22部
「なるほど………………、我が社の顧客が失踪していると。
こういうのも何なんですが、お父さんが娘の帰りが遅いのを心配してイライラすることがあるように、ずっと家にひきこもっていたお子さんが急に帰ってこなくなれば、不安に思うことはよくあることだと思います。
今は自立のためにあえて連絡をしていないのかもしれませんしね。」
上田と三浦が蝶々のオフィスを訪ねると若い男がそう言った。
あまり関わったことがない業界と言えるのかどうかはわからないが、ひきこもり支援とはそういうものなのかと上田は思いながら、
「そうなんですか?
まぁ、我々としてもこのご時世に失踪されて、見つからないと言うことは命が危険にさらされているのではないかと疑ってるんです。
つまり、自殺されているのではないかということです。」
「ひきこもっていた人が自殺しやすいなんて世の中の偏見です。
確かに絶望して閉じ籠った人もいたでしょうし、死にたいと思っていた人がいたかもしれませんが、本当に死にたいと心の底から思ってる人なんていませんよ。」
若い男の何か地雷を踏んだのかと上田が思っていると三浦が
「自殺関連のサイトを閲覧されていた形跡のある人もいましたので、可能性がある以上調べなくてはいけないんです。
もし、我々が探している人のどなたかと連絡がとれるようでしたら、お願いできませんか?
ご無事かどうかの確認だけですので。」
「残念ですが、個人情報になりますのでお答えできません。」
「そうですか。」
三浦が短く答えて、資料に目を落としてから、
「じゃあ、合宿所というのはどこにあるんですか?
ここに行って、帰って来なかったとの証言もありますが?」
「そ、それは………………それもお答えできません。」
何か動揺のようなものを感じて、三浦が質問を続けようとすると入り口が開き
「あれ?大井君、お客様ですか?」
「あっ、大隈さん。
警察の方です。」
若い男は『大井』というらしく、入ってきた『大隈』を見て満面の笑みを浮かべた。上田が
「すみません、警視庁特別犯罪捜査課の上田と申します。こっちは三浦です。
実はですね、こちらの会社が支援を行っていた人達が失踪しているんですよ。ほら、あの信号が捜査で使われるようになって、行方不明者とかがどんどん見つかってたじゃないですか?
でも、その人達は見つからないし、自殺する可能性が高いから探さなければいけないとこんな感じなんです。」
大隈と呼ばれた男は困った顔をして見せたように上田には見えたあとで、
「そうですか。
そう言われましても、我々ができるのは手を差し出したり、背中を押したりすることだけですから、それ以上のことはできませんし、人が考えていることなんて多種多様です。
ひきこもりという言い方を我々は好きではないのですが、そう呼ばれる人が過去を脱ぎ去って、新しい人生を始めただけのように私には感じます。
親も友達もリセットというと聞こえは悪いですが、孤立してから自立するという道を選ぶ人もいるのではないでしょうか?」
「先程、そちらの大井さんですか?にも聞いたんですが、合宿所と言うのはどこにあるんでしょうか?
こちらで調べた限りではそう言った建物の会社での所有は確認できませんでしたが?」
三浦が聞くと、大隈は笑顔で
「そんなことにまでお時間を使って頂いたんですか?
それなら無駄ですよ。
当社が所有する物件で行っている訳じゃないんです。
それに合宿所と言ってますが同じ場所ではありません。対象者の方のお住まいや環境を考慮して変えていきますので。」
「合宿中はどのようなことをされるんですか?」
上田が聞くと、大隈は
「人によって違うので、これとは言えない部分がありますね。
提携している企業で就業体験をしてもらうこともありますし、教育を受けきれてない場合はそういう勉強をする人もいます。
あとは、コンプレックスの解消のための取り組みですね。
これも人によって違いますし、閉じ籠ってしまうほどのコンプレックスであれば簡単には解消できないものもありますから。」
「合宿が終わったら家に返さないんですか?」
三浦が聞くと大井が何か言おうとしたが大隈が遮り、
「それは本人の希望次第です。
新しい自分になるために合宿に参加されているので、家に戻れば逆戻りするのではないかと不安に感じる人も多くて、就業体験をしていたところでそのまま就職をしてから人生を考えている人もいますし、心機一転新しい場所での生活を望まれるケースもあります。
その場合は、提携している企業の中から働けるものがないかや住居のお世話などをすることはあります。」
「その場所は教えてくれないんですよね?」
三浦が聞くと大隈は笑いながら
「我々の仕事は支援することです。
支援するのは、閉じ籠っている対象者であって、親ではありません。対象者が望まないことを我々がすることはありませんので、どこで何をしているという情報を本人の希望を無視して第三者に教えることできませんよ。」
「大隈さんはひきこもりという言葉を使われないんてすね?」
上田が聞き、大隈は会社の名前を指差して
「我々の会社の名前の由来が、ひきこもりと呼ばれる人達は新しい世界に旅立つための準備をしているサナギなのだとして、蝶々になって世界を羽ばたけるように手伝いたいという思いからつけられてます。
我々は対象者のことをサナギと呼んでます。
殻を破って自由に空を舞う蝶々を見て楽しむのがいいんです。
捕まえて籠の中に閉じ込められた蝶々に美しさ等ありません。
と、いうわけで自由に生きている対象者を親やあなた方の都合で探し回るのはできたらやめて頂きたいですね。」
「善処します。」
上田が短く答え、三浦が
「あっ、じゃあ、最後にひとつだけ、大隈さんがこの会社の社長なんですか?」
「我々に上下関係はないんです。みんなサナギで蝶々になった人達で作った会社ですから。
一応、表に立つ責任者は私になってますが、株式会社ですから、大株主が社長ということになりますね。」
「その社長はいまどこに?」
「さぁ、出資者というだけなので、会社に来ることはめったにありませんよ。たまに業務状況を電話で確認してくるくらいです。」
「そうですか、お忙しいのにすみませんでした。」
上田と三浦は挨拶をして、入り口に向かった。