22.立ち上がるもの
「上位魔人だって?」
俺は漆黒の剣に問い返す。
『そうだ。それもかなりの規模の魔獣たちを従えている』
「どれくらいなんだ?」
『正確には分からないが、数からして数千と言ったところだろう』
「数千か。別に大したことはないな」
数千なんて規模の魔獣は何度も戦った経験がある。
むしろ俺一人でまとめてそれだけ相手した時もあった。
だが今回のことで重要なのはそこではない。
真に考えなければならないのは、それほどの規模の魔獣を一挙に従えている魔人の存在にあった。
『我の魔力探知の能力を使っても捉えきれないほどの魔力が一定の場所で渦巻いている。これは破格の魔力量だ』
「そんなにヤバイのか?」
『魔獣たち自体に脅威はない。だが……』
「それを従えている黒幕がとんでもない奴だと」
『そういうことだ』
話を聞く限り、どうやらそれは本当のようだった。
俺もしばらくして邪悪な魔力が身に染みて伝わってきたからである。
「でも勇者軍が討伐に出たんじゃないのか? それだけの規模となるとさすがの軍も黙っていないはずだが」
『もちろん、勇者軍も現地に出ている。ちょうど交戦中のようだ』
「なら問題ないんじゃないか? 勇者軍にはリベルカさんやリーフ、ユーグもいる。彼らなら――」
『いや、無理だ』
漆黒の剣は俺の言葉を即座に遮り、否定する。
「無理って……どういうことだ?」
『そのままの意味だ。彼らではその魔人に勝つことはできない』
真剣なトーンでそう話す。
冗談で言っているわけではないみたいだ。
「そこまでの相手なのか? 確かに物凄い魔力の波動は伝わってくるけど、大したことはないと思うが?」
『それはお前がアホみたいに魔力を持っているからだ。常人では考えられないほどのな』
「あ、アホってなんだよ! アホって!」
でも俺は単純にその魔人の魔力を感じ取っても脅威とは思わなかった。
漆黒の剣が言うにはとんでもない奴とのことだからもしかしたら秘めた何かがあるのかもしれないけど……。
『とにかくこのまま野放しにしておくのは危険だ。だがシオンよ、お前と我の力があればこの脅威を消し去ることは可能だ。もう一度、我を握って戦地に立つ気はあるか?』
いきなりそう言われても反応に困る。
俺にとっては全てが唐突すぎて心の整理が追い付いていないというのに……。
『唐突な話で受け入れられないことは分かる。だがこれは事実だ。放っておけば甚大な被害は避けられない』
俺の心中を察したのか一言付け加えてくる。
だが俺の考えは……
「俺はもう勇者を辞めた身だ。正直、今の俺の力に全盛期ほどの勢いはない。たとえ俺が加勢しても微々たる戦力にしか――」
『本当にそうか?』
またも喋っている途中で遮られる。
俺はすぐに聞き返した。
「……何が言いたい?」
『我には分かる。お前の力はあの時と比べても決して廃れていないということをな』
「……なぜそういうことが分かる?」
漆黒の剣は俺の問いにすぐに返答した。
『さっきお前が我に触れた時があったな?』
「それがどうした?」
『その時にお前が持つ聖魂と我の持つ能力をリンクさせた。そして記憶を辿り、お前が勇者を辞めてからの3年間の出来事を見させてもらったわけだ』
「そ、そんなことが……」
これも精霊湖の聖水の力だと言う。
とんでもない力を手に入れたものだ。
『シオン。お前は勇者を辞めてから一度も剣を手放したことがない。それも毎日の鍛錬を欠かさずやっていたな?』
「……」
黙る俺に漆黒の剣は続けた。
『本当は未練があるんじゃないか? 勇者を辞めたあの時、お前の表情はいつにもまして暗かった。本音は――』
「それ以上言わないでくれ! 今の俺は冒険者でも勇者でもない。ただの鍛冶職人なんだ!」
戦いたくないわけじゃない。
恐れているわけじゃない。
ただ、図星を突かれたことに嫌気がさしただけだった。
ホント、嫌になる。
あの時と、まるで変わっていない自分に対して。
でも忘れたかった過去なんだ。
あの時の屈辱は子供だった俺には辛いものだったから。
「俺はもう戻る。まだ仕事が残っているからな」
俺は振り返り、物置部屋から離れようとする。
だがそれをすぐに止めるものがいる。
『いいのか? お前が大切にしている勇者の娘も奴に殺されるぞ』
「……ッ! リーフが?」
俺はその一言を聞いた瞬間、身体が強張るかのように動かなくなる。
そして再び後ろを振り向き、
「今の話、本当なのか?」
『本当だ。このままじゃ間違いなく殺されるだろう。その娘だけじゃない。他の勇者たちもだ』
リーフレットが殺される。
信じたくなくてもその言葉には妙な説得力があった。
理屈じゃない。
俺も何となくそんな気が一瞬だけ脳裏を過ったからだ。
「本当に信じていいんだな。お前の言うことを」
『ああ。我を信じろ』
そう言う漆黒の剣に対し、俺は深く考える。
剣の言うことを素直に聞くという何とも摩訶不思議な現象だが、嘘を言っているとも思わなかった。
そして、数秒ほど考えた結果、俺はある一つの結論を下した。
「……分かった。行こう、その魔人とやらがいる場所へ」
『ようやくその気になったか。ふっ、またお前と組める時が来るなんてな』
嬉しそう……な感じを見せる漆黒の剣。
もちろん表情なんてないから分からないけど。
だがそれよりも……
「お前のことは何て呼べばいい? それとも俺が勝手に名前を付けてもいいのか?」
『それは好きにしてくれて構わない。我には名前なぞないからな』
確かに剣に人間のような名前がある時点でおかしなこと。
でも会話ができる以上、固有名詞があった方が楽でいい。
リーフレットが言っていた通り、愛着的なこともあるしな。
「じゃあ……」
俺はその場で考える。
そして――ふと一つの名が浮かびあがった。
「グラン……グランにしよう」
名前自体に特別な意味はない。
ただの思い付きだ。
でも……
『グラン……か。なるほど、中々良い名だ。我に相応しい』
気に入ってくれたようだ。
剣と話すという違和感がどうも抜けないけど。
俺はグランを腰に据え、スッと立ち上がる。
「じゃあそろそろ行くか。リーフたちが心配だ」
……こうして、俺は再び聖威剣を握ることになった。
その目的はただ一つ。
大切な人たちを脅威から守るために。




