件であろうな」
馬良は服を整え終えると、馬謖の目を見た。
「良いか、謖。これからわたしは曹仁の元に赴き、此度の件を話してくる。兄は戻ってこられるか分からん。万が一、わたしが死んだ時は叔常兄上に文を送り、家に戻ってきてもらうのだ。そして、叔常兄上と協力して家を守るのだ」
「兄上・・・・・・」
馬謖は馬良が遺言のような事を言うので聞いて、目に涙をためて、今にも泣きそうな顔をしていた。
「泣くでない。お前は馬家の男なのだから、わたしが死んだとしても家を守る事を考えているのだぞ」
「・・・は、はいっ」
馬良に言われ、馬謖は袖で顔を拭い涙をひっこめた。
「良い顔だ。では、任せたぞ」
馬良は笑顔を浮かべて、馬謖の頭を撫でた。
一頻り撫でた後、馬良は部屋を後にした。
準備を終えた馬良が使者と話した後、共に政庁へと向かった。
暫く道を進み続け、政庁の前に着いた。
そのまま、政庁に入ると使者に着いていくと、ある部屋に入った。
室内には多くの者達がおり、その者達の視線が馬良に突き刺さっていた。
一番奥の席には、誰も居なかったが使者と馬良は席から少し離れた所で、膝をついていた。
やがて、室内に誰かが入ってきて、その者は一番奥の席に座った。
「曹将軍。馬家の者を連れて参りました」
「ご苦労。お主が、馬家の者だな。わたしが曹仁だ」
席に座った男性こと曹仁が名乗ると、馬良は頭を下げた。
「お初にお目にかかります。馬良と申します」
「・・・・・・若いな。歳はいくつだ?」
「今年で十九になりました」
馬良の年齢を聞いて、曹仁は内心で思っていたよりも若いなと思った。
(若いが。まぁ、話を聞くだけは出来るだろう)
曹仁は聞きたい事を聞く事にした。
「馬良とやら、お主の兄の一人が逆賊劉備に仕えている事は知っているな?」
「はい。存じております」
馬良が頷くのを見て、曹仁はこれが本題とばかりに話し出した。
「我らは朝命に従い、荊州に逃げ込んだ劉備を討とうと追い駆け、夷陵まで追い詰めた。だが、夷陵にいる名士達が船を出した事で、劉備は益州へと逃げ込んでしまったのだ」
曹仁の話を聞きつつ、馬順からの文で簡潔だが夷陵に辿り着いた経緯が書かれていたので、馬良は特に気にする事無く聞いていた。
「調べた所、その名士達に船を出す様に命じたのは、馬順という者で。その者はお主の兄だそうだな」
「はい。わたし達は五人兄弟で、馬順は長兄でございます」
「そうか。まぁ、船を出した名士達については既に処分したので問題ない。問題は船の代金だが、襄陽の馬家が用立てたと聞いたが、相違ないか?」
曹仁はそう尋ねるのを聞いて、馬良は尋ねる意味を理解した。
名士達を処分したと言っていたので、既に船の代金が送られている事が分かっているのだ。
其処で、船の代金など用立てていないと言えば、嘘をついたという事で処罰を受ける。
これで、金を用立てたと言えば、逆賊に助力したという罪で処罰を受ける。
どう返事をしても、処罰を受ける事になるのだと分かったのか、馬良は深く息を吸った。
「・・・・・・その問いにお答えする前に、曹将軍にお聞きしたい事があります」
「何だ?」
「将軍は兄弟がおりますか?」
「弟が一人いるぞ」
曹仁がすんなりと答えるのを聞いて、馬良は内心で良しと思いつつ口を開いた。
「もし、その弟君が金に困り、金を貸してほしいと言われた時はどうされますか?」
「そんなの決まっているだろう。幾らでも金を用立てるぞ。なぁ、純」
曹仁は列の中に居る曹純を見つつ言うと、曹純は嬉しそうに顔を緩ませていた。
「それが兄弟の悌にございます。悌とは、恩義によって成り立っております。恩が起こり、義が縁となって悌という字が成り立っているのです。ですので、悌とは骨肉の情即ち絆にございます。絆は切っても切れないものなのです。わたしが幼い頃は、伯常兄上から色々な学問を教わりました。恩があります。また、兄弟という縁により絆を作る事が出来ました。その兄が困っているというのに、弟であるわたしが何の助けもしないのは、悌に背く事になります」
馬良が立て板に水を流す様に述べるのを聞いて、周りの者達は感心していた。
「だからと言って、逆賊に与した者を助けるという事は、お主も逆賊という事になるぞ」
「兄を見捨てて悌を失う事よりも、兄を助け逆賊と言われ処刑される事を望みます」
馬良は好きに処罰してくれとばかりに、覚悟を決めた顔をしていた。
その顔を見て、死ぬ覚悟が出来ているなと分かった曹仁はどうするべきかと考えていた。
「将軍。一言よろしいか?」
列の中にいる者が一人前に出た。
「どうした。諸葛亮」
曹仁は前に出て来た諸葛亮に目を向けた。
司馬懿達は許昌に向う前に、襄陽にて補給を受ける事にしていた。
補給を受けている間、暇なのか曹仁が馬良を呼んだというのを聞いて、どんな処分を下すのか見る為に話を聞いていた。
「将軍。この者は兄を助けただけです。処罰する程の事ではないと思います」
「だが、それにより劉備に逃げられたのだぞ」
「その通りです。ですが、この者の兄は逆賊の劉備に従っているという事は既に知られております。その兄を助けるなど、見上げた心意気ではありませんか」
「そうかもしれんが」
曹仁が言葉を続けようとしたが、諸葛亮は話を続けた。
「それに襄陽に馬家と言えば、荊州でも有名な名家。これから荊州の統治をする以上、馬家と揉めては、荊州に暮らす名士達が反発するかもしれません。それに、この者の兄の一人が、我が主に仕えております。その者の弟を処罰したと聞けば、その者が抗議してくるやもしれません」
「なにっ⁉ そうなのか?」
曹仁は馬良を見た。
「はい。次兄の仲常兄上が曹車騎将軍に仕えております」
「むぅ、そうか・・・・・・」
馬良の答えを聞いて、曹仁は黙考していた。
「・・・・・・まぁ、船の代金を出しただけだからな。不問にするとしよう」
内心で曹昂の顔を立てねばならんと思い曹仁は馬良を処罰する事を止めた。
不問にすると聞いて、馬良は安堵の息を漏らした。
そして、諸葛亮を見た。
「ありがとうございます。貴殿のお陰で命拾いしました」
「なんの、貴殿の兄弟への思いを聞いて、助けてもよいと思っただけの事よ」
諸葛亮は首を振りながら言うのを聞いて、馬良は深く頭を下げた。
その後、馬良は諸葛亮との交流を深めていき、自分よりも年上という事もあってか『尊兄』と呼び、兄の様に慕うようになった。




