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46部

山本はノックすらせずに勢いよく総監室に入った。上杉の姿はなく、武田が椅子に座って書類に目を通していた。

 武田は老眼鏡を少しずらして山本の姿を確認すると笑いながら

「いやいや、俺とお前の仲とはいえ、さすがに総監室に入るときくらいノックはしろよ。」

「隠したいやましいことでもあるんですか?」

 山本が聞くと武田は笑いながら

「そういう風に言われると何かを疑われているのかと思ってしまうよ。

 世の中には俺も頭が上がらない偉い人っているんだよ。そういう人が来てたら俺の顔が立たないだろ?」

「俺がメンツとかを気にしない人間なのはご存じですよね?」

「質問に質問で返すなよ。

 話が進まないだろ。

 それで今日はどうしたんだ?」

「片倉から例の件は聞きましたよ。

 実際のところはどうなんですか?」

武田は渋い顔をして、老眼鏡をはずしてから

「最近は衰えというものをヒシヒシと感じるよ。

 昔は遠い所のものもよく見えたし、色んな情報を聞き分ける耳もあった。でも、近くのものも見えなくなってきたし、聞こえてくるのは人の悪口ばかりになった。

 ああ、人はこうやって周りから置いていかれるのかなとか思うようになったよ。」

「俺の質問が聞こえなかったと言いたいんですか?」

「老人は自分の悪口に敏感なくせに周りが見えていないというだけのことだよ。

 俺や上杉が何かを企んでいるとするなら、国民を守るための策だ。」

「国民を守るために政府を倒さなければいけないならそうするということですか?」

「下剋上は得意じゃないんだよ。

 俺も上杉も与えられた立場を守りながら、それでも発展を諦めなかった身だからな。」

「武田信玄は親から家督を継ぎ、上杉謙信はその優秀さを買われて養子となり関東管領上杉家の家督を継いだ。

 何かと同じ名字の戦国武将に例えたがるのは知っていますが、話の核心をずらされているように感じます。」

「山本、この国は戦争をしない。

 でも、他の国は違う。軍隊を持ち、ことある毎に軍事力を背景に問題解決を図ってくる。

 軍事力にものを言わせられない日本は相手の顔色を伺ってからしか強硬策に出ることもできない。

 その強硬策もアメリカの後ろ盾がなければ効果はない。

 韓国との問題も中国との問題もアメリカの影響力が届かない問題には相手国に好き放題やられるだけになっている。

 国民の生活を守れるのは国ではないと思えてくる。

個人で守るしかないのではないか、自分の大切なものは自分で守らないと失ってしまうのではないかと不安になる。

 警察は銃を持っていても、見えない犯罪には手を出すこともできない。だから我々は視野を広げて少しでもたくさんの人を見守らなければいけない。

 国はダムのようなものだ。一億人を超える人間がいる中で統制して必要に応じて放流しながら、決壊しないように調節しなければいけない。

 ダムが壊れれば洪水となり人々の生活を無茶苦茶にしてしまうからだ。

 国を倒すということはダムを壊すことだ。

 俺達の勝手な理屈で関係のない人が苦しむことを俺は国民のため等と言えないと思っている。

 お前が信じる信じないは別として、俺は警察官として恥ずかしいことをしているつもりは全くない。」

「何を企んでいるかは教えてくれないんですか?」

山本は武田の目をじっと見て聞いた。武田はその目を見返して

「お前が今後、重大な選択を迫られることになる。

 そのときに、俺達がしていることがお前の判断を狂わせる可能性もある。お前にはお前の判断をしてほしい。

 それがお前を見つけてここまで連れてきた俺達の責任だと思っている。」

 山本と武田はにらみ合う形で立っていた。

 そこにドアをノックして勢いよく上田が走り込んできて

「すみません、総監。

 一応、止めたのですが………………」

 上田は言いかけてその場の張りつめた雰囲気にヤバイと感じて

「本当にすみませんでした。」

 そう言って頭を下げた。武田は上田を見て笑い、

「ああ、別にそんなに対して怒ってないよ。

ただ、日本の未来について話していたら白熱してしまってね。

 それで今日は何か用だったのかな?」

 山本は先程までの話の終着がまだだとも思ったが、これ以上はしゃべらなそうだったので本来の目的に戻り、

「テレビでやってるA国の要人殺害事件に関与している日本人に苗木和也という男がいるようです。

 その男が俺達の調べている件に関係している可能性があったので、こちらが出す指紋を外交ルートで確認してもらえないかと思ってきました。」

「ああ、そういうことか。

 わかった、こちらで手続きをしておくから信頼できる人間に指紋のデータを渡してくれ。」

「よろしくお願いします。」

 山本はそう言って部屋を出ていった。上田も続き、部屋に残った武田はため息をついて、

「山本の選択がこの国を守ることになってくれれば、どう思われてもそれで良いと思ってたのにな~……………辛いものだな。」

 一段と深いため息をついて武田は老眼鏡をかけて書類に目を落とした。

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