43部
「警察の方が何の用ですか?
大隈さんについてはもうお話ししたでしょう?」
蝶々の社員である大井は語気を強めに言った。上田が
「いや、今日は大隈さんの件ではなく、失踪者の捜索についてうかがったんです。
大隈さんが亡くなられて大変な時期だと思いますが、ご協力ください。」
「そ、その件についても私にはわかりませんよ!
こちらの顧客であったとしても、失踪されてしまっては支援もできませんからね。」
「苗木と言う名前の男に覚えはありますか?」
「し、知りませんよ。
もし顧客であったとしても、全員の名前を覚えているわけではありませんからね。」
山本に聞かれて、大井が答えたあとに慌てて付け足すように言ったことに対して、顧客だった場合の言い訳も付け加えて来たように感じた山本は、
「大阪で、安藤と名乗る不審者が捕まって、指紋鑑定の結果、東京で失踪中の苗木和也という人物だと判明しました。
ただ、顔は整形していて別人、しかも、その顔と名前の人物が大阪で実在していました。
しかも、安藤さんも大阪で失踪中なんですよ。
不思議なことってありますよね。」
山本の言うことを聞いていた大井の顔は青ざめている。そして、
「だ、だったら、何なんですか?
不思議な話ですね、私には関係ありませんけど……………」
山本は事務所に飾られている額縁を指差して、
「その苗木が、安藤という人と人生を交換したと言ってるんですよ。
そう、あの額に入ってる言葉みたいにね。」
額縁のなかには毛筆で書かれた『Change our Life』の言葉があった。山本が
「人生を交換しろなんて、スローガンを掲げておいて知らないってことがあるんですか?」
「ち、違いますよ。
あれはそういう意味じゃないです。」
上田が
「じゃあ、どういう意味なんですか?」
大井はあわてふためき、
「あ、あれは対象者の人との交流のなかで自分達も学び、対象者の人達と一緒に変わっていこうという意味です。
悩みを知り、解決するための手段を考えて、多種多様な悩みや問題を解決できるようになろうって、大隈さんが…………………」
大井の目には涙が浮かび、堪えきれなくなってほほに伝った。
「大隈さんがあのスローガンをいつ決めたんですか?
会社設立の時ですか?」
山本が聞くと、大井は涙を拭いながら
「あれはこの会社の前身だったグループの時に決められたものです。」
「大井さん、影山が怖いなら警察で保護をします。
大隈さんについては私は実際に会ったことはありませんが、聞き込みなどで聞いた人柄は決して殺されるようなものではありませんでした。
そうなると、大隈さんがなくなられた理由は、影山の計画に口を出したからなんじゃないですか?」
「そんな影山なんて人知りません。」
大井は首を横に振りながら言った。山本は静かに続けた。
「あなたが何に怯えていて、隠そうとしているのかはわかりません。
次はあなたですか?それともあなたの大事な人ですか?
大隈さんを殺されたことに怒りはないんですか?」
「怒ってますよ!
でも、でも……………………………」
「大井さん、我々は影山の起こしてきた事件を知っています。
証拠がなくて、スケープゴートが用意されていて、捕まえることはできていませんが、銀行強盗も、警察官による金持ちのバカ息子襲撃事件も、前科者を狙ったひき逃げ事件も、テレビジャック事件も、他国籍の船に対する襲撃事件も全部が影山が裏で仕組んでいた事件です。
今回の人の入れ替えもこれから起こる事件の準備のためなんじゃないんですか?」
大井はショックを受けたような顔になり、
「そんな……………………そんなにたくさんの事件に関与してたんですか?
じゃあ………………あの人達は…………………。
あっ、いや、何でもないです。」
「大井さん、このままではたくさんの犠牲者が出ます。
今言われた『あの人達』の命も危なくなるかもしれません。
速く止めないと、悲しみの連鎖が続きます。
お願いします、知ってることを教えてください。」
山本はそう言って頭を下げた。
大井は目を閉じて何かを考えたあとで
「ひきこもりは深刻な問題です。
原因はそれぞれ違いますが、一度でも引きこもれば、ひきこもりだからと周りから色々言われてそれが嫌でまた引きこもる人だっています。
完全にひきこもりから抜け出すために外部からの強制が必要です。
でも無理矢理引きずっても立ち上がれないし、自分で立ち上がるのを待てば、時間が必要で更に抜け出しにくくなります。
だから、外に出ればみんな同じ人間なんだということを教えていかなければいけないんです。
勉強を教えることはできます。でも、働き方は実際に働かないと身に付きません。
色んな企業にお願いしても就業体験をさせてもらえるところを確保するのでやっとで、就職に結びつけるのも困難でした。
でも、ひきこもりの人は増え続ける一方で、人手も資金も足りなくなってきた時に社長が現れました。
僕らの仕事を支援するから、その代わりに自殺寸前まで追いつめられている対象者を自分達の事業に紹介しろといわれました。」
山本が
「その事業とは?」
「人生の交換です。
今までの自分と決別して、全く違う人間としてやり直すというものでした。対象者間では誰と入れ替わったか、その人がどんな人だったかは秘密にして、全く知らない人になって、そこから新しい人生を始めるというものでした。
長い間ひきこもっていた人ほど、外に出ればそれだけで指を指されたりとか、周りの話し声が自分をバカにしているように聞こえたりします。
でも、顔も名前も変えてしまえば、自分を知る人がいないのだがらまっさらな気持ちでやり直せると最初は僕も大隈さんも他の職員も法律的には良くなくても対象者の人達が立ち直れるならと思ってました。
でも、時間が経ってその実態がわかり始めると僕達は社長の事業に人を回したくなくなりました。」
「なんでですか?」
上田が聞き、大井は悔しそうに
「全てに絶望した人がそちらの事業に回されていたのですが、社会や国に対する逆恨みを持っている人もいました。
そういう人達が外国に行ったきり、戻ってきていないという話を聞きました。
外国でやり直すことが悪いことではないですけど、銃の使い方とかナイフで人を殺す方法などを習って、優秀だった人から順番に海外に出ていったらしいです。」
「その情報はどうやって?」
山本が聞く。
「見たこともない人がここに訪ねてきて、その話をしました。
話を聞いているなかで大隈さんが世話をしていた人だとわかって、顔が変わってたけど大隈さんはその人がわかったみたいで、真剣に話を聞いていました。
そこで行われていたのは洗脳教育みたいでした。
真の日本を作り上げるためのヒーローになろうと言われて、色んな外国語を勉強して、武器の使い方を習って、そんなことが毎日続いていたらしいです。
きつくなって逃げてきたとその人は言ってました。」
「その人はどうなったんですか?」
「わかりません。
直ぐに社長の部下だという人が来て連れていきました。
そこから大隈さんが……………………」
大井が何かを言おうとしたところで窓ガラスが勢いよく割れた。




